自称する天才の力
「でも確かこの学校では、生徒が自主的に別の授業へと切り替えることは出来ない校則がありましたよね?」
と、これ以上はドールの答えられる範囲を出そうだったので、再び私が口を挟む。
「切り替え自由にしていると授業の進みがバラけてしまい、教師側にとって面倒になるから……なんて理由にしか感じない校則ですが、生徒であるあなたは守らないとならないですよね?」
「なに? 非常勤のお二人は、生徒が減ると給料でも減るの?」
「私達の給料はいくら生徒が増えても新人の教師と変わりませんよ。
それよりも、あなたはどうして欲しいのですか?」
「簡単よ。その校則を捻じ曲げて欲しいってだけ」
「間違えた知識を教えている人たちにあなたを預ける……そのためにこちらが骨を折るなんて、私はしたくありません」
「だったら、あたしが教わるに値する授業だって証明してよ
あたし、これでも魔法についてはかなりの自信がある。というか天才そのもの」
威張っているような空気はあまり感じず、むしろ事実を淡々と告げているような雰囲気すら纏っている。
そしてそれに対して周りも、何も言わないし、何も反応しない。
まるでそれが当たり前で、本当のことのように。
……この周りの反応こそが、彼女の実力の、何よりの“証明”なのかもしれない。
「教えるのはそっちの男の方でしょ? アンタ、何の魔法なの?」
「さっきも言っただろ?」
「アンタに興味が無いから覚えてないっての」
挑発のつもりなのかもしれないが、ドールには全く効かない。
「俺には魔法がない。向き合う自分が無いからな」
「はっ。だったら本当に、教わるものなんて何も無いでしょ。
開花してない奴に何を教われば良いの? って話よ。
だってあたしは、とっくに魔法を開花してる」
言って、腕を真上へと振り上げ、掌を天へと向ける。
それが合図だったかのように、彼女の周りにいた女子生徒たちが、余波を浴びぬようにと二・三歩分距離を置く。
──しかし、余波なんてものは発生せず……。
ただ静かに、一匹の『蛇』が、その腕に巻き付いていた──
魔力を感知出来なければ、その腕にいつソレが巻き付いていたのかなんて、分からなかったかもしれない。
蛇……とは言っても、実物の蛇が本当に巻き付いている訳ではない。
正確には、蛇の形を半透明の何か、と言えば良いだろうか。
アレこそが、彼女の開花された属性を通し、体外へと排出された、彼女自身の魔力。
「アンタが教えようとしてる魔力操作ってのは、魔法を開花してないやつでも使える『強化』の魔法、みたいなもんなんでしょ?
それなら、そんなの覚えないで、こうやってあたしの魔法をあたし自身に纏えば済むし、そもそも敵が近づく前に片付ければ済む話な訳じゃん。
ほら、教わる意味なんて何もない」
「近づく前に、か……。
……なるほど。
なら早速、俺に向けて魔法を放ってみろ」
肩に担いだ木の剣を降ろし、切っ先を彼女へと向ける。
「もしその魔法を俺に当てることが出来れば、別の授業に移れるよう手続きをしてやる。
何なら、この授業をサボりの時間にしても良い」
「……へぇ」
ニヤりと、彼女の口に笑みが張り付いた。
それを合図に周りにいた生徒たちが、動揺を顕にしながらも巻き込まれぬよう、二人から距離を置くよう一斉に、敷地の端っこへと慌てて移動し始める。
「皆、一斉に動き出すんですね」
その慣れたような動きに思わず、近くを通り過ぎようとした女子生徒に並びながら、疑問をぶつける。
「当たり前ですわ。レイスさんは去年の授業で、自分の魔法をバカにしてきた教師を、あの魔法を使って倒してみせた程ですの。
私も同じ授業を取っていたからちゃんと見ていましたわ」
レイス……というのが、あの褐色巨乳娘の名前だろう。
レイス・パラット。
この授業を取った生徒の名簿は貰っているので、その名前にも当然見覚えはあった。
ただその名簿には、名前と、この学校に入学したばかりの一年生なのか去年も居た二年生なのか、しか書いておらず、どういった授業を取っていたのかや、どういったことをしたのか、までは書いていなかった。
「教師である大人の方が本気を出して彼女に魔法を撃ったのに、それを上回る魔法で相手の魔法を飲み込んで、あっさりと倒してしまいましたの。
もちろん、殺しはしませんでしたわ。
わざと生かして、相手に自分の実力を認めさせて、プライドをへし折ってこの学校を辞めさせはしていましたが」
なるほど……天才を自称するだけの実力はある、ということか。
とはいえ、そこまでのことをした才能ある生徒だということを、一言も添えてくれないこの学校の教師に、それほどまでの実力があったとは思えないが。
『強化』の魔法だなんて嘘すらも教える程だし
「あの後は別の授業を選ぶことになって、途中からということもあり、授業に追いつくのも大変でしたわ。
ですが今回は初回ですし、これ以外にもやりたい授業の目星もついているので、まあ機会としてはちょうど良いかもしれませんわね」
「……その言い方だと、ドールが負けると思っているようですね」
「あら? お気に障られたのなら謝りますわ。
ですがレイスさん、それ以外の授業でも教師全てを認めさせ、調子に乗っていると襲ってきた去年の卒業生二十人程を同時に相手して、返り討ちにしていますわ。
それだけの実力があると分かっていれば、今日来たばかりの教師を支持する気にならないのは、お許し頂きたいところですわ」
「……まあ、そういうことなら仕方ありませんね」
そう返事をして、私はクルりと後ろを向いて、ゆっくりとした歩みで、元居た場所へと戻り始めた。
「えっ?」
驚きの視線をこちらに向け、一瞬だけ足を止めながらも、色々と教えてくれた生徒はすぐさま足を動かすのを再開し、敷地の端──に辿り着いて、フェンスに沿ってその外へと向かっていった。