第11話 救出しよう
「今から、越境してシスリス少佐を助ける。留置されてる場所はおそらくクシャラ城。シーラ王国に予算はないから他にないはずだ」
場合によっては昇進延期どころか、昇進街道から外れてしまう可能性もある。
いや、それどころか処刑対象になってもおかしくはない。
「ええっ? シスリスのために、隊全体に国境を越える危険な目に遭わせるんですか」
わざとらしく驚いたように言うトゥーリィ。
「お前が言わせたんだろうが! まあ、その前から考えていたことだけどな」
「そう思ってましたよ。先輩は誰にでも優しい人ですからね。先輩のそう言うところも好きですよ?」
本当、好きを隠さない子だな。
まあ、こいつのこういうところは俺も──いや、それはいいか。
「あの……」
今まで黙っていた曹長が口を開く。
「本当に行く気なのですか?」
しかも、それは不安げ、ではない。
どちらかというと、申し訳なげ、なのだ。
「何を他人事みたいに言ってるのよ。あなたも行くのよ?」
「はい、それは、分かっておりますけど……これは小官と、小官の家族の事です。越境は死の覚悟が必要です。このような個人的な事に、隊を巻き込むわけには……」
「あのな、曹長──」
「ああ、もううっとおしい! あんたはいい子過ぎるのよ!」
俺の説得は、トゥーリィの怒鳴りにも似た声に遮られた。
「みんなが自分のために動いてくれるんだから、やるのは拒否じゃないでしょ?」
「いえ、ですけど、命がけになることですし……それに、私は大罪を犯して、それを許されただけでも……」
「そんな大罪を犯しても、やりたい事だったんでしょうが」
ふん、と腕を組んだトゥーリィ。
「あのね、私は先輩が捕虜になったら、何の迷いもなく、国を裏切るわよ?」
「いや、ちょっとくらい迷えよ」
「迷いません。先輩が死んだら私も死にますし」
この子は本気で堂々とこんな事が言えるから、ある意味尊敬できるんだよな。
「あ、嘘。やっぱり死なない!」
「嘘かよ!」
「重い女って嫌われますからね。私は先輩の負担にならないように心がけてますし」
悪戯っぽく笑うトゥーリィ。
それは可愛いし、お前は結構負担になってるけどな、まあ、許せるけど。
「まあ、それよりも、あなたは自分の心に正しいことをした! 見つかって処刑される覚悟もあったんでしょ? だったらもっと堂々としていなさい!」
「……はい」
再び項垂れる曹長。
なんか、説得した感じになってるけど、元々言ってた疑問がうやむやになってるからな?
「あー曹長」
「はっ」
「俺はこの隊の隊長だから、隊全体の事を考えているんだ」
こういうことを言うのは、恥ずかしいからトゥーリィが代わりに言ってくれるならと任せたんだけどな。
「曹長はうちの隊の強い支柱なんだ。俺だってかなり頼りにしてるし、隊員も曹長がいなければ成り立たない。トゥーリィ……パラエル准尉も、表面上では嫌ってるみたいだけど──」
「だから、私はこの子が先輩を取らないなら、別に嫌いじゃないですよ」
取るも取られるも、俺はお前のものでもないからな?
「つまりさ、外事警察隊にとって、曹長……エメタール・シスリス副官は必要な存在なんだ」
「!」
「だから、その曹長の家族なら、全力で助ける。命がけでもな。これは俺の、俺たちのためなんだ」
本心はそんなものではないと思う。
俺は、とにかくこの仲間を悲しみから救いたいんだ。
それは、隊のためとか、彼女のためとか、そういう話じゃない。
俺のためだ。
俺は俺のために隊を動かして、部下全員を命の危機に晒し、それで怒られないように理由をつけているだけの、小賢しい奴だ。
だから、これから起こることの全責任は俺が取る。
「隊長殿……」
潤んだ瞳の曹長。
「こういう時はどうするの? 軍人は、じゃなく、あんた個人としては」
トゥーリィが何かを促す。
曹長は軍人でしかなく、一個人としての彼女を、俺も、トゥーリィも知らない。
だけど、トゥーリィは、軍人ではなく、エメタール・シスリスとして何と返せばいいのかを訊いたのだ。
曹長はそれに反抗するか従うか、迷ったのか、答えに一秒の間があった。
そして、曹長は脚を正し、敬礼をする。
「感謝いたします、隊長殿」
それでもトゥーリィに言われたのが、悔しかったのか。
それは、どっちつかずの答えだった。




