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#02-04.「ギャルJKのためにバイトしてみた」

「本日から働いてもらう豪徳寺君だ」


 休日の朝。店の開店よりも三十分早く集められた従業員たちは、怪訝な顔で店長の話を聞いていた。

 新人バイトがやってきたぐらいのことで、ミーティングなんてやらない。


 だが店長はひどく生真面目な顔になって、しかも直立不動。

 横に立つ高校生の新人バイトが、まるで「上司」であるかのように緊張しきっている。


「豪徳寺だ。よろしく頼む」


 新人バイトは態度が大きい。頭も下げない。


「皆、よろしく頼む! 決して粗相のないようにぃ!」


 店長が悲鳴のような声をあげて、懇願する。

 おかしな雰囲気のなか、仕事がはじまる。店がオープンする。


「ちょっと……、なんでいんのよ? あんたが?」


 さっそくやってきた咲子(にこ)が、イッセーに言う。


「指導鞭撻を頼むぞ。ニコ」

「それは一応……じゃなくて! なんでバイト先まで追っかけてくんのかって言ってんの。あと呼び捨てすんな」

「おまえと一緒の時間を増やすために余もバイトすることにしたのだ」

「偶然を装う気もないのね」

「余も高校生だからな。バイトをしたっておかしくはあるまい」

「建前を言うなら先にしときなさいよ」

「労働をするのははじめてだからな。よろしく頼むぞ」


 二人が話していると――。


「あああ藤野くうん! 豪徳寺君と知り合いなのかあああい!?」

「店長キモいです」

「じゃあああ藤野くうん! 豪徳寺君の教育係、任せたからああぁ!」

「えっ! あっ! 店長!」


 ほとんど逃げる勢いで、店長はあっちに行ってしまう。

 バイトリーダーというわけでもないのに、そんなこと任されたって……困る。


 それでも咲子(にこ)は気を取り直して、イッセーに教えることにする。

 二回も引っぱたいた相手であるが、公私の区別は弁えているつもり。


「じゃ……、まずはホールの仕事から」


 とか、声をかけたつもりだったが――。

 イッセーの姿が、そこにない。

 勝手にホールに出ていって、客さんを席に案内している。


「ちょ――勝手に動くな! あんたがなんかヘマしたら、わたしの責任になっちゃうんだからね!」

「他の皆の仕事を見ていればわかるぞ。客が来たら席に案内し、水を出し、オーダーを取り料理を運び、空いた食器を下げ、レジで会計すればよいのだろう」

「〝客〟じゃなくて、〝お客様〟だから。――そこ大事なとこだからね」

「ふむ。了解した」

「あと注文取るって簡単に言うけど。……ハンディの使いかた、わかるの?」

「ふむ……」


 イッセーは、注文を取るためのハンディ・ターミナルの蓋を開いて、ピ、ピ、ピ、といくつか操作して――。


「理解した」

「したって……」


 ほんとかよ、と、咲子(にこ)は思った。自分が最初のときには、全部覚えるまでに三日ぐらいかかった。


「あと卓番は……」

「表が貼ってあったな。一目見たから、もう暗記した」

「もうって……」


 咲子(にこ)は呆れた。イッセーはいつもこんな感じのやつで、ウソとも思えないけど、ホントだとしたら、教えること……ないじゃん?


