第8話 中尉の実力
「先輩! 仇討ち!」
曹長に言い返せないはけ口を、こっちに求める。
「仇討ちも何も、俺にとってお前も曹長も大切な部下であって、仇じゃないからな」
「私とあいつ、どっちが好きなんですか! 私があいつにやられても平気なんですかっ!」
「演習で負けただけだろ? そんなもんで怒る方がおかしいだろう」
まあ、優れた兵士なら、これが戦場でも隣で仲のいい兵が殺されても感情的にはならないものだがな。
俺は多分、その域にはまだなれてはいないだろうけど、部下同士が演習して片方が負けてもう一方へ仇討ちってありえないだろう。
「じゃ、仇討ちとかいいですから、ここは隊長自ら、隊員の戦意のために演習に参加してくださいよ!」
トゥーリィはとにかく俺に戦って欲しいらしい。
仇討ちじゃなくても戦って欲しいってのは、まあ、この子の愛情確認方法だってのは分かってる。
こうやって自分の望みを俺に叶えさせることで、愛情を感じようってことだ。
「いや、でもなあ」
俺はちらり、と曹長を見る。
「私は、構いません」
曹長もまだまだ暴れ足りないようだ。
えー、いいじゃんこれで終わりさ。
ちょうど曹長が無双して、トゥーリィにも勝って、曹長強い、で終わらせた方がいいじゃんさ。
その方が、今後の統率のためにちょうどいいと思うしさ。
俺自身が統率を示すよりも下士官リーダが示した方がいいのはこれまでの経験で分かっている。
「あいつもやりたいって言ってますし、やりましょうよ!」
「分かった、やるけどさ、一つだけ約束してくれ。俺が勝ったら、もう曹長の事をあいつって呼ぶのはやめろ。いいな?」
「えー……分かりました。約束します」
ま、これなら曹長にも利があるし、いいだろう。
「よし、じゃあ、曹長、連戦で悪いけど相手を頼めるか?」
「問題ありません。準備体操にもなりませんでしたから」
また少し、トゥーリィを煽っている曹長。
本気でムカついてたな、この子。
「先輩、泣かせてやってください! 一度泣かさないと大人しくなりませんよ!」
「それはお前だろ」
さっき泣いてたけど。
「隊長殿、武器を選んでください。得意は何ですか?」
「何でも出来るけど……ま、いいや、徒手で行こう」
ま、武器は調整に時間もかかるからな。
「良いのですか?」
「ま、ハンデがあった方がいい勝負になるだろうし」
「ハンデ。そう、ですか」
曹長、下士官の彼女が、士官学校卒の、下士官の経験ない尉官にハンデと言われ、かちんと来てるのが分かる。
ま、そりゃそうか。
俺としては本当にハンデのつもりなんだけどな。
「じゃ、曹長からかかってきていいよ?」
「では、失礼します……!」
一瞬で間を詰めて来た曹長を、半歩下がって避け、左手の剣を落とす。
取り戻そうとしたのは一瞬で、曹長は左手の剣を諦め、腰を落とす。
足元への攻撃を、飛び上がり、屈伸宙返りで曹長を飛び越え──。
あ、やべっ!
俺は身体をひねることで、着地点を変える。
着地点を推測して曹長が攻撃準備していたからだ。
俺は着地した片足を軸に、もう一方の足でしゃがんでいた曹長を蹴る。
半身でそれを受け止めた曹長はその足にしがみつく。
いや、おっぱい当たってるんだけど!?
それどころじゃなかったか!
俺を転ばそうとする曹長に逆らわずそのまま倒れることにする。
そして、もう一方の足で曹長の身体を捕らえ、顔を抱え込み──。
「ぐ……っ!」
絞め技を繰り出すことにした。
がっちり決まった!
……のはいいけど。
俺は、曹長の胴回りを背中から足で挟み込み、彼女の首を抱きしめるように持っている。
いや、本当なら絞めるところだけど、癖になるからな、絞め技って。
「……参りまし──」
「何してのよぉぉぉぉっ!」
「っ!」
いきなり走り込んできたトゥーリィが、絞め上げられて身動きの取れない曹長の脇腹を思いっきり蹴った。
「おい、トゥーリィ!」
「大丈夫です」
俺が手を放すと、曹長は立ち上がり、蹴られた辺りの脇腹をぱんぱん、と払う。
「蚊が刺したような程度ですから」
それは、俺にではなく、トゥーリィに向けて言っていた。
「それと、どうやら副隊長殿はまだ、演習が足りないようなので、このまま継続いたしましょう」
曹長がそう言って動いた瞬間、トゥーリィが全力疾走で逃げだした。
そして、入り口で振り返り。
「シスリスのバーカ! 脳筋デカ女!」
それは伯爵令嬢とは思えない汚い罵りの言葉だった。
そして、そのまま走って行ってしまった。
俺はその時、曹長の顔を見ることが出来なかった。
ま、でも、最後には「シスリス」って名前呼んでたし、俺との約束は守るつもりのようだ。
それだけは、今回の収穫かな。




