第2話 敬意と絆
それで、最後の一人なんだけど。
「エメタール・シスリス曹長、本日をもって准尉を任命する
「…………!」
士官担当の中佐に呼び出された曹長、いや准尉が、一瞬呆然として、返事を忘れてしまっていた。
「シスリス准尉?」
「あ……は、拝命いたします!」
俺が促して、慌てて敬礼し、令状を受け取る。
「これからは士官として、下士官を指導するように」
「はっ! それでは失礼いたします!」
俺とシスリス准尉は、中佐室を後にする。
「これは、どういうことなのですか……?」
「いや、どういう事って、推薦したからそうなるよな?」
「それはもちろん存じておりますし、隊長殿には感謝しておりますが……」
彼女が言っているのは、俺の事じゃない。
曹長が士官学校を経ずに准尉になるには、上官二人以上の推薦と下士官担当の人事の推薦があって、将官が会議をして決定する。
下士官担当の人事はオルティだから、ちょっと話せば推薦をくれるし、これまでの経歴に、今回の勲功をプラスすれば、将官会議も通過するのは分かっていた。
彼女が疑問にしているのは「上官二人以上」の、俺ではない上官だ。
「それは、俺の口から言う事じゃないな。本人に訊いているといい」
「……了解しました。このままで行って構いませんか?」
俺たちは中佐に会いに行ったため、私服というわけには行かず、軍服を着ているが、部屋ではトゥーリィがいるから軍服は脱げと言う事だろう。
「構わないんじゃないか? 急いで来たって感じがあるし」
「了解しました。では急ぎましょう」
「どうして軍服着てるのよ! 早く着替──」
「副隊長殿、昇進おめでとうございます」
「あ、ありがとう……」
おそらく先制攻撃をしようと、隊長室で待ち構えていたトゥーリィは、あっさりと出鼻を挫かれた。
仲の良くない准尉から祝福されると、どう返していいか分からなくなるのだろう。
これまで用意していた言葉が全て飛んでしまい戸惑うトゥーリィ。
准尉は、戦闘だけでなく、こういう言葉の戦いも割と巧みだ。
「あ、あなたも准尉に昇進したんでしょ? おめでとう」
何とか気持ちを立て直し、反撃を試みる。
「は、今後は士官として国のため、軍のために活動したいと存じます……それはともかく」
表情を変えないまま、トゥーリィに詰め寄る准尉。
長身の彼女には威圧感があるのか、一歩後ずさるトゥーリィ。
「……どういうことですか?」
「な、何がよ?」
思い通りに話が運ばずに、戸惑ったままのトゥーリィに畳みかける准尉。
頭が混乱している隙に本音を聞き出したいのだろうか。
「どうして小官を推薦したのですか?」
「…………それは、あれよ。その……この前の事で、尊敬、感謝……、慰労、そう、慰労のためよ! ご苦労ってやつ!」
割と本音も混じっていたが、何とか威厳だけは残したトゥーリィ。
「本当は?」
「ううっ……!」
だが、そんな言葉の漏れでは許さないシスリス准尉。
本音を言いたくなかったトゥーリィは涙目になる。
「……あんたの昇進を止めるべきじゃないって思っただけよ。軍全体の損失になるって思ったから」
「それは……ありがとうございます」
観念して口を割ったトゥーリィの言葉に、今度は准尉が驚く。
トゥーリィも、おそらく准尉も認めていないだろう、二人の中の感情が変化していることに。
お互いの背中を預けるほどに信頼し、死と命を潜り抜けた者たちだけに芽生える絆。
俺たちはそれを、戦友と呼んでいる。
トゥーリィは初めての実戦経験だ。
准尉に助けてもらった恩と言うか、頼もしさは感じたのだろう。
それは、少なくとも、自分が嫌いだからと言うだけで、彼女の昇進を止めるのは間違っていると思う程には。
「で、でも私は負けないからね! シスリスが少尉になる頃には私は中尉になってる! 中尉になるころには、私は中佐の奥さんになってる!」
「ちょっと待て! そこは大尉になれよ!」
「いいえ! その頃には絶対に先輩を少佐にさせますから!」
この子は本当にぶれないなあ。
「何せ、スティー伯爵家は、恋多き家系ですから」
にっこり微笑むトゥーリィ。
本当に、魅力的で素敵な女の子だ。
「ありがとうございました。少尉殿のご厚意に応えるべく、今後も微力ながら、隊に尽くします……が」
准尉が後ろで手を組んだ直立のままにやり、と笑う。
あれは、演習場でトゥーリィをいたぶった後の笑みだ。
「僭越ながら、あまり恋愛恋愛おっしゃられておりますと、その隙を突いて小官が出し抜きますよ?」
これは、多分、恋愛ばかりにかまけていると自分が先に昇進するぞって言いたいのかな。
「それは、嫌だけど……でも、別にいいわよ。私は恋愛が第一だから! シスリスが少尉になる前に、私は中佐夫人になるから!」
「早いな!」
「先輩は私が少佐にします! だからすぐです!」
まっすぐに俺を見て、冗談でなく本気で口にするトゥーリィ。
全くぶれないこの子。
もしかして、もしかすると、この子なら?
諦めていたけど、この子なら、きっかけを与えたら、やってくれるかな?
この子に、あれを言ってみるかな。
俺の、俺たちの、本質的な、「運命」ってやつを。




