第2話 市井を歩いてみる
「この辺りは重点区域だな」
「そうですね、シルラ人が多く住む地域ですから」
世界は国家という国境で区切られており、各国の国民はそれぞれ自国に愛国心がある、場合が多い。
だが、それとは別に、人種、というものがある。
外事警察隊のように純血オルジリア人は帝国に多いし、そうでなくてもオルジリア人を名乗り、それを自負している者の割合は帝国の首都では、九割を占める。
とは言え、帝国には過去に征服し、属国とした国があり、そこにはオルジリア人の比率は少なかったりもするので、全体としては六割程度だろう。
この首都で一番分かりやすい他人種がシルラ人だ。
何しろ髪がオレンジで、瞳も茶色いからすぐに分かる。
彼らは帝国首都では少数民族ではあるのだが、昔からの住民もいる。
現在、特に肩身が狭い。
何しろ、現在交戦中のシーラ王国の主要民族がシルラ人だからだ。
もちろん元々冒険者の街が発展したオルジス王国、そして、オルジス帝国は、少数ではあるが多くの民族が住んでおり、彼らも国民として、徴兵や軍人として活躍している。
だから、別に彼らは容疑者でもない、ただの善良な国民ではあるが、だからこそ、困りものなのだ。
誇り高き帝国民として、民族で人を差別することはない。
オルジス王国時代、どんな民族の、いや、どんな種族の者も受け入れていたため、基本的に来るものを拒んでいなかった。
その国民性は今でもあるのだが、それと現在のオルジス帝国の軍事国家のあり方は大いに矛盾している。
その矛盾のために出来た組織が外事警察隊であり、その矛盾に悩むのも、外事警察隊だ。
現在帝国への入国は、内軍の入国管理局が管理している。
国民か、妥当性のある入国目的がある外国人のみを入国させている。
だから、基本的に国内にいる者は国民か、目的を持った外国人であり、外国人の大半が属国からの入国者なのだ。
この中から、テロやスパイを犯しそうな者を探すことは、限りなく難しい。
入国するほぼ大半の外国人もしくは移民が、善良で帝国を愛する、または興味のある者なのだから。
それで、出来る事と言えば、国籍ではなく、民族で区切って警邏する方法だ。
これはオルジスの国民性に反している。
だが、この職務はそういう仕事なのだ。
「ああ、確かに私服だとこの任務はいいかも知れないな」
「そう、かも知れませんね」
無実の国民を監視するための任務。
軍服を着た者が毎日のように自分の居住地を回っている。
もしかすると、自分たちは何かを疑われているのだろうか? と思うだろう。
善良なる国民に不安な思いをさせるのは、いや、この部隊が例えそういう部隊だったとしても、俺が嫌だ。
その点、私服である俺たちが二人で歩ていても、若い男女が歩いているだけだ。
怪しまれずに形だけの警備も出来、上にも仕事を報告できる。
ま、トゥーリィにその気はなかったんだろうけど。
「特に治安も悪くないし、あの子たちにもさせられる仕事だね」
「そうですね。小官としては逆にどなたかがサボられるのではないかという危惧の方が大きいですが」
言い方がきつい。
尊敬語が混じっている辺り、特定の一人を指しているとしか思えない。
「ま、まあ、二人コンビで警邏させればいいだろ?」
「いえ、警邏は下士官に指示することにします」
「そうなるとあの子、本当に何もすることないからさ。何かさせてあげてよ」
割り込んで隊員になった、微妙な階級の子とは言え、可愛い後輩だし、何もさせないのも可哀想だ。
「了解しました」
さて、警邏業務は決まりとして──。
『いきなり失礼します、貴方は元シーラ王国の方ですか?』
「!?」
「あ、え……?」
そこらにいた男性に、いきなり俺が話しかけたので、曹長とその男性が驚く。
「す、すみません。私はオルジリア語しか分かりません……」
話しかけられた男性は申し訳なさそうにそう言った。
