第3話 超感覚少女
「さて、まあ、軍曹に関してはこんなもんでいいだろう」
それから軍曹の使い方を含んだ作戦をいくつか組み立てた。
トゥーリィの提案をベースにしているのだが、あれ以降不貞腐れているのか、全然こちらに現れなくなった。
「後は……スプラ伍長か」
「そうですね……」
兵士養成所にすら落ちた体力のなさ。
兵士訓練のかけらも受けていない、ただの気の弱い貧弱な女の子。
俺がもっと非情で合理主義者なら、「君にはもっと適した職業がある」と言って、人事に手を回して除隊してもらうだろう。
が、あれだけ伍長になって喜んでいた子を除隊させるほどの非情さは俺にはない。
しかもあの子の家庭の事情も知ってるからなあ。
除隊させたら、いつか家族ともども飢え死にしかねない。
「あの子、何とか活躍させられないかなあ」
今は弱いけど鍛えれば強くなるなら泣いても鍛える(曹長が)んだけど、今のところ、その片鱗はないし、そもそも、兵士訓練所が見込みなしと判断した子なんだよなあ。
かといって卓越した頭脳を持っているわけでもない。
そもそも、頭脳なら士官学校を卒業し、戦術戦略兵站を系統立てて学んだ二人に、それらを現場で見て来た曹長がいるから、それを超越するのは難しい。
前に試しに兵站についてどう思う? と訊いたら「え? へ、平坦? その……これでも少しはあるんです……見えないかも知れないですけど、脱いだら」とか言い出したので話を強制終了させた。
お前がこれまでいたのって、一応兵站の一部だからな?
「何度も失礼します、また席を外します」
「え? うん」
曹長がまた席を外す。
何度目か分からないけど、何かあったのかな?
でも、女の子に席を外す理由を聞くのはマナーに反すると思うし。
体調悪いのかな?
で、伍長だけど、別に何もさせずにここにいさせてもいい。
報告書なんていくらでもでっち上げられるからな。
が、あの子も居たたまれないだろうし、俺もいつまでもこの隊長をしているわけでもない。
将来的に解散をする予定の隊でもある。
その後、あの子はどうなる?
うーん、何かあの子の活躍できる可能性を見つけ出してやらないとな。
資料にも特記も備考もないし、唯一の手掛かりは本人が言っていた「耳と鼻がいい」という話だ。
料理するならともかく、これをどう役立てるかなあ。
「大変失礼しました」
曹長が戻って来た。
「とりあえず、伍長は警邏をしてもらいつつ、出来ることを探って行こうか」
「ですが、有事の際、彼女には何も出来ません。誰かに連絡が出来る手段がないと、一人で行かせるわけにはまいりません」
「ああ、そうか」
彼女は警邏くらい出来ると思っていたけれど、警邏ってのは何か事件がないかを探るためにするもので、有事の際に何も出来ないのなら警邏をさせる意味がない。
結局二人で行かせなければならず、それなら彼女が付いていく意味はない。
あるとするなら、彼女が行くことで、もう一人が気付かない何かを気付くことくらいだが、そんなものがあるなら──。
「こんにちは~! 何の話してますか? 私も混ぜてくださいよ~」
いきなりドアが開いて、トゥーリィが、カッフェで談話してる二人の話に入り込むような口調で言う。
「副隊長殿、僭越ながら、ここは隊長室です、ノックと許可なしの侵入は隊長殿への不敬に当たるのではないでしょうか。それに、我々は外事警察隊の運用について──」
「まあまあ、そんなに怒らないの」
いつもなら無視するか、うっとおしいと怒る曹長に、優しく微笑んでそんなことを言うトゥーリィ。
久しぶりに来て、この態度。
何か調べて論破できる規律でも見つけたのか?
「副隊長殿、ですが──」
「自分のお腹の調子が悪いからって人に当たるのは良くないわよ、シスリス?」
にっこりと、満面の笑みで、曹長の知られたくない弱みを口にするトゥーリィ。
「……何のことですか?」
「貴族令嬢の口から言わせたいのかしら、下痢女」
ばん、と立ち上がる曹長。
「……どうやって知ったのですか?」
「さあ、どうかしらね?」
優位に立てたと分かったトゥーリィは、余裕の笑みで返す。
「どうやって知ったのかと訊いています」
「……スプラに聴き耳を立ててもらったのよ。あの子、目と鼻が異様にいいから」
目の据わった曹長に怯んだトゥーリィが、あっさり口を割る。
「伍長!」
曹長はそのまま俺に中座の無礼を詫びず、詰所に走って行く。
いや、別にいいんだけど、そういう事欠かす子じゃないから、余程のことだと思う。
そして、数秒後に伍長の悲鳴が聞こえて来たので、俺は慌てて詰所に向かう。
久しぶりに来た詰所は、上座の一角に豪華なカッフェのような調度やテーブル、ソファがあり、絨毯まで設えられている。
なるほど、あそこが副隊長席か、俺の席よりも遥かに豪華だな。
その場所は結構広いが、まあ、それでもまだ二十人は入りそうな詰所の好きな場所にそれぞれ二人の女の子が座っていて、場所なんて選び放題なのになぜか一番末席に座っているのがスプラ伍長。
その襟首をつかんでいる曹長は、戦場にいるかのような殺気を放っていた。
あ、これ、ほっといたら本気で殺しかねない。