「お客様のお越しだな。よし行ってこよう」

「えっ! あっ! ちょっ!」


 さっそく一人で注文を取りに行ってしまう。

 物陰から見守っていると……。特に問題もなく――というか、ベテランもかくやというスマートさで、注文を取って戻ってきた。


 教育係に任命された咲子(にこ)は、大いに慌てた。


「イッセー。あんた。バイトがはじめてって、ウソでしょ?」

「嘘などついてどうする」

「だって教わってないのに、出来てるし」

「四番テーブルお願い」


 キッチンから料理が出てくる。


「四番だな」

「あっ! ちょっ――!」


 またもやイッセーが勝手に動く。

 止める間もない。


「また出来ちゃってるしー!」


 帰ってきたイッセーに、咲子(にこ)は言った。


「なにを感心しているのだ? ただオーダーを取り、注文の品を持っていっているだけだろう?」

「そうだけど」


 なんでいきなり出来ちゃっているのか。ずるい。


「余は天才だからな。一度見れば、理解できる」


 イッセーが顎をしゃくった先には、他のバイトたちの姿があった。

 注文を取り料理を運び、接客をやっている。ホールの仕事の一通りの見本がすべて、そこに揃っていた。


 けど……。

 見ればできるようになるなら、なんの苦労もないんだけど……。


 からかわれているんじゃなくて、本当に未経験であるなら、すごいことだった。


「しかし……。はじめてやってみたが、労働とは、存外に面白いものだな。――ところでニコ、おまえは労働しなくていいのか?」

「え?」


 咲子(にこ)は、きょとんとなった。

 そういえば、さっきからなにもやっていない。イッセーには教えなくてもよいようだ。なら自分の仕事をしないと――。


 咲子(にこ)は自分の仕事をはじめた。


 しかし同じホールで働くイッセーが、妙に気になる。大丈夫なのだろうと思っても、なにも教えていないので、ちゃんとやれているかどうか心配で……。


 そんなふうに、イッセーのほうばかり気にしながら仕事をしていると――。


「それ、ちがいます」

「え?」


 お客様にデザートを持っていったとき、そう言われた。


「注文したのはプリンパフェで、チョコパフェじゃないです」

「え? え?」


 咲子(にこ)は慌てた。

 伝票は間違ってなかった。ということは自分がオーダーミスを出してしまったわけで――。


「失礼いたしました。こちら、プリンパフェです」


 横からすっと現れたイッセーが、何事もなかったかのように、正しい品を置いてゆく。


「ニコ。こっちだ」


 イッセーに腕を取られて、バックヤードに連行されてゆく。


「ニコ。そのチョコパフェは十二番テーブルに持っていけ。そうすれば帳尻が合う」

「え? え? え?」


 咲子(にこ)は言われるままにテーブルに行き、チョコパフェを置いてきた。


 戻ってくると、イッセーが出迎えてくれた。


「おまえがオーダーを聞き違えていたのがわかっていたからな。余の受けたオーダーと交換しておいた」


 イッセーの機転で、オーダーミス自体が、なくなってしまった。

 完全に咲子(にこ)のミスだった。それをフォローされてしまった。――悔しいほどに鮮やかに。


 イッセーは今日入ったばかりなのに。自分のほうが先輩なのに。

 あーもー。なんなんだか。


 そんなことばかり考えていたせいか。


 咲子(にこ)は、なにもないところでつまずいてしまった。


「あっ――!?」


 料理が――。トレンチに満載していた料理が、宙を舞って――。


「おっと」


 横から出てきたイッセーが、空のトレンチを構えていた。


 宙を舞った料理が、すべて無事にキャッチされる。

 ハンバーグは鉄板の上に収まり、パスタは皿に着地して、コーヒーだって一滴もこぼれずカップの中に戻っている。


「なっ……!?」


 咲子(にこ)は床にへたりこんでいた。

 驚きのあまり、声も出ない。


 おなじように声もなかったお客様たちから、やがて拍手が起こりはじめる。


「足下に気をつけるといい。ニコ」

「あ……、ありがと……」


 助けてもらって礼を言えないほど、咲子(にこ)は、ひねくれてはいない。

 そして差しのべられた手を払いのけるほど、イッセーを嫌っているわけでもない。

 咲子(にこ)はイッセーの手を取って立ち上がった。


 彼の手は、女の子の手とは違っていて、力強くって……。

 男の子の手だなー、と、そう思った。


「パスタセットとハンバーグランチ。お待たせしました」


 料理は無事にテーブルに届けられた。イッセーの手によって。


「はぁ……。なんなんだろ……、わたし……」


 バックヤードに引っこんで、咲子(にこ)はひとりごちた。

 顔がほてっている。


 イッセーのことを、また、〝カッコイイ〟なんて思ってしまった。


「まったく。この店のレジは非効率極まりないな」

「なにが?」


 レジの仕事もこなしてきたイッセーが、なにか文句を言っている。


「預かり金と、釣り銭の渡しかただ」

「それが?」

「紙幣と硬貨を、手で数えるなど、愚の骨頂だ。それでは釣り銭ミスが生じるし、なにより時間のロスだ。レジに立つあいだもバイトには人件費が発生しているのだぞ」

「イッセー、へんなこと言うよね」

「いや。いたって合理的だ。自動釣銭機の導入をぜひ進めるべきだな」

「自動? ああ。スーパーとかにあるやつ? お釣りが出てくるやつでしょ?」

「そうだ。全店舗に導入するとして……。うむ。導入コストは数期ほどで回収できるな」


 イッセーはそんなことをつぶやいている。

 単なるバイトじゃなくて、経営者みたい。店長だってそんなこと考えてやしない。本社のエラい人だとか、そういう人たちでもなかったら――。


 咲子(にこ)が笑いかけたとき――。

 それ(、、)――は、起きた。


「おいてめー! ふざけんなよ!」


 ガラの悪い男の大声が店内に響き渡る。


 何事か――と、店内のお客さんの視線がそのテーブルに集まっている。

 後輩バイトの女の子が、いかにも柄のわるい客に捕まっていた。


「申し訳ありません――お客様。なにかありましたでしょうか」


 咲子(にこ)はホールに出ていっていた。

 普通、こういうのは店長が動くものなのだけど……。うちの店長、クッソ使えない。柱の陰から半分だけ顔を出して、頑張ってー、と合図してきている。


 咲子(にこ)は後輩バイトの子をかばうように立つと、行って――と、目と手で合図を出した。

 クレーム対応を自分が引き受ける。


「ご不快な思いをさせてしまい、大変、申し訳ありません」

「おまえがかわりに謝ってくれんのか? あァ?」

「あの、いったいなにを――」

「うるせえ! 謝んのかどうなのかって、聞いてんだよ!」


 まるで話にならない。どんな種類の問題があったのか。それさえ聞いていない。

 酔っているわけでもないのに、まったく話が通じない。


「あのでもその、せめて事情をお聞きしないことには――」

「ふざけんな!」


 男は咲子(にこ)を突き飛ばした。


「きゃっ!」


 咲子(にこ)は床に倒れた。


「お、お客様、落ちついて……」

「土下座しろ! 土下座ぁ!」

「そ、それは……」


 咲子(にこ)は絶句した。この仕事をしていると、ガラの悪い客とクレーマーには慣れてしまう。

 だが、こんな理不尽は咲子(にこ)の経験の中でもはじめてだ。


「土下座すんのか! しろよオラぁ!」

「ニコ。こんなやつを客扱いする必要はないぞ」


挿絵(By みてみん)