「それは失礼しまシた。私は、シーラからスコシ前にオージスに来まシた。戦争が始まってカラ、オージリア人、迫害を受け始めたので、妻の祖国がオージスなので、そのツテで来ました。懐かシい、シルラ人をお見かけしたので、声をかけてしまいまシた」
「そうですか、申し訳ありませんが、私は生まれた時からのオルジス帝国民です。ただ、四番地から向こうは新興居住地になっていて、海外から移住したシルラ人が多いかと存じますし、中にはシーラ王国から来た方もいらっしゃるかも知れません」
「ありがとうございまシた、そちらに行ってみまス」
俺は男性に礼をして別れる。
「……隊長殿は、シーラ語をご存じなのですね?」
「そりゃ、前線に出れば向こうの言葉が分かった方が色々便利だろ?」
交戦国の言葉を理解することで、領土を侵犯して工作をする場合に文字も読めるし向こうの会話も聞き取れる。
「それに、さっきの訛りも、覚えられたのですか?」
「もちろん。その方がやりやすいことはいくらでもあるからな」
士官学校では隣国語はいくつか覚えさせられるし、俺は卒業してから行った現場全ての交戦相手の言葉と、そちらの言葉の訛りのある帝国語、いわゆるオルジリア語をマスターした。
シーラ語ではオルジスの事をオージスって発音するんだよな。
「……その、妻というのは……」
「ああ、一番分かりやすいかなと思ってそうしたんだよ」
「そうですか……」
頬を染めてうつむく曹長。
あーもしかしてこの子、男女の話には免疫がないのかな。
夫婦恋人ってのは男女で歩いてる時の常套句なんだけどな。
真面目そうだし、しない方がよかったかも知れないけど、謝るのも変だし。
えーっと、どうしよう?
今、二人で四番地に向かって歩いているんだけど、なにか話した方がいいのかな?
「えーっと……、あのさ」
「やぁぁぁぁぁっ! たーすーけーてー!」
何か話そうとすると、どこからともなく、いや、頭上から悲鳴が聞こえて来た。
え? 頭上?
「あ、いたっ! 先輩!」
頭上を見ると、三人の女の子が飛んでいた。
「ほら、アルもスプラもスカート押さえて? 降りるわよ?」
「構わない」
「うわーん!」
おそらく、トゥーリィが二人を浮上させているのだろう、号泣している伍長がスカートを押さえ、全く押えてもいない軍曹が、ふわふわとしたワンピースを全開でめくらせて降りて来る。
軍曹って本当、羞恥心がないよな。
「どこに行ってたんですか! 二人でデートですかっ!」
「仕事だよ、警邏の場所を探ってたんだよ」
「つまりデートですね!?」
おかしいな、俺、オルジリア語で喋ってるよな。
「だから、仕事してるって言ってるだろ?」
「二人で、街を歩くなんてデートじゃないですかっ!」
「近い近い! 二人で街を歩いてもデートじゃないから!」
この子、俺が知ってるこの子よりも更に恋愛脳になってしまってやがる!
「私の気持ちを知りながら、ひどいです先輩!」
「人の話を聞けよ! とにかく! お前たちは何をしていたんだ?」
「私はこの子たちの服を買ってあげました。それで帰ってきたら二人がいなかったので探しに来たんです!」
少しむくれながら答えるトゥーリィ。
「へえ」
伍長はモノトーンにダークレッドのリボンがちりばめられているドレススカートをはいている。
やせ細ったこの子でも、この服はふわふわしてるからボリュームが増して見え、しかも見違えるように可愛くなっていた。
軍曹はふわふわとしたワンピースだ。
うん、まあ、背格好も合わさって可愛いんだけども。
「よい経験をした。私はいつでも付き合おう」
無表情はまだしも、この口調はなあ。
喋らなきゃ最高なのに。
まあ、でも、貴族の子息として、こういう時に言うべき言葉はわきまえている。
「似合ってるよ、見違えるように綺麗になった」
「ありがとうございますっ」
俺の言葉の対象外だったはずのトゥーリィがくるん、と一回転する。
まあ、もうどうでもいいや。