天才との戦い
さっき逃げながらも教えてくれた彼女の話を全て信じるなら、確かに皆と同じように、敷地の外へと避難するのが賢明だろう。
いや、何も私だって、さっきの話を信用していない訳じゃない。
ここに顔見せする前からレイスの傍にいた、おそらく友人であろう彼女の贔屓が入っているであろう証言なことを加味しても、ほとんど事実なのだろうと思う。
だがそれを踏まえても、ドールの傍にいたままでも、私に被害を及ぼすことなく、彼が勝つだろうと思えた。
ただそれだけだ。
「……来ないのか?」
「はあ? バカじゃないの? 今撃ったら皆を巻き込むかもしれないでしょ?」
「そうなのか? お前はそんな制御できない力を使っているのか」
「違うっつの。前にあたしに負けそうになった教師が、周囲の被害も考えない魔法使ったのよ。
それを飲み込む魔法を使って事なきを得たんだけど、ああいう面倒なのがゴメンってだけ」
「俺は魔法が使えないから、そういうことは気にしなくても良いだろ? いやむしろ──」
不意に、レイスに向けていた切っ先を、僅かに体の内側へとズラした。
バシュゥッ……!
瞬間、火に大量の水をぶっかけたような音が鳴る。
魔力同士がぶつかり、どちらかが消えたのだ。
……いや、消えた方なんて明白だ。
かなりの疾さで、レイスの腕に巻き付いていた『蛇』が伸びるように放たれていた。
その進行上に置かれた、ドールの魔力が込められた木の剣の切っ先が触れた。
だから彼女の『蛇』が消えたのだろう。
斬る必要もない。
ただ己の魔力を当てるだけで掻き消えると、ドールも分かって、少ししか剣を動かさなかった。
この時点で、木の剣に込められているドールの魔力は、彼女の魔法を上回っていたことになる。
「──お前は全く気にしてなくて、ただ隙のない俺に、僅かでも隙が出来るのを待っていたようにも見えたんだが……どうやら、その通りだったみたいだな」
「ちっ……!」
「ま、実戦経験の浅い、ただの学生であるお前に、そもそも俺に隙があるかどうかなんて分からんか」
話しながら、レイスに視線を向けたまま右半身を下げ、自らの後ろだった場所へと剣を振るうと、先程と同じ魔力が消される音が三つした。
「こうして後ろから襲いかかるような真似をする所を見ると、背後は全て隙とでも思っているようだしな」
「……なんで……」
さすがに、レイスの顔にも動揺が走った。
大方、いきなり正面から放った『蛇』は、意識を自分へと集中させるためのもの。
防がれ、悔しそうなフリをし、さらに相手の心理的油断を植え付けたところに──背後からズドン、といった所か。
「さっきお前が言った、魔法を飲み込んで倒したという教師──いや、“元”教師が相手なら、それも通じただろうさ。
どういう流れで争いになったかは知らんが、お前は学生でありその若さでありながら、これだけの魔法を使えている。それを認めようともしなかった大人との戦いみたいだしな。
お前が同年代は元より、その辺の大人の魔法使いよりも良い魔法使いなのは間違いない。天才というのも頷ける。
しかし、それは認めてやれても……俺には勝てない」
──我に眠りし目覚めぬ種子よ
見えぬ力をそのままに
開いた花の力と交じりて
今一刻の芽吹きをここに──
ドールが事実を突きつけているのも無視し、開花しなかった素質を引き出すための呪文詠唱を行って、その力を解放。
混じり・変異した魔法をすぐさま放つ。
だがそれすらも、ドールは木の剣を自らの周囲に振るい、労することなく魔法をかき消す音を鳴らす。
「すぐには認められないか。お前が負かしたという、その教師と同じか?
いや、周りを巻き込むような大規模な魔法を使わないだけ、お前のほうがやはり利口だ」
「え……なに? 今の……」
遠くから聞こえる生徒の声。
彼等からしてみれば何も見えていないのに、いきなり魔力が掻き消える音が聴こえたからだろう。
魔力を目へと移動させ、その魔力を変質させていなければ、透明な『蛇』がドールを襲った姿なんて、感知することすら出来ない。
そこには『透明』の属性が混じっているのだから。
「っ……!」
防がれている理由が分からないのか、それとも分かっていながらも攻撃するしかないのか、彼女は何ども両手を振るい、魔力で出来た『透明』の『蛇』を、何匹もドールへと放ち続ける。
正面から、左右から、頭上からも地を這った足元からも、大きく回り込んでの後ろからも……規則性のない攻撃を全方位から仕掛ける。
だがそのどれもを、ドールは左足を固定し、上体と右足を動かすだけで、かき消していく。
しかもその力は、まるで子供の剣術修行に付き合うかのような、手加減しているのが分かる脱力具合。
誰の目にも、全力を出していないのが分かってしまう動き。
「なんだ? これだけか? それとも、大規模な魔法が無いだけか?
そうなるとさっき言った魔法を飲み込んだというのも、同級生に被害を及ぼさないためなんて理由じゃなくて、ただそうした方が相手の戦意を削げるからやっただけだろ?
お前の『蛇』の魔法はどちらかというと、さっき背後を狙ったような不意打ちに適している。
一撃一撃の使用魔力も少なく、今やったみたいに魔力を目に移動させなければ見えない攻撃も出来る。
これなら、大勢を相手にする時は自分の守りを固めて、相手の見えない場所へと『蛇』走らせ不意を衝いていく、なんてことも出来るだろう。
そうして戦意を削いで、相手を動揺させ、集団心理でそれらを広げ、そこから崩していく。
そんなところか」
と、攻撃が止んだタイミングで、ドールは木の剣の切っ先を再びレイスへと向け、挑発するかのように左右へと軽く振る。
「だから魔力操作の防御なんて必要ないと豪語できた理由は、そんなところか。
なら、守りなら自信があるだろ?
『蛇』を利用した守りがどういったものか、かなり興味があるな。
どれ、見せてもらおうか」
ほら撃ってみろ、とばかりに、相手の目を見つめて、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
そんな簡単な挑発に乗った、という訳ではないだろうが、レイスはドールに向けて、この戦いの始まりを彷彿とさせる『蛇』を放つ。
その攻撃は既に透明ではなくなっている。
誰にでも見えるその攻撃を、ドールは再び木の剣を当ててかき消す──
──ような動きは最初だけで、当てる寸前で手首を捻り、下から上へと『蛇』の顎を斬り抜いた。
──瞬間、『蛇』が反転した。
切っ先に沿うように、下から上へ。
頭を地面に向け、顎を空に向け。
魔法を放った本人であるレイスに向け、速度を落とすことなく迫る……!
「えっ!?」
手を前に突き出し『蛇』を撃った姿勢のまま驚きの声を上げている彼女に、その『蛇』が当たる──その寸前!
彼女の背後から、彼女自身を呑み込むように大きく口を開いた『蛇』が現れ、彼女を口内へと導くよう前進しつつ、その反射された魔法を噛み砕いた。
「ほぅ……なるほど。確かにそれがあれば、魔力操作による防御なんていらないと言ってしまうのも頷けるな」
「……なんだ、アンタ魔法使うんじゃん」
ドールの独り言とは関係なく、レイスは彼に非難するような視線を向ける。
「その魔法の反射、あんたの魔法でしょ?
教師なのに嘘吐く気? さっき自分は魔法なんて使えないって言ったじゃん」
「何を言っている。こんなものは魔法でも何でも無い。
魔力操作を極めていけば、これぐらいは出来るようになる。
それこそ、俺のように魔法を開花していなくてもな」