第10話 決断、するしか!
「じゃ、ここからは先輩が指示してください!」
え? ここでこっちに振って来る?
「これからアルメラスもスプラも来ます。隊員全員が揃いますねー。どうします? この子を罪人として引き立てて終わりにします?」
「いや……」
確かにこのままだと、曹長は逮捕されるし、これは外患誘致に当たるだろう。
何しろ外患誘致からこの国を守る外事警察隊の隊員がそれをしたんだから、ほぼ確実に死刑。
更に場合によっては隊自体がなかったことになる可能性もある。
そうなると、俺は困るし、おそらくトゥーリィも俺と離れて悲しいだろうし、軍曹はまた色々な隊を転々とする日々となる。
伍長に至っては解雇も考えられる。
誰一人として幸せになれない上、シスリス父娘が揃って死んでしまう。
英雄である少佐はもちろんだけど、目の前の曹長が死ぬのも、この国にとって大きな損失だ。
うちの隊にとっても、彼女がいないということはもはや考えられない。
いや、そんなことはどうでもいい。
俺は、目の前で泣いている女の子を、見殺しにはしたくない。
たとえこの子の犯した罪が大罪で、即時処刑レベルだとしても、俺は絶対にこの子を守りたい。
黙っていればいい、なんてことは、ここまで大事になっているともう無理か。
だけど、未遂に終わって、帝国に損失はなし。
なら、何か助ける方法もあるのかも……。
「……俺が指示した」
「はい?」
「俺が曹長から相談を受け、シルラ人を受け入れるよう指示した」
誰もが、幸せになるにはこれしかない。
あ、いや、これ駄目だ、俺が幸せになれない。
「間違えた、トゥーリィが指示した」
「は? なんで私が? この子と一緒に犯罪者になれってことですか?」
トゥーリィが嫌な顔をする。
まあ、そりゃそうか。
「そうじゃなくってさ、この件ってシーラ王国って結構大きな被害受けてるよな? 長年かけて流入させてた工作員を潰されて、特殊部隊も潰され、国家レベルで希少な魔法使いまで失ったんだ、大打撃だと思う」
「そう言えば、そうですね?」
「それで、帝国の被害は?」
俺は更に聞く。
「えーっと、ないんじゃないですか?」
「あるよ、シスリス少佐。おそらくこの作戦の失敗を受けて明日の朝には処刑されるかも知れない」
俺が言うと、曹長がびくん、と身を震わせる。
「少佐自体は、元からの話だから、この隊は無関係だ。つまり、これをトゥーリィが指示したとしたら、犯罪者どころか勲功ものだよな?」
「そうですけど、どうして私なんですか? 普通隊長が指示しますよね?」
「いや、副隊長のお前が言うから、俺はしょうがなく承認して後追いで指示を出してたんだよ」
俺はここに来るまでトゥーリィの言われるがままに動いた。
それは別に悪い事じゃない。
ただ、責任を取るのが俺ってだけだ。
……という体が取れる。
何しろ賢い魔法使いの子女だ、誰もがその話を信じるだろう。
トゥーリィを知らない人ならば。
「でも、これって先輩が考えたことですよね? どうして私に?」
「あー……あのな」
俺はトゥーリィ、そして曹長に俺が少佐になる年齢を遅らせている理由を告げた。
「だからさ、協力して欲しいんだ、協力って言っても俺の手柄を自分の物にするだけでいいからさ」
「そんなことしたら、私、すぐに中尉になっちゃいますよ?」
「うん、別に俺は構わない」
別に階級にこだわりもないし。
オルティとか大尉だけど今でも仲良くやってるし。
「そこまで言われるって、そんなに不細工な婚約者さんなんですか? 私が暗殺してきましょうか?」
「物騒なことを言うなよ、いないよ、婚約者なんて。でもさ、俺が少佐になって子爵を継がせるために、親が慌てて連れて来た子なんてさ……いや、こういう言い方はその女性に失礼だけど、あまりいい子じゃないかも知れないだろ?」
貴族ってのは家柄だけで結婚する。
もちろん身分の低い美人と結婚する人もいるんだけど、うちは代々親が家柄だけで決めることになっている。
その結果俺の両親みたいに、脳筋ゴリラの母さんと貧弱モヤシの父さんのような夫婦になったりもする。
まあ、それでも優良な血を引いた子孫が出来ればいい、という家系なのだ。
「分かりました。じゃ、そうしますね」
「ああ、よろしく頼む」
曹長も無言で頷いているし、これで何とか二人の手柄に出来る事だろう。
このミッション、完遂すれば、勲章レベルの功績になる。
もう、勲章を引っ提げて昇進するのは嫌だ。
だけど、元から優秀なこの二人が協力してくれるなら、上も納得するだろうし、これで──。
「さて、じゃあどうします、先輩?」
「え? どうするって、何がだよ? さっき話しただろ?」
「シスリス少佐はまだ人質のままで、この件の失敗を知った王国に明日の朝には処刑されるかも知れませんよ?」
トゥーリィは、俺に何かを伝えるように言う。
「さて、ブレウ外事警察隊隊長殿、これから、どうしますか?」
もう、こいつが俺に言わせたいことは決まっていて、俺もそれ以外の言葉は考えていない。
だからこそ、誘導されているみたいで言いたくない。
いや、俺は最初からそれを考えてたんだからな?
「さ、先輩、決めて下さい?」
あー、くそっ、しょうがないなあ!
「トゥーリィ、お前魔法使いだけど、越境って問題ないの?」
「もちろん、私はオルジス帝国の准尉ですから、前線に赴けば越境もあるでしょう」
簡単に言うなあ、まあ、確かにこいつの兄さんだって前線で戦ってるし、問題はないかな。
ま、希少な魔法使いで、しかも伯爵令嬢を危険に晒した責任は俺が背負ってやるか。
問題があるとすれば、この国の不文律というか、暗黙のルールで、女性兵士は命令では前線に送らない、ってやつかな。
まあ、曹長は志願して前線経験者だし、トゥーリィも行く気満々だし、この二人はいいと思うけど。
問題は軍曹、はともかく、伍長か。
いや、これはあの子にそれを言わせることじゃない。
俺が責任を持って、全員に命令することだ。
「よし──」
俺は、決めた。