5節 本領発揮
この世界に来て三ヶ月ほどが経っただろうか
一先ずこの世界にも慣れてきたと思う。
常識や倫理観は人間界とさして違いはなかった。
この世界と元の世界に違いがあるとすればそれは、「魔法」という人智を超えたものの存在と人間から天使に転生するという例外中の例外に対する懐疑的や尊敬的な眼差し多さだけだろう。
そんな眼差しには慣れることもないが何か困っているわけではないので放っておくことにしている。
「問題は魔法の方だよなあ」
どうやらこの世界を救うためには魔法の力は欠かせないらしい。
日常生活のほとんどが魔法によって支えられていた。
さらに言えば天使と悪魔との善と悪との絶対量を巡る天界戦争においても魔法によって左右されるところが大きかった。
素質がないわけではない。むしろ内に秘める魔法量が多い分扱いにも困っているのである。
「また、そんなに悩んだ顔してー」
彼女は家庭教師のソフィアさんだ。きめ細やかなブロンドの髪に清楚で優しそうな顔つきの女性である。主に魔法のことを教えてもらっている。魔法の腕は学校でもかなり上位の方だと聞く。
「まだこっちに来て三ヶ月しか経ってないのよ。魔法なんてそんなすぐにマスターできるものじゃないの。むしろ成長するのかなり早い方なんだから!自信持って焦らないこと!」
「そうですね。ありがとうございます」
必死に励ましてくれている。そんな健気な姿がチハヤに安らぎを与えていた。
この世界には魔法学園があるのだが、入るためには年齢による規定だけでなく、魔法による試験もあるため、こっちに来てまだ日の浅いチハヤには家庭教師を付けて魔法の基礎的な修行を受けている。
「この分だともう学校に入れちゃうかもねー!なんてちょっと言い過ぎかな!」
彼女は冗談交じりにそんなことを告げる。
しかし、それは冗談なんかではなかった。
如月千隼は完璧主義者だ。それはチハヤ=ベルズヘブンとなっても変わることではない。
彼が「魔法」という分野において初心者のままでいるはずがなかった。
ベルズヘブン家にある本を読み漁り、知識を得た。
さらに、睡眠時間を削り、深夜から早朝にかけて庭の森の中でひっそりと本やソフィアから学んだ知識を実践に移した。誰にも悟らせることなく。
もちろん筋トレなどの肉体の訓練も欠かすことなく行った。
チハヤには流儀があった。彼は完璧を目指し、その過程の血の滲むような努力を誰にも見せないという。
そんな生活をこちらに来てから、続けていたのだ。彼の生まれつきの才と努力が重なり彼の実力は魔法学園の試験など、もはや何の障害ではなかった。
「じゃあ次は模擬戦ね!」
「チハヤ君さ、いつも本気出してないよね。私気づいてたんだよ。君はもう強い。」
「気づいていたんですか!?」
「そりゃ手のマメ見れば相当努力してるの分かるよー!それに身体もガッチリしてきた」
今まで彼のそういったことに気づいた者はいない。彼女の観察眼は優れている。改めてチハヤは彼女に尊敬の念を抱いた。
「だから、今日は本気で来て!これが最後の授業!」
「はい!」
チハヤとソフィアは全身全霊を持って勝負に挑んだ。
どれくらい時間が経っただろうか。
最後にソフィアが降参を告げるまで魔法の応酬は続いた。
「まさかこれほどまでとは…。完全に負けだね。完敗!」
「いえいえ、ソフィアさんもやっぱり強かったです!」
「自信あったんだけどなあ…」
そう言ってソフィアはイタズラな笑みをチハヤに向ける
「これからは学園の後輩だね!強いのに後輩って変な感じだけど!いつでも頼って来てね!」
「はい!今までありがとうございました!」
ふふふとソフィア先輩はにっこり笑った。
同様にチハヤは魔法学園のマサトから剣術も習っていた。ソフィアの時のように、最後に本当の実力を見せて欲しいと頼まれ、今その真っ最中である。
「やはり筋がいいなあチハヤ!それともその努力の証かあ!」
そう言って剣を打ち込んでくる
「マサトも気づいてたのか。俺の家庭教師たちは本当に優秀らしい、な!」
なんとか剣を防ぎ反撃にうってでる。
それに反応したマサトは完璧にそれを防ぐ。
しかし、
「俺の剣を弾き飛ばすだと…!やはり只者じゃねーな」
だがこれはどうだと言わんばかりの剣撃!
しかし、チハヤは臆すことなくそれを顔の真横で受け流し最高の一太刀を浴びせる。
「かあー、負けだ負け。俺だって一年の中じゃ相当つえーんだけどな。お前には敵わん。
「いやマサトのおかげだ。本当に感謝している。」
「いいってことよ。これからお前は同級生ってわけだな。よろしく頼むぜチハヤ。」
「ああ、もちろん。よろしく頼む」
こうして、チハヤは二人の家庭教師に支えられ、確かな実力を手に入れていった。
そして、試験当日
学力試験、魔法試験、武術試験ともに満点合格した彼は超特待生としてポルニカ魔法学園に転入したのであった。
「これで私とも同級生ですね!ぜひぜひ頼ってください!チハヤ君」
初めてあった時のような可憐な笑顔
「ああ、アリスもよろしく頼む」
チハヤの新たな学園生活の幕開けであった。