第11話 恋愛に面倒な脳を持つ少女
「……まあ、お前がいいならいいんだけどさ」
「ありがとうございますっ! それで、私の席は? ここですか?」
いや、ここ俺の執務室だから。
「お話中失礼いたします。そちらは小官の席となります」
「はあ? あんた誰よ?」
「紹介が遅れました。小官は外事警察隊隊長副官、エタメール・シスリス曹長であります」
びし、と、敬礼をする曹長。
「ふうん? 副官って何?」
「隊長殿の補佐をする役目となります」
「副隊長の私がいるからいらなくない?」
いや、いらないのはお前の方だし。
「副官と副隊長は任務が異なります。副隊長殿の仕事は隊長殿の代理であります。副官は隊長殿の補佐であります」
「? 何言ってんのあんた?」
代理と補佐の違いって、士官学校で習うんだけどな。
こいつ、聞いてなかったんだろうな。
「トゥーリィ、代理ってのは、例えば俺が戦死した時や負傷なんかで脱落した時に代わりに隊長をやるんだ。あと、俺がたまたまいなかった時には代理権のある者が、俺の権利で指示が出来る。補佐ってのは、あくまで俺の仕事の一部を手伝うだけだ」
本当は准尉の権限はもう少し制限されているが、それは今言う必要もないだろう。
「つまり、こいつより私の方が偉いってことですよね?」
悪意ある見下しの目で曹長を睨んでいるトゥーリィ。
「階級も仕事もお前の方が上だ、士官学校卒業してるお前は指示も出来るだろう」
「だったら、私の言う事に従いなさい? あんたは向こうで仕事しなさい!」
トゥーリィは詰所の方を指さして言う。
「僭越ながら申し上げます。小官の上官は隊長殿のみです。他の方の命令は聞くことは出来ません」
「でも、私は先輩の代理なんでしょ? だったら私の命令は先輩の、隊長殿の命令じゃない?」
「それは、違います」
まあ、違うんだよな。
「何が違うのよ?」
曹長がため息を吐く。
上官ではあるがさすがに面倒になったのだろう。
「隊長殿、小官は詰所で仕事をすべきでありましょうか?」
「いや、それでは業務に支障が出るかな。嫌でなければこの部屋で仕事して欲しい」
「了解しました」
ちらり、トゥーリィを見てから、俺に敬礼をする。
「うぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
トゥーリィが殺意を持った瞳で曹長を睨むが、元々可愛い系の顔なので、怖くもなんともない。
子猫が唸り声を上げても怖くないようなものだ。
その小さな獣は、曹長を諦め、俺をターゲットに収める。
「先輩! 私もこの部屋で仕事したいです!」
「近い近い!」
駆け寄ってきたトゥーリィは俺に抱き着くんじゃないかと思う程詰め寄り、うるうるした瞳を俺に向ける。
近くで見ると本当、この子は肌が綺麗だ。
オルジリア人特有の白い肌に、染みも腫れも見当たらなく、そして、きめ細かい。
そして、この媚びるような瞳。
計算されつくしたあざとさなのは理解してるんだけど、それでも「よし、任せろ!」って言いたくなるような魔力がある。
あ、この子、魔法使いだったっけ。
「……それは、無理だ」
俺は何とか目を逸らして答える。
「ええっ!? でも、まあ、こいつがいたとしても、まだ私の机を置くスペースはありますよね?」
「いや、そうだけどさ。お前は副隊長だろ? 副隊長ってのは基本、隊長とは一番離れて行動するんだよ」
曹長をこいつ呼ばわりするなよ、と思ったが、そういう注意は後回しにしよう。
「どうしてですか!? 先輩、私の事、嫌いですかぁ……?」
「そうじゃないし、近い!」
迫りくるトゥーリィを押し返す。
「あのな、副隊長は隊長の代替要員なんだよ。この部隊は前線に行かないけど、もし戦闘に巻き込まれた場合、まあ、俺のそばに砲弾でも被弾して、俺が即死した場合、近くにいる副官も即死するよな? そんな時に副隊長が即時隊長になって迎撃するんだ。だからなるべく離れていた方がいいんだよ」
実際の話、この隊でそんなことが起こることはまずないと思うけど、副隊長の役割っていうのはそういうものだから嘘は言ってない。
「そんなあ……」
「そんな潤んだ目で見られても駄目だ。お前は詰所にいろ」
俺は詰所のドアを指さす。
「じゃあ、私が副官になる!」
「……え?」
「こいつが副隊長なら、文句ないでしょ? じゃ、お父様に行ってくる!」
そう言って、トゥーリィは走って出て行った。
「駄目って言われた……」
「そりゃ、そうだろうな」
走って出て行って、戻ってきたのがとぼとぼ歩きだった時点で想像もつく。
いや、それ以前の問題だが。
軍には順列がある。
中尉が隊長をする隊、まあ、中隊クラスとして、曹長が副隊長をすることがないわけでもないし、准尉が副官をすることも、まあ、ないわけではない。
が、准尉と曹長がいる隊で、准尉が副官、曹長が副隊長、という事はありえない。
例え人事局の大佐と言えど、それを覆すことは不可能だ。
それこそ、今すぐシスリス曹長を少尉に、せめて准尉にでもしない限り。
「あと、五回くらい誰何された」
「そりゃあ、そうだろうな」
そんな恰好じゃなあ。
この子も軍人になったんだし、しかも俺の部下だ。
可愛い後輩だからと言って、甘やかせるわけにはいかないだろう。
注意して行かないとな。
「トゥーリィ、いや、パラエル准尉」
「どうしたんですか、そんな他人行儀な言い方して?」
「俺は貴官の上官である。口を慎め」
俺は慣れてないけど、一番厳しかった上官の口調で言ってやる。
「そ、そんなあ……先輩は先輩ですし。私はこれからも先輩って呼びたいです……」
「仕事以外で俺をどう呼ぼうが構わん、だが、職務上、貴官は──」
あ、さっきアルメラス軍曹にファーストネームで呼ぶことを許したんだっけ。
この子だけ駄目ってのはおかしくなるな。
「ま、まあ、それは許してもいい」
「本当ですか!?」
あー、これでまた俺は甘いって印象与えてしまったかな。
けど、最低限締めるところは締めないと。