 イッセーだった。

 腕組みをして立つその体からは、怒りのオーラが立ち上っているように見えた。


「ちょ――待って! わたしが!」

「いや。余に任せてもらおう」

「おい貴様。とっとと出ていけ」

「なんだと! 俺は客だぞ!」

「いいや。おまえは客ではない。なぜなら貴様からは金を受け取らんと、余がいま決めたからだ。金銭の授受がない以上、貴様は客ではないし、客ではない以上、クレームを付ける権利さえない。威力業務妨害ないし建造物不法侵入で警察を呼ばれたくなければ、いますぐ自分の足で歩いて店を出ていくんだな」

「なっ……、なっ……、なんだとッ!」


 客は激昂していた。


 ああこれ暴力沙汰になる。

 咲子(にこ)が心配した、その時――。


 イッセーが、男の耳元に顔を寄せた。

 そして――。なにかを一言、囁いた。


 その瞬間、真っ赤だった男の顔が、さあっと青ざめていった。

 これまでの威勢が嘘のように、男は怯えた顔になって、そそくさと店を出ていった。


 咲子(にこ)は呆気に取られて見送った。

 店内の他のお客さんたちも、呆気に取られている顔だ。


「なに……、したの?」

「うむ。説得だな。言葉によって、ご納得いただいたわけだから、これは説得に相違あるまい」

「そうなのかな……?」

「菜々子。情報ご苦労」

「なにか言った?」


 急にイッセーが喋ったので、咲子(にこ)は聞き返した。


「いいや。なんでもない。こちらのことだ」

「だけど……。追い返すようなことして……。あとでSNSとかに酷いこと書かれるかも」

「問題ない」

「ないことないってば。そういうので炎上して、潰れたお店だってあるんだから」

「仮にそうなったとしても、株価が下がる程度のことだ。問題ない」

「あんたは経営者か!」

「CEOだがなにか」

「馬鹿いってんじゃないの!」


 咲子(にこ)はイッセーの背中をばしっと叩いた。

 カッコよく場を収めたぶんの〝ごほうび〟もプラスして、だいぶ強めの一発を入れた。


    ◇


「や。あがりも一緒なんだ」


 バックヤードの更衣室を出ると、私服姿のイッセーと鉢合わせした。


「途中まで送ろう」

「……いいけど」


 断る理由を探してみたが、なにも見あたらないので、しかたなくうなずいた。


 二人で並んで道を歩く。

 夕焼けが遠ざかって暗くなりはじめた道を、肩を並べて歩く。


 咲子(にこ)は自転車を押している。イッセーはそういえば、なにで店まできたのだろうか。歩きできたわけでもないだろう。電車なら駅は逆方向だし。そもそもイッセーの家ってどこだっけ? てゆうか、なんでそんなことが気になるのか。


 単なるクラスメートのはずなのに。

 もっと色々、イッセーのことが知りたくなってしまっている。


 クレーマーから助けてもらってから、そのあと、イッセーがカッコよく見えちゃって仕方がない。

 あらゆる仕事をそつなくこなしていた。

 ピーク時にはホールだけでなくキッチンにまで入って、あっちの仕事も手伝っていた。十人分ぐらいの働きをしていたんじゃないかと思う。マジで。


「あ、あのさ……」

「なんだ?」

「き、きょうは、すっごい働いたよね」

「ああ。労働は気持ちよいものだということがわかったぞ」


「あのさ……。このままだと、うち、着いちゃうんだけど」

「そうか」

「よ……、寄ってく? い……、妹はいるけどっ!」


 なぜ妹がいることをそんなに強調して言うのか。自分でもわかんない。


「いや。遠慮しておこう。――それよりも今日の感想を聞きたいところだな」

「感想? なにを?」

「余の感想だ。――どうだ? 見直したか?」

「そ、そりゃ、もちろん……」


 見直すもなにも……。白状すると、超人に見えてた。


 〝天才〟を自称するのがイッセーの口癖だったけど……。ほんとにそうかと思っちゃった。


「そうか。見直してくれたか」


 イッセーは笑った。


 あっ。この笑顔。好き。――咲子(にこ)は、そう思った。


「そういえば、ニコにひとつ頼みがあるのだが」

「え? なに改まって? 呼び捨てをOKにさせろとか?」

「いや。それではない」

「まあいいや。言って言って! なんでも言って!」


 咲子(にこ)は思わずそう言ってしまっていた。

 いまならなにを言われてもOKしちゃいそう。


「ではパンツを