第4話 俺の許婚者
「エイリス、あなたに縁談が来たわ。喜びなさい、可愛い子よ?」
数日後、母から言われた時には、思ったより早かったな、という感想しかなかった。
俺はトゥーリィに自分が勇者の血を引いていると告げた。
おそらく彼女は運命的なものを感じ、やる気となりどんな手を使ってでも、どんなコネを駆使してでも俺との縁談に漕ぎつけるだろう。
俺は、どうせ結婚するならあの子がいいと思っている。
慕ってくれるのは可愛いし、あざといけど詰の甘いのもまあ、可愛さと思えるし。
俺は親の持ってきた縁談を受けるしかなく、だから、諦めていた。
これは俺の側からは変えようがない。
だから、トゥーリィに動いてもらって変えようと思ったのだ。
家柄的にも伯爵家だし、頭のいい家系だし、希少な魔法使いだし、うちの親父の断る可能性も低い。
ただ、あの子の好きは、もしかして本気じゃないのかな、という思いが頭のどこかにある。
だって、十三歳の初恋が俺で、今の今まで好きでい続けてるって、信じられるか?
いつも、どこかふざけた感じもあったし。
でも俺は最近の彼女を見て、この子は本気なのかもな、と思い、ああ言って動くようにし向けた。
あの、恋愛に関しては行動力の塊のような子だ、何としてでも、どんなコネクションを使ってでも、俺の婚約者の座を取り付ける事だろう。
だから俺は、それを待っていたのだ。
「ちなみに誰?」
念のため、違うかも知れないと一応、誰かを訊く。
「この国の英雄になっちゃったティブズ・シスリス少佐の娘さんなんだけどね、エメタール・シスリス准尉って子よ」
「…………へ?」
思っていた子とは違った。
違ったけど、知ってる子だった。
俺より一つ年上、強く賢く美しい女の子だ。
「どういうこと? 俺、平民の子と結婚していいの?」
四十半ばを過ぎて、退官して二十年は経つのに未だ元気で綺麗で、しかも若干可愛い俺の母さんがニヤリと笑う。
「ま、確かにシスリスくんの家は平民なんだけどね、本来なら貴族になっててもいい家柄なのよ」
「どうしてだよ?」
あと、少佐のことを結構馴れ馴れしく呼んでるのが妙に気になる。
「あそこの家は、うちのご先祖様、勇者と一緒に魔王を倒した盗賊の家系なのよ。その盗賊さんは『自分は盗賊だから』と貴族待遇を断ったらしいのよ。馬鹿真面目よねえ? でも、ニエラ侯爵家では彼らを貴族として扱っているわ」
ああ、そうか。
色々なことを納得した。
シスリス准尉が潜入工作や解錠が得意なこと。
現ニエラ侯爵である大元帥だけが、シスリス少佐の救出を考えていたこと。
全てシスリス家が、勇者と行動を共にした盗賊の家系だからだ。
「でも何で母さんはそんなに少佐の事を詳しいんだよ?」
「なんでって、昔の部下だからよ? 私と同じ歳だし、あの子を准尉に推薦したのも私だし。まあ、最初は、なんだこいつって思ったけどね、全然遊びにつき合わないし、本当、徹頭徹尾真面目だし」
ああ、俺たち母子は、二人してあの父娘を准尉に推薦したんだな。
「あの子ももう私の退官した時と同じ階級にまで上っちゃって。でも、昨日久しぶりに会ったら相変わらずクッソ真面目だったわねぇ、あれは一生治らないわね」
分かる。
少佐もあの時喋ったとき真面目だったし、娘もそうだ。
あの子と縁談か。
それも、悪くない。
あの子なら、多分俺の良き妻となることだろう。
俺の右腕という役割を必要以上にこなしてくれているしな。
あ、いやでも。
「でもさ、サフィニス子爵家的には大丈夫なの? うちは少佐の家を貴族とは認めていないし、父さんも頭堅いから無理だと思うけど」
「そうね、認めなかったわ。いつもみたいに理詰めで説得して来ようとしたから」
親父は武の人ではなく、落ち着いていて物静かでもの凄く頭のいい実際主義者だ。
何でも理詰めで考える。
母は、まあ、一言で言えば、馬鹿だ。
現役時代は持ち前の明るさと、悪魔のような強さと、あと賢い部下を信用する素直さでやってきた人だ。
親父の理詰めに「よく分からないけど言うとおりにしておこう」と思うからうまくやっている。
だが、どうしても納得行かないは場合、衝突することになる。
そして、理論では到底敵わない母が何をするのかというと。
「だから、こっちもいつも通り暴れたわ」
「子供か!」
そう、この四十半ばの侯爵令嬢で、子爵夫人は、夫の言うことが気に入らないと、暴れるのだ。
「そうしたら、エイリスがいいならって認めてくれたわ。で、どうするの?」
「うーん……」
確かにシスリス准尉は美人だし、性格もいいし、スタイルもいい。
自分で決められるのなら、もちろん歓迎したいけど、あの子が望んだことなのかな?
「これさ、彼女は俺も知り合いだけど、あの子も望んでることなの? それとも、何か意図でもあるの?」
「意図、か。全然ないわけじゃないわ。流石に私も、元優秀な部下とはいえ、大切な我が子と結婚させる、なんてそう簡単に許可は出来ないわ。向こうの娘さんたっての願いとはいえね」
母さんは、少し寂し気に微笑む。




