第5話 演習、にもならない訓練
「さて、それでは軍事演習を行います。本隊は少数精鋭であるため、全員が強いことが求められています。ですから、この演習が最重要となります」
軍服の美少女が三人。
うち二人が直立で話を聞いていて、もう一人が説明をしている。
演習という事で、全員軍服に着替えている。
「動きやすい服装」となると、全員これになったのだ。
前に俺が指示した、軍人口調をやめて説明をしている曹長は、見て分かるほど活き活きしている。
久しぶりの軍服、そして身体を動かすという事で、日頃たまった鬱憤を解消したいのかも知れない。
トゥーリィは事あるごとに曹長に突っかかって行くし、曹長は上官だから粛々と話を聞いてる。
本当に出来た子だと思うよ、これまでもあんなことあったのかも知れないけど。
とは言え、どれだけ彼女が理想の軍人だったとしても、あれを毎日聞いていたら、ストレスもたまっていることだろう。
だからこその、演習だ。
ちなみに下士官の演習だから俺は参加しない。
だけど、演習場に私服でうろうろして、全く参加する気ありません感丸出しだと士気に関わるので、一応軍服に着替えている。
トゥーリィは、着替えてきます、と言って出て行ったきり帰って来ない。
まあ、別にあの子は士官だから参加義務はないんだろうけど、俺に「動きやすい服」ってのを見せたいんだろう。
曹長も到着を待たずに始めようとしてるし。
でも、せっかく彼女がいるんだし、魔法使いに備えての演習は貴重なのでやれるならやっておきたい。
俺もまあ、最悪見本を見せる必要がある場合は参加するつもりでもいる。
トゥーリィも演習は士官学校でやってるだろうし、俺の代わりに見本を見せられるなら──。
……そう言えば、魔法使いって士官学校の戦闘演習、武器演習とか、免除も多かったんだよな。
あの子、ちゃんと戦えるよな……?
「ではまず、スプラ伍長!」
「は、はいっ!」
文字通り飛び上がって驚く伍長。
「あなたがどのくらい出来るか知りたい。好きな武器を持って来なさい!」
「え? は、はい……」
おそらく、得意な武器などない伍長が、練習用の武器が格納してある隅に行き、なんか、木製のロングソードを持ってこようとして、重くてその場にごとん、と落とし、それが足に当たってうずくまった。
「早くしなさい!」
「は、はいっ!」
慌てた伍長は、今度はもう少し小さな剣を持ってきた。
それは左手に盾を持つことを前提とした片手剣だけれど、彼女はそれを両手で持ち、構えた。
「では、あなたから来なさい」
「は、はい……えぇぇぇぇいっ!」
両手で振り上げた片手剣はふらふらとした線を描き、曹長の頭上へ──。
「まるでなってませんね」
曹長の頭上の剣は、彼女が両手でそれぞれ持っている剣の一方で払い落され、伍長は剣の制御を失い、剣は弾き飛ばされた。
「脇を締める、相手から目を逸らさない、力まない、踏み込む力を利用する」
「は……」
「力がないなら、ないなりの攻撃方法はいくらでもあります。剣を拾いに行きなさい」
伍長が慌てて剣を取りに行って構え直す。
「えぇぇぇぇいんぐぁっ!?」
走り込んだ伍長に、今度は足払いをかける曹長。
「まったく変わりませんね。進歩を見せなさい。考えてかかって来なさい」
半泣きでもう一度剣を構える伍長。
「え……えぇぇぐぇっ!」
再度の攻撃で、今度は後攻のはずの曹長が先んじて伍長の腹に、剣の柄をめり込ませた。
「見ていますか、私は三度攻撃され、三度とも別の反撃をしました。あなたも同じことばかりせず──」
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇぇっ!」
伍長が、泣き出した。
女の子が泣くのを見るのは久しぶ……ああ、この前トゥーリィ見たか。
あの子はあざと泣きだったけど、この子がそんな器用なことが出来るとは思えない。
「その程度で泣かない! あなたは望んで兵士になったのでしょう!」
「ふぇ……ふぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「立ちなさい! 立って構えなさい!」
容赦のない曹長。
もはや虐めにしか見えない。
いや、だって、これ、兵が兵を訓練してる姿ですよ?
伍長ってさ、本来なら兵卒を四、五人まとめて班長として前線で戦うんだよ?
職業軍人として、兵卒の手本として戦うんだよ?
「さっさと立て!」
「ヴァァァァァァァァッ!」
伍長は、ガチ泣きを始めた。
それはもう、十五歳の女の子の泣き方ではなく、幼児の号泣だった。
「泣いても終わらない! さっさと立て!」
曹長の怒号。
まあ、そりゃ曹長が正しいんだけどさ……。
これはちょっと……。
「お待たせしました~。あれ? あいつ、私の部下を虐めてるんですか?」
遅れて来たトゥーリィが、開口一番、曹長にも聞こえる声で言う。
「おま……な……」
俺は遅れて来た小言の一つも言おうと思ったが、その格好の突飛さに言葉が出て来なくなった。
トゥーリィの姿は、服装だけで言うなら、魔法使いの服装だ。
マントにつば広の三角帽。
が、その三角帽、そしてマントの表がワインレッドという派手さ。
そして、中の服が薄ピンクにポケットやボタンなど、ポイントのみ、濃い目のピンクという服装。
しかもスカートは膝上かなり際どいミニだ。
これを見て、由緒正しき魔法使い名家の子女だって、誰が思う?
いや、感想訊かれたら可愛いとしか言えないけどさ!
「虐めではありません、訓練です」
こんな格好を見ても一切怯まずに曹長が答えるけど、その前にこの子たち、俺の部下だからな?
「とにかくやめなさい? その子にいきなり戦闘演習は無理よ」
「ですが、鍛えなければいつまでも──」
「まだ早いって言ってんのよ! それ以上やったらトラウマになるわよ? 私の部下を壊さないで!」
あー。
俺もちょっとトゥーリィと同じことを思ってたから、やんわりと止めようかと思っていたけど、それを怒鳴って言っちゃったなあ。