第3話 旧友との再会
「エイリス・サフィニス・ブレウ中尉、本日十時を持って、貴官に外事警察隊隊長を任ずる」
「拝命いたします」
人事局ヤグニス大尉の執務室。
俺は敬礼で拝命する。
「ま、本来なら尉官の任命は佐官が行うのだが、今回の隊を組織したのは本官であるため、下士官人事担当ではあるが本官からの任命になった事を容認して欲しい」
「差し支えございません。小官のために時間を割いていただいたことを、心より感謝しております」
「…………」
大尉が微妙な表情をする。
まあ、分かる。
俺も同じ気持ちだ。
だから、さっさと「配慮」して欲しい。
「あー、リエル曹長」
「はっ、何でございましょう」
執務室の机にいた、大尉の副官が立ち上がる。
「少し中尉と話がある。外してくれないか?」
「了解いたしました。では」
曹長は、敬礼とともに去っていく。
「…………」
「………………」
さっさと言え、と、俺が表情で訴える。
「元同期としての対応を許す」
「で、何だよこの外事警察隊って? 聞いたことないぞ?」
ヤグニス大尉、いや、オルティがその言葉を口にするとほぼ同時に、俺は訊いた。
「いきなりそれかよ、もっとこう、久しぶりに会った元学友との積もる話とかねえのかよ?」
苦笑気味のオルティ、だが、俺としては聞いたことのないその組織の隊長という方が気になるのだ。
「俺としては、勇者ごっこをして一緒に怒られた親友より、これからの仕事の方が大事だ。ていうかさ、そう思うんなら、いつも遊びの誘い断るなよ」
「いや、人事ってのは忙しいし、あまり局外の奴と仲良くしてるところを見られると良くねえんだからしょうがねえだろ?」
オルティは困ったように笑う。
こいつ、オルティス・インフュ・ヤグニスは、少年士官学校時代の同期だ。
オルティは特に仲が良く、一緒に行動していた仲間でもあり、俺の「事情」を話してある数少ない親友の一人だ。
「ま、そりゃ仕方がないな。許してやるよ。で、何なんだ外事警察隊って? 内軍か?」
「違う。外軍ではあるんだが、基本国内の平和を保つ仕事って意味で、内軍に近いところはあるな」
内軍ってのは軍の中でも国内の治安を維持するための軍で、国によっては憲兵、警察隊とも呼ばれている。
外軍はその逆だ。
本来は明確に分離されるべきではあるが、国民皆軍人のこの国では、人事異動で内軍に異動、という事も稀にある。
「だとしたら、知らないわけがないぞ? 俺、軍組織学はテストも満点だったし今でも全組織暗記してるからな」
「そうだったな、まあ、知らないのもしょうがねえ。これは新しく組成された隊だ。まだ実験的な組織で、これからどうなるかも分からねえ」
「新しい隊だって?」
「ああ、俺が隊員の組成を任されたんだが。この隊がどうもお前が前から言ってる地位にふさわしいんじゃねえかと思って、上に推薦しといた。隊長は俺の組成対象じゃねえからな」
ああ、確かにこいつが人事局にいるって聞いた時、俺はこんな地位がいいって、希望言っといたよな。
「それを叶えてくれたわけか」
「そうだな」
ほとんど会わないが俺の要望は受け取ってくれる信用は本当にかけがえないな。
「局外の人間と仲良くするとまずいんじゃなかったのか?」
「こういう事をしでかすからな」
にやり、と笑うオルティ。
「で、なんでこれが俺の望む地位なんだよ?」
「この組織は、どう考えても功績は上げられねえし、ま、うまく行かねえだろう。そうしたらお前の昇進は遅れるだろ?」
「なるほど」
それはいい。
「しかもだ、失敗はお前の責任じゃねえ。こういう組織を作ろう言い出した上官の責任だ。お前は被害者であって責任者じゃねえから将来の汚点にもならねえ」
「おいおい、最高じゃないか!」
「言ったろ? だからこれはお前がちょうどいいな、と思って上官に進言したんだよ」
まさに、俺の希望にぴったりの役職だ。
思い描いていたものの、俺だってそんなものは存在しないと思っていた。
だからこの、数々の偶然が生み出した地位が俺に転がってきたことを、少なくとも目の前の親友には感謝したい。
「はあ、しかし、同期の首席が出世したくねえとは本当、嘆かわしいな」
「昇進したくないわけじゃないんだって、前にも言ったろ? 俺の将来の夢は大元帥だ」
この国にはいくつかの軍隊があり、それぞれにトップである元帥がいる。
その元帥たちを更にまとめているのが大元帥だ。
大元帥の上には各国の王がいて、その上に皇帝がいる、という組織になってはいるが、属国の王よりも実権的には大元帥の方が上であり、実質的にこの国のトップだ。
俺は将来、そこまで上り詰めたいという気持ちはある。
「それも知ってるけどよ……だから、絶対将来後悔するぜ? あの時昇進しておけばよかったってな」
「……分かってるさ」
分かってはいるんだ、俺が数年ほど昇進を遅らせていて、オルティをはじめとして同期にも追い抜かれているのも知っているし、多少の焦りもある。
「知ってるか? 次席のノイテア。あいつ、今度少佐に昇進するんだぜ?」
「え? マジか! あいつ平民だろ! よく推薦出たな?」
「平民出身でもよ、功績の積み重ねがあったら推薦出さねえわけには行かねえんだってよ。これであいつも騎士爵様だ」
同期に少佐が出た。
しかも、俺と最後まで成績を争って最後に俺が勝った次席のノイテアだ。
あいつは平民出身でここまで上り詰めている。
俺は、奴は平民だから、学生時代のライバルとは認識していたが、その後のライバルとは全く思っていなかったのだが、こうなって来ると焦りも出て来る。
平民出身なら何が違うのか。
それはこの国の実質の話になる。
わがオルジス帝国は、軍事国家となり、爵位よりも軍の階級が物を言う社会となった。
というのはあくまでも建前であり、実質は貴族社会が続いている。
まず、爵位を持つ貴族は全員佐官以上の階級を自動的に授与される。
それも爵位の順列に則り、例えば伯爵なら大佐、男爵なら少佐、皇族に至っては大将だ。
ちなみに俺の親父も子爵なので、中佐ではある。
更に爵位を持たない者、例えば、後継ぎでない貴族の子弟が少佐に上り詰めた場合、騎士爵という、一代爵をもらえ、自身貴族となる。
つまり、少佐以上は全員貴族、もしくは皇族なのだ。
と、いう事はだ。
実権を持っている、軍の幹部は全員貴族、しかも大半が昔からの家系を持つ誇り高き貴族様なのだ。
そんな上層部が、有能とは言え平民を厚遇するのか? という話になると、答えは否だ。
平民の昇進には三つの壁がある。
まずは伍長。
これは志願すれば誰でも入れる兵士養成所を出ればいい。
が、この学校は少年士官学校とは違い、地獄のような訓練を通過しなければならない。
通称「ウジ虫を一人前の兵士にする」教育は、人格を否定され、教官の気まぐれで昼夜問わず起こされ、走らされるらしい。
逃げ出す者も割と多い。
次が准尉。
准尉になるには少年士官学校を卒業するか、曹長として昇格の推薦を受けて昇格する。
平民が少年士官学校に入学するには、超難関の試験を通過しなければならない。
平民向けの教育機関が兵士養成所しかないこの国で、そもそも、平民が賢いこと自体稀有な話だ。
曹長からの昇進、これも楽ではない。
准尉には貴族の子弟も多いので、人手が足りないということはなく、「この者は士官になって隊を指揮すべきだ」と思われる才がない限り、昇格は不可能だ。
最後が少佐。
これは、有能な貴族子弟にとってみればただの通過点だ。
爵位を継げない次男三男は、最初にこれを目標にする。
そう、ここに到達すれば貴族になれるのだ。
だからこそ、昇格の審査は厳しいし、平民など、まず昇格審査会議の議題になる事すらない。
つまり、平民が少佐になることは異例中の異例だ。