第5話 禁句
「えー、貴官ら二人がお互いを個人的にどう思っていようが俺は干渉しない」
俺は曹長とトゥーリィを前に、話を始める。
ちなみに、トゥーリィは懲りる事なく曹長にちょっかいをかけていて、曹長もそれを適当に流していたけど、流石にストレスがたまっていそうで、このままだと次の演習の機会にトゥーリィが殺されるんじゃないかと思ったので、注意をすることにしたのだ。
「だが、業務に支障が発生する可能性があるので、ちょっと場を設けたい」
「小官は個人的に、副隊長殿にいかなる感情も抱いておりませんが」
曹長が言う。
いや、いかなる感情も抱いていない子を泣くまでひっぱたいたり、無理やり人前で便尿出させようとするなら、それはそれで怖い。
「私はシスリスが先輩とくっつき過ぎてるからムカついてるだけです。そうでなければ他の隊員のように仲良くやってると思います」
「うん、軍曹に話しかけようとしたら『トゥーリィおじょうさまから、甘いおやつが貰えなくなるので話しはしない』って言われたんだけど、これって業務に支障出てるよね?」
「隊員への直接指示は、副隊長か副官で行いますから問題ありません」
平然とそれっぽいことを答えやがった。
「いや、五人しかいない隊でそんな段取り必要ないから」
「それはしょうがないじゃないですか、何しろ、スティー伯爵家は、恋愛体質なんですから」
またそれかよ。
「あのさ、前から気になってたんだけど、恋愛体質ってどういうことなの? 魔法と関係があるの?」
「魔法じゃなく家系です。スティー家の先祖は、勇者とともに魔王を倒した女魔法使いって言うのは前にも言いましたよね?」
「まあな」
その自慢は何度でも聞いてる。
「その女魔法使いは、実は勇者に恋をしていたんですよ」
「……そうか」
「でも、勇者はこの国の姫を救出した英雄じゃないですか、どうせ姫と結婚するだろうって諦めて、さっさと別の男と結婚したみたいですね」
いや……それってさ……恋愛体質か?
「なあ、勇者の家系がどうなったかって、お前は知ってるのか?」
「え? さあ、聞いたことないですけど、皇女と結婚したなら今の皇帝陛下か皇族の家系なんじゃないですか?」
「ま、そうなるよ、な……」
普通に考えて皇女と結婚したら傍系の皇族になる。
しかも勇者の家系なら、魔法使いの家系よりも有名であっていいはずだ。
なのに普通の人間は勇者の家系どころか、スティー伯爵家すらもあまり知らないんだよな。
っていうか、魔法使いの家系以外、もう一般には知られていないんだよな。
僧侶はまあ神に仕えるから、子を成してないのは仕方がないんだけど。
盗賊の家系なんて、どこに行ったかすら、ほぼ伝わってない。
「いや、お前の家系は十分知ってるし、お前が俺を好きでいてくれることはとても有り難い。でも俺もお前も貴族で、自分たちで結婚相手を決められないって何度も言ってるだろ?」
「そんなことは……ないですけど……」
「それに、俺と曹長は、仲良くしたくて一緒にいるわけじゃない仕事をしてるだけだ。たまたま彼女が女性というだけで、もし男性だったとしても何も変わらないよ? だから、お前が曹長を嫌う必要なんてない」
何でもかんでも恋愛に直結するトゥーリィには、こんな簡単なこともなかなか理解してもらえないのだ。
「私も別にシスリス本人が嫌いってわけではありません。ただ、人を平気で殴ったりする暴力的なところが大っ嫌いなだけです」
嫌いなんじゃねえか。
「小官は別に嫌いではありません。どちらかというと可愛らしいお方だと思っております」
「は? 私を? シスリスが?」
「全く筋肉のない、薄い身体も、稚拙なコンビネーションで魔法を繰り出されることも、まるで児戯のようで本当に可愛らしいです」
曹長が、これまで俺に見せたことのない嫌みったらしい表情で笑う。
「こういうとこ! こういう、経験のない人を小馬鹿にするところが大っ嫌い!」
「副隊長殿こそ、下士官を馬鹿にしていらっしゃるのでは?」
「下士官を馬鹿にしてるんじゃないわ! シスリスが嫌いなだけよ!」
……駄目か。
この二人はそれぞれ優秀な兵だし、お互いを認め合えば、俺なんかいらなくなるくらいの成果を上げてくれると思うんだけどなあ。
「ま、副隊長殿も今のように精進すれば私が敵わなくなる時が来ると思いますよ、三年後くらいに」
「はあ? 今でも強いんだけど! 負ける気しないんだけど!」
その自信はどこから来る?
「なら、今から試してみますか?」
「嫌よ、シスリスは卑怯な事しかしないんだから!」
「聞き捨てなりませんね! 副隊長殿こそ、毎回無様に負けているのに認めない卑怯者ではないですか」
話し合えば、少しは分かり合えると思ってたけど、このままだと、致命的に険悪になりそうだ。
そろそろ止めるかな?
「言いたくはありませんでしたが、何ですか、恋愛体質の家系というのは? 副隊長殿の行動はただの甘えた子供に過ぎません。そんなものを家系のせいにして誤魔化さないでいただきたい」
「言ったわね! 人の家系にまでケチ付けたわね!?」
立ち上がって怒鳴るように叫ぶトゥーリィ。
「小官は家系に文句を言った覚えはありません、副隊長殿が家系に甘えていると──」
「あんたの親なんて、今、捕虜になってる癖に!」
「っ!」
明らかに、曹長の顔が豹変する。
「あんたの家系も大したことないわね! 英雄? 捕虜の間違いでしょ?」
「トゥーリィ!」
「……あっ!」
俺が怒鳴ることで、熱くなっていたトゥーリィが冷静さを取り戻す。
「…………」
曹長は、憔悴し切った表情で、今にも泣きだしそうだ。
トゥーリィ自身、言ってはならないことを言ってしまったと思っているが、さっきまで怒鳴り合っていた相手に謝れない。
何とも言えない空気と時が流れていく。
「トゥーリィ、警邏に行こうか、本当なら俺は行くことはないが、今日は特別だ」
「あ、はい……」
トゥーリィは何度も曹長を見ながら、俺について来る。
「曹長、俺と副隊長で行ってくるから、後は頼んだ」
「……了解しました」
いつもなら、はきはきと物を言う曹長も、今だけは元気なくそう応えた。




