8節 万が一と結果的
チハヤが圧倒的な実力を見せつけた入学初日。
実は、学園の男子生徒の他にも彼の入学を快く思わない者がいた。そしてその者たちの憎悪は、学園の男子の嫉妬などと比べモノにならないほどの醜く、強大で、それは殺意と呼ぶに相違無いものであった。
彼は、チハヤを観察した。
当初は、自分に向けられる好意に気付かず、愚図で鈍感で、少し運が良かっただけの人間。
しかし、いざ彼が使った魔法は神域魔法。
それはさすがに想定外のモノだった
しかし、それでも彼に対する評価も変わらなかった。
能力は確かに破格のものだが、気分が昂ってその情報を安易に見せびらかす思春期特有の自己顕示欲の高い青年、そういう風に彼の目には映った。
少し工夫さえすればこいつは殺れる・・・
「とまあ、こんなところか??」
チハヤ=ベルズヘブンは冷徹に言い放つ。
「何故だ?といった表情だなスタイラー先生?」
チハヤに殺意とも言える憎悪を抱いていた人物はα組で実技授業を担当していたスタイラーという講師だった。
チハヤは冷静に沈着に続ける。
「なにも、誰が俺を狙っているかとか、そもそもそんな人物がいるのかとか、そんな事が分かってたんじゃない。俺は、自分に対する評価には敏感なんだ。だから、自分に良くない目線が向けられることも想定していた。一応のためにと色々演技をしたりしたんだが、まあこうして炙り出せたんだから、良かった・・・。」
これはチハヤの心底の安堵だった。
そして相変わらず、信じられないと言った表情のスタイラー。
チハヤの入学初日の行動は全て、一応のための、念のための演技に過ぎなかったのだ。
女子からの好意に気付かないフリをしたのも男子生徒からの嫉妬の溜飲を下げるためで、愚鈍なフリをするのはあくまで一応、それがためになるかどうかもほとんど確信はしていなかった。
また、神域魔法を使ったのも、元々は単純に対人戦で使ってみたかったからに過ぎない。それに加えてこの情報がバレたところでそう簡単に防げるものではないだろうという予測もあった。また、強大な魔力を持った者にそう簡単に手を出してこないだろうという微かな期待もあったが、それはどちらも叶わなかったらしい。
まあ言ってみれば偶然である。
チハヤが、たまたまとりあえずやってみよう、程度で行ったことが結果的に上手くいってしまった。
結果的に、スタイラーは、完全にチハヤ=ベルズヘブンを能力だけの高い愚鈍な青年として判断してしまった。
授業が全部終了後、チハヤを呼び出した彼は、君の力はあまりに強大だ、神にも等しいなどと持て囃して、君にしか頼めないことがあるなどと言って、不自然に人影の少ない空間へと呼び出す、というあまりに簡単で杜撰な計画を立ててしまったのだ。
チハヤは当然警戒し、身を守ることができたのだが・・・
しかし、これには想定外があった。
それは先ほども触れたが神域魔法を使えるほどのチハヤ=ベルズヘブンの魔法を一瞬で制限する術が存在したことである。
天界に来てから毎日のようにベルズヘブン家の書斎や図書館などの魔法書を読み漁り、そこそこの量の知識を得たチハヤがその知識とそこから成される予測を持ってしても得られたのはチハヤの神域魔法は破れないという結論であった。
なんとか咄嗟の体術でそれを成すことができる装置の発動を止められたが、相手がチハヤを侮っていなければ、そしてその相手がこのスタイラーでなければ結果は分からなかっただろう。というか確実に魔力を封じられていたに違いない。
その後、チハヤはスタイラーを魔術によって更迭し、持っている情報の全てを話させようとした。
というのもスタイラーにこの装置を用意することは不可能だと考えていたからだ。相当な力を持った協力者、もしくは首謀者が後ろにいると考えた。
「参ったな、自白させる魔法なんて本でしか見たことないぞ。俺なら十中八九できるだろうが、1割でも失敗して情報を流すのはまずいな。拷問するか・・・?」
チハヤの独り言を聞き、スタイラーは震え上がり、今にも泣きそうな目をしている。
こういう場合、魔法によって情報を漏らせなくさせていることが多く、自白させる魔法や拷問によって強い精神衰弱を引き起こすしか聞き出せる方法は無いということをチハヤは知っていた。
そんな時に一緒に帰ろうとチハヤを探していたアリスが彼の魔法を探知してこの場へ駆けつける。
そして、チハヤは今日あったことのほとんど全てをアリスなら伝えた・・・