第4話 襲撃、するしかない
「それでどう? 聴こえる?」
「はい、えっと……また、そのまま言っていいですか?」
「ええ、私も先輩もシルラ語は知ってるから」
少年士官学校では隣国全て盟国敵国になっても困らないように、言語を覚えさせられる。
俺のいた頃は敵国が二つあってその二つを重点的に覚えさせられたけど、トゥーリィは一つだろう。
こいつはこう見てて頭は良かったから、完璧に近い習得をしてる事だろう。
「では……『もう全員集まったか?』『いや、アメリャがまだだ』『遅い! 本国との連動なのだぞ? こちらが遅れれば、向こうはただ帝国の鉄壁の防御の中、孤立無援で夜間侵攻することになってしまう』」
「…………!」
本国? 夜間侵攻?
こいつら、ほとんどカサラ王国からの移民だろ? 本国ってカサラ王国か?
あそこは最早、帝国を脅かすほどの軍隊はないし、国民集めても大したこと出来ないし、少なくともすぐに鎮圧されてしまうだけの力しかないはずだ。
「…………」
トゥーリィも俺と目を合わせる。
同じことを思っているのだろう。
やがて、トゥーリィは目を閉じ──。
「ちょっとちょっと! 今それどころじゃないだろ!」
顎を上げて唇を寄せて来たので、額を押して止めた。
「私はいつもそれどころですよ? スティー伯爵家をなめないでくださいよ? 私にとって、国家の存亡より、先輩との恋愛成就が優先です!」
「亡国の姫か!」
「あ、なんかそれ格好いいです!」
変わらず身を寄せて来るトゥーリィを引き離しつつ、目の前でいちゃいちゃされて取り残されている伍長が不安げにまだ一人聞いたことを喋っている。
「……そういう事か」
「この人ら多分、カサラ人じゃないですね?」
「ああ、カサラはただの通過点だな? 一旦そっちに引っ越して、そこから更にこっちに来たんだ」
さっき、伍長の言った「アメリャ」って名前、カサラ王国なら発音は「アメリア」と発音するはずだ。
「アメリャ」はシーラ王国の発音で、かつ、シルラ人に多い名だ。
つまり、だ。
本国シーラ王国と連動してのテロ、って事だ。
「なるほど、それなら全てがつながるな」
単体では対してダメージを与えないテロ。
だが、この街を一晩大騒ぎにすることが出来る。
その隙に、シーラ王国から本隊が侵入して、首都を制圧する計画だろう。
それに──。
「よし、あいつらが動く前に攻めよう。伍長、場所は三時方向……ここを出た向かいの右三軒目でいいんだよな?」
「は、はい」
最終確認を取ると、伍長は頷く。
「トゥーリィ、行くぞ。伍長はここに待機。俺たちが二十時まで戻らなければ、曹長に合流して、事情とそれまでに聞いたこと全てを話すこと」
「パンもクッキーも全部あげるわ。でも、食べることに集中して、聞き逃すことのないようにね?」
「はい、分かりました……!」
伍長は緊張している。
そりゃそうだ、これは初めての実戦だ。
俺やトィーリィが殺されるかもしれない。
場合によってはここを割り出されて殺されるかもしれない。
自分が重要な鍵を握っていることは理解しているだろう。
震えていないだけでも褒めていいかも知れない。
伍長は、緊張した、神妙な面持ちで、クッキーに手を伸ばす。
いや、食うんかい!
という俺の視線に気づいたのか、恥ずかしそうにうつむく。
「お腹が減っていたら戦いは出来ません! 皆さんも……た、食べ……た、食べて……」
今度はなんだか、決死の覚悟をするかのような表情だ。
人に食料勧めてるだけなんだけどな。
「安心して? ここに来る前に食べたばかりよ?」
「そ、そうですか……」
ほっとしたように、微笑む伍長。
うん、こんな子の貴重な食料奪えないよね。
一応食べられるくらいの給料はあるはずだし、確か軍曹と伍長は寮に住んでるから、食べるには困らないはずなんだけどな。
「では、行きましょうか、先輩?」
「ああ」
俺とトゥーリィは店舗を出る。
……本当に今から襲撃に行くのか? という疑問が、ここに来てもまだある。
トゥーリィが込み入った手段でデートを企てたんじゃないか? なんて疑いはまだ晴れてはいない。
武器は持っていないし、二人とも私服だ。
動きにくいし、トゥーリィなんて戦闘ならスカートがめくれ上がりそうなほどのミニだ。
襲撃戦にもかかわらず、作戦なし、事前演習もなし、サインや撤退限界も決めていない。
前線での臨機応変な襲撃を思い出すよ。
まあ、あれにしたって、下士官が熟練だったから出来たわけで、今は実戦これが初めてのトゥーリィしかいないからなあ。




