第1話 キャット・ファイト
さて、俺の前で睨み合っている二人の女の子。
全く対照的、と言ってもいい。
かろうじて共通しているところと言えば、二人とも最高に美少女であるという点、くらいだろうか。
とは言うもののタイプは違うし、年齢も身長も違いは小さくはない。
うち一人は女の子にしては長身の部類に入るだろうか。
とは言えまだ、可愛げのある身長と言っても許容可能な範囲で、敏捷性に特化して鍛え上げられた、しなやかな肉体を持つ。
年長者の貫禄はあるものの、だが、それは同じ十代の中の話であり、大人から見れば彼女にも子供のあどけなさを見いだすだろう。
対するは、彼女より三歳ほど年下の女の子。
十代の三年は極めて顕著であり、彼女の子供っぽさは、目の前の女の子を前に際立っており、身体も一回り小さい。
更に言うなら、彼女は同年齢の少女たちよりも多少身体が小さい。
知性的な瞳だけが唯一大人への確かな道程を歩んでいるとも言える。
とは言え、長髪のツインテールから漂う幼さは、その瞳の努力を台無しにしていると言ってもいい。
年長の女の子を睨むその表情は、ただ気の強い少女にも見える。
だが、同時に自分の可愛さと幼さを最大限に利用した媚びや甘えの表情も作れるような図太さも持ち合わせている。
その振る舞いの上品さ、気高さからは育ちの良さを滲ませ、全く鍛え上げられていない身体は細くて貧弱にすら見える。
戦闘目的で鍛えられた年長の女の子を目の前にすると、捕食される側の動物にも見えるほど弱々しく、小さく見えるのだが、彼女自身は脅えるどころか、むしろ不敵に嘲笑すら浮かべている。
自分の方が格上であることを滲ませる、見下すような表情だ。
その様子は、幼い容姿から、生意気にも映る。
彼女達は二人とも、際立った存在と言える。
それを完全に言葉で言い尽くそうとすることは空しい努力に過ぎない。
それを極めて簡易に言える言葉がこれだ。
二人とも、間違いなく美少女である、と。
「さあ、そろそろ始めましょうか?」
幼い女の子が口を開く。
「約束しなさい、私が勝ったら先輩のそばから離れなさい! あなたは必要ないのよ。私がいるんだから」
ちなみに、この「先輩」ってのは、俺だ。
「はあ、懲りない人ですね」
心底うんざり、という表情でため息を吐く年長の女の子。
「私は彼と仕事をしているだけです。ですから私の一存では離れられません」
三年も年下の女の子に、敬語を使うのは、仕方がない。
身分が違うのだから。
ほんの、少しだけ。
「まあ──」
年長の女性が俺には見せたことのないような、意地の悪い笑みを、年少の少女に向ける。
「これは一般論ですが、仕事を共にした男女が仲良くなり、好き合う、などと言うことも、世の中にはあるようですね」
「そんなことは許さないわよ! 仕事なら仕事に集中しなさいよ!」
「他の誰ならともかく、あなたにだけは言われたくありませんね」
身分は違う。
だが、畏れ多いという程ではない。
特にこの、目の前の恋愛脳にだけは、それを言われるのは許せなかったのだろう。
「ま、戦闘演習には付き合いましょう。あなたはもっと強くなる必要がありますから」
「私は十分に強いわよ! 演習なんて私には必要ない! 私こそあんたに付き合ってるだけよ! さっさと負けてあなたの席を私に譲りなさいよ!」
熱くなりかけている年少の女の子、俺の学生時代の後輩の方が怒鳴る。
「はあ……『私は魔法使いだから高速戦闘はしない』『私は士官だから、演習なんてしない』『私は貴族だから、地べたを這って戦いなんてしない』」
「……何よ?」
「次はどんな言い訳を? ちょうどいい言い訳は見つかりましたか?」
「はあ!? そんなこと一回も言ってないし!」
必死で訂正する後輩。
だが、言っていた。
毎回言ってる。
もちろんそれを本人も理解していて、だからこそ、顔が真っ赤になっているのだ。
年少の後輩は、年長の彼女に勝利したことはない。
それは彼女が弱い、という事ではない。
彼女はその気になれば、この国有数の武力ともなりうる女の子だ。
だが、戦いには相性、というものがある。
俺の後輩との相性が最悪に近いのが、目の前の年長の彼女だ。
こと一対一、しかもこのような近接戦闘に限って言えば、後輩の勝てる見込みは限りなく低い。
これまでの戦いは全敗している。
勝ったことはないのだが、負けを認めたこともない。
さっき年長の彼女が並べたようないいわけで、最後は何本気でやってんの? と言って終わる。
もしくは泣きながら暴言を吐いて逃げていく。
プライドが高く負けず嫌い。
ああ、そうだ、これも共通点だ。
二人とも、本当に負けるのが大嫌いと来ている。
「ま、いいでしょう」
年長の女の子が、剣を模した木の武器を構える。
「私は、隊長の隣を志願し、それを人事の方が受け入れていただきました」
この「隊長」ってのも俺。
「適任と思われて任命されたのです。あなたに譲ることはあり得ません。私は今の立場を誇りに思っています」
まあ、物凄く簡単にこのやり取りを説明すると、この二人が俺と一緒にいる権利を取り合っての争いなわけで。
俺としてはどっちも優秀な部下だから、もっと仲良くして欲しいんだけどなあ。
「では、行きますよ? それとも、そちらから来ますか?」
でも、この喧嘩が二人を強くしてるのも事実だから、しばらく見守ってるけど、出来れば仲良くして欲しい。
「私から行くから! あんたは黙ってやられなさい!」
そう怒鳴った彼女は、掌から炎を生み出した。