第6話 信じられるのは隊員、だけ?
「……え?」
ドアの向こうにいたのは、さっきあの家にいた男と、俺が初めてここに来た時に会った、帝国原住民だと言っていた男。
「まさか、あなたが……?」
「くっ! ぐぁぁっ!」
何も応えずに襲い掛かって来た男は、俺の背後からのトゥーリィのファイアボールによって吹き飛ぶ。
何も聞けなかった、まあ仕方がないか。
俺は呆然としていたもう一方を仕留める。
「目的完了。撤退して伍長、そして曹長と合流だ。急ごう」
「はい。でも、もう済んだからいいんじゃないですか?」
「済んでない。これから本体が来るだろう。こんな素人じゃなく、特殊部隊の暗殺者が」
正直に言えば、この男についてもう少し考察したいが、それどころじゃない。
それに、元から住んでいたこの男が敵側なら、もはやここに住んでいるシルラ人は大半が敵と考えて動いた方がいい。
まずは撤退、そして、本体の攻撃に備える必要がある。
外事警察隊には余剰人員などいない。
ここからは総力戦だ。
俺はトゥーリィとともにその家を去る。
本来なら今頃この辺りは大きなテロが起きていたのだろう。
俺たちがそれを阻止した。
だが、これを潰せば終わりというわけではないだろう。
「トゥーリィ、シーラ王国本体はどこから来ると思う?」
走りながらトゥーリィに聞く。
この子の頭脳は、俺のような過去何百の作戦や奇襲、そしてその実地によって出来ている俺とは違い、柔らかいし、そして、高度だ。
もしかすると、俺よりも確信に近いことを答えるかもしれない。
「なんとなく想像出来ますけど、ここじゃ言えません」
「そうか」
ここはまだ、シルラ人居住地域。
どこに敵がいるか分からない。
聞かれても本体に伝えるすべはないかも知れないが、用心するに越したことはない。
さて、俺が奇襲の手段を決めかねているには、理由がある。
帝都をテロで陽動させ、その隙に攻め込む、というのは理にかなっている。
だが、その隙にどう攻め込むだろうか?
前線を押し上げて来るなんてことは現実にありえない。
テロに対する兵と前線の兵は別だ、押し上げて来れるなら普段から押し上げているだろう。
だから、特殊部隊で侵入し、要人の暗殺、もしくは主要な軍本部を攻撃して機能を失わせることが目的なのだと推測した。
が、これにしても、出来るなら普段からいくらでも出来るし、陽動の意味も弱い。
つまり、どんな手段でどこから来て、それには何のために陽動が必要だったのか、という点が、まだつながっていない。
トゥーリィの言葉がヒントになるか、もしくは、「知っている」奴が吐いてくれればいいんだが。
「スプラ! 今すぐ移動するわ……」
「え!? あ……は、はい……」
トゥーリィが喫茶店に入り、開口一番怒鳴ると、まだ残っているパンを前に伍長が悲しそうな表情をしていた。
「あー……いいわ、それを持ち帰って一旦女子寮に戻りなさい。そして、曹長寮に行ってアルメラスを起こして連れてきなさい? あ、最後にここは鍵を閉めて、後でこの店の鍵を私に渡して」
「は、はいっ!」
伍長に指示だけ出して、俺たちはそのまま出て来た。
「お前って案外優しいんだな?」
「今まで優しくないと思っていたんですか? 先輩も言ってたじゃないですか『兵卒は大切にせよ、下士官は尊敬せよ』ですよ。ま、あの子の経験はまだ兵卒ですけど」
まあ、この子も貴族だし、家に帰れば家令やらメイドやらいるだろうし、その人らの事もちゃんと考えて指示を出しているんだろう。
ま、大切はあっても、尊敬はないんだろうなあ、この子。
そんなことを話しながら、彼女が尊敬していないであろう曹長との待ち合わせ場所に向かう。
時間は二十時五分。
「お待たせ。遅れて悪かったわね?」
「シスリス曹長、フタマルマルマル、到着いたし──」
「そういうのは後! これから戦闘に向かうわ! 準備の必要は?」
曹長の定型挨拶を止め、今度は歩き出すトゥーリィ。
「いいでしょう、今度こそ負けを認めるまでは泣いても──」
「あなたが私を泣かせたいのは分かったわ、後であなたを泣かせて──」
「曹長! 緊急事態だ。敵はシルラ王国。総戦力は不明」
喧嘩を始めそうな二人に割って、緊急事態であることを曹長に告げる。
「曹長、シルラ国の暗殺部隊はどこから来ると思う?」
「……申し訳ありません、情報が不足しており、お力になれません」
「そうか……」
あるいは、と思ったんだがな。
「ちょっと! なんでシスリスに聞くんですか! 全部知ってる私が予想立ててるんですよ!」
「いや、もしかしたら曹長は知ってるかな、って思っただけだ。やっぱり聞かされてないか」
「……何の事でしょう?」
多少、驚いた曹長の表情が、俺の言葉の信憑性を裏付ける。
「まあいいさ、それより多分これから戦闘だ。曹長も加わってくれ」
「了解しました」
「そろそろ行きましょう。行き先は皇帝居住城の西側。魔法で飛びます」
言いながら俺の答えも聞かず俺たちは浮き上がる。
時間がないからいいんだけどさ……。