第6話 説得より必要なこと
「まあ、さ」
「……はい」
「曹長も悪いところはあったと思う。一応上官なのに、あんな煽り方はないよな」
いつも元気なトゥーリィが、うつむいて何も話さないので、しょうがないから俺はトゥーリィの味方側でそう言ってやるしかなかった
俺がしようとしていた説教の内容なんて言うまでもなく理解して反省しているのが態度で分かるからだ。
「そう、ですよね……シスリスが悪いんですよね」
自分に言い聞かせるように応えるが、やはり自責がその表情に見えるトゥーリィ。
こいつは曹長が嫌いだし、嫌いな相手に煽られて熱くなって、相手が一番傷つく言葉を口にしてしまうのは、分からない感情でもない。
もちろんそれはいい感情ではないけれど、ここまで落ち込んでいると、叱ることも出来ない。
慰めるのも、何か違う気がする。
何故なら、あの言葉は、それでも言ってはならなかったからだ。
曹長がそれを心の内に隠し、何でもないように仕事をしていたのに、それをこいつは、いや、俺たちは知らなかった。
しかも、俺たちは、「こちら側」の人間なのだ。
帝国の英雄ティブズ・シスリス少佐が捕虜になったのは十二日前のことだった。
少佐にしてシーラ戦線の前線で戦っていた彼の隊は、作戦本部のミスにより敵軍に囲まれ、惨敗、彼も捕虜となってしまった。
帝国の英雄が捕虜になったのだ、シーラ王国がどのような条件を提示するのか、そして、どのような交渉が行われるかが注目された。
だが、交渉は一向に行われなかった。
帝国の上層部は、皇族と貴族、伝統ある血脈で構成されている。
ぽっと出の一代爵の少佐など、どうでもいいのだ。
英雄という役に立つ道具が壊れたなら捨てる、それだけの事だ。
もちろん、全員がそう思っているわけではない。
大元帥は奪還隊を組織しようとしているが、各軍出し惜しみをしている状況で、今この時点で、まだ結成されるに至っていない。
この国で最も実質権力を持っている大元帥をして、やはり、この国に根付く貴族社会体質を変えられないのだ。
ティブズ・シスリス少佐の救出がなされない原因はただ一つ、彼が由緒正しい家の出ではないという事だけだ。
そして、曹長にとって彼の存在は憧れであり誇りでもある。
その彼女が今の彼の境遇をどう思っているのだろうか?
俺たち貴族に対して、どんな感情を抱いているのだろうか?
そんな時に、三歳も年下の貴族の娘にそれを指摘されたら、どんな気分になるだろうか?
トゥーリィは恋愛優先主義ではあるが、頭の悪い子ではない。
だから、それは理解しているのだ。
「曹長には俺からも声をかけておくよ。お前も、気が向いたら一言くらい言い過ぎた部分は謝っておけな? それ以外はまあ、お互い悪いから謝る必要はないと思うけどさ」
「……はい」
「それは、そうと……」
警邏、という目的なのでシルラ人居住地区に来ている。
それまでは俺もトゥーリィも曹長の事ばかり考えていて、気が付かなかったのだが……。
「なんか、人が多くない?」
ここは古来からの居住区ではなく、最近首都に来た新興の居住区。
周囲はオレンジ髪で溢れている。
「そうなんですか?」
いや、まあ、そういう場所だから仕方がないんだけど。
いつの間にこんなに増えてるんだ?
最近の新規シルラ人は外事警察隊で管理しているはずだから、こんなに増えていたら、俺が知らないっていうのもおかしな話だ。
「うん、この前来た時よりも確実に増えている。だから、本当、ここ一週間で増えた感じじゃないかな」
しかも、なんだか周囲の目がとても気になる。
まあ、確かにシルラ人街に俺らみたいなオルジリア人がいれば目立つし、それは理解しているんだけど。
周囲のシルラ人たちは何気ないふりをしているが、一様にこちらを観察しているようにも見える。
それに、何人かが誰かを呼びに行くように小走りで駆けていったようにも見えた。
「なんとなく、雰囲気が不穏な気がする」
これはあくまで俺のカンに過ぎない。
そこらにいた住人にまた元シーラ王国民を装って聞いてみたんだが、彼らはほぼカサラ王国からの移民らしい。
シーラ語も話せないようだ。
怪しいところは何もないんだけど、何だろう、この妙な違和感。
「先輩、今日は一旦帰りましょう。そろそろシスリスも落ち着いた頃でしょう」
俺が言っている警戒感を重要なこととして理解していないようで、トゥーリィはそう言って帰ることを促した。
「うん、そうしようか」
もし何かあったとして、トゥーリィに危害が及ぶなら、避けた方がいい。
どうせ大したことでもないだろうし、それが手柄になっても困る。
「戻った方がいいな」
俺は周囲のじろじろ見てくるシルラ人から逃れるようにその場を後にした。




