授業内容
「ウルサイ! 長いっ!!」
「──はっ……!」
不意に響いた声に、私はようやく動かしていた口を止めた。
「ただのオマケみたいなスタンスで立ってるくせに! そこの男よりも喋り続けるってどういうことよ!? 話横道に逸れまくるしホント何って感じなんだけどっ!?」
「す、すいません……」
褐色巨乳の最もなお怒りに、さすがにすごすごと引き下がる。
またやってしまった……何かを説明する時、つい冗長になったり話が変わってしまうのは、私の悪い癖だ。
もしかしたらこの子供っぽい尊敬されない見た目以上に、この悪癖こそが、最も教師に向いていない要素な可能性すらある。
「っていうか男! あんたあの子供が生命線みたいな言い方するんなら、アンタからも注意しろっての!」
疲労が顔に出てしまっている生徒たちの代表であるかのように、意外にも物怖じせず注意してきてくれた褐色巨乳娘。
……いや、真面目な子ほど教師側の言葉を止めることなんて出来ないか。
まして初回の授業でこちらのことなんて全く分からない訳だし。
「全く……天才の貴重な時間無駄に使って……」
なんてブツブツ文句を言っているが、悪癖と知っていながら突っ走った私を止めてくれたのだから、後でお礼を言わないといけない。
「さて……話が大きく逸れてしまったから戻すが──」
「いやアンタの生命線のせいだから」
なんて苛立ち含みの褐色巨乳の口挟みに、ドールは流すような苦笑いを浮かべ、
「──初日である今日の授業は、とりあえずどういった授業かの体験も兼ねて、俺に攻撃を当てられてみろ」
「「「「「……………………え?」」」」」
何人かの生徒の声がハモった。
そりゃそうだろう。
ただ暴力を受けてみろと言われているようなものだ。
聞きようによっては虐待やら体罰やらの発言でしかない。
「良いか? 移動された魔力の所にただの物理攻撃を受けた所で、何の痛みもない。むしろ、だ──」
生徒たちから見れば不意に──私にしてみればいつも通りに、ずっと持っていたままの木の剣を私が背負ったままの籠へと仕舞い、代わりに鞘に収められた一本の両刃剣を手に取り、抜き放つ。
そして徐に、自らの左脚へと振り下ろした。
「「「ひぃっ!」」」
何人かの生徒たちから引いた声が聞こえた。
声を上げなかった生徒たちも、その表情は驚愕に歪んでいる。
誰も顔を背けていない──というより、背ける暇もない動きだった。
いきなり剣を抜いて、その状況を理解しようとしている間に、自分目掛けて振り下ろしたのだ。
吹き出る血と切断された脚は、彼の身体を傾けて、この場を戦々恐々とさせる……。
……なんてことはなく。
「……あれ?」
誰かは分からぬ生徒の声で、皆がドール自らが斬った脚へと目を向ける。
血も出ていなければ足も離れていない。
いやむしろ、剣が身体を切り抜けていなかった。
スボンにすら傷一つつかず、その刃はそこで止まっていた。
「──こんな感じで、全くダメージを受けない」
言いながら、何度も何度も、自分の身体のあらゆる箇所を突き刺そうとしたり斬ろうとしたりする。
が、当然その刃は、身体を全く通さない。
「今オレがやっているのは、体内にある魔力を移動させているのではなく、厳密には服に魔力を通すという行為だ。
だから服も切れていない。
最終的にはここまでやってもらうことになるが、まず最初は痛みだけを受けないようにしてもらいたい。
それも、反射的に、意識するよりも早く、魔力を移動させて防御するような形でな。
だからお前たちを攻撃するのは、さっきまで持っていたあの木の剣だ。
アレなら当たっても痛みだけになるだろ」
「せ、先生……その剣って、本物?」
「当然だ」
毎回のように疑われてきたので慣れている。
私は準備していた人参をヌッと服の内側から取り出し、ドールの前へと投げつける。
彼はそれを見ることなく、そのさっきまで自分を傷つけようとしていた剣を一振り。
それだけで人参が分裂する……ことはなく、しかし地面に落ちた衝撃で、キレイに真っ二つに分かれた。
男子のグループから「おぉ……」と驚いたような声が上がった。
「これでも信じられないなら、斬っても良いものを持ってきてくれ。何でも斬ってみせるぞ」
言いながら、鞘へと剣を収め、籠へと直す。
「ま、さっきも言ったが、この剣はお前たちに使わんさ。
ただ木の剣でお前たちを叩くと言ったのは、お前たちが魔力移動を果たせていると確認できれば、叩かれても痛くないということを確かに教えるために──謂わば確認のために叩くだけようなものだ。
もし魔力の移動がされていないのが分かれば、しっかりと寸止めするさ」
苦笑にも似た笑みを浮かべながら、再び手に持った木の剣を、肩に担いでみせた。
「それはつまり、先生に寸止めされたら失敗ってこと?」
「そういうことになる」
「は~?」
質問の答えを受けた褐色巨乳の生徒が、もう我慢しきれないとばかりに、声を荒げた。
「さっきまで誰かが長々と喋ってたかと思ったら、次は殴らせろと来ましたか。
そんな授業、聞いたことも無いんだけど?」
「魔力操作の授業自体、この学校には無かったのだろ? なら当然だ」
「さっき言った偽物の『強化』の魔法の授業でも、そんなことしなかったっていう話だけど?
大体、生徒に暴力振るうのが成功とか、授業云々じゃなくて教育の問題じゃない?」
「ちゃんと出来ていれば痛みもないし、その叩かれることこそが授業成果の証明にもなる」
「んな暴力の正当化なんて必要ないって。
そもそも、アンタの言うことに説得力がないって話よ」
「説得力? さっきの斬撃を防いだのでは不服か?」
「それを誰にでも出来るってのが嘘っぽいって話。
魔法は才能が全てでしょ? アンタがやったのだってただの『強化』の魔法で、出来ないことを出来るかのように言い続けて、無駄に時間を浪費させてくるかもしれないっしょ?
あたし等は、貴重な時間を使ってこの授業を受けてんの」
「『強化』の魔法があると教えられてる時点で、既に貴重な時間を浪費させられているように思うがな。
しかしまあ、そうして教えられたことをポッと出の俺に否定されて、すぐに受け入れられないのも分かる。
だが、俺の授業を受けてもらえなければ、俺が言っていることが正しいという証明も出来ないと思うが?」
「そう思うヤツがいるなら受ければ良いんじゃない?
ただあたしは、そんな理屈じゃ説得されないし、納得して授業も受けられない、ってだけ」
「なるほど。
となればお前は、この授業を辞めて別の授業を受けたい、ということか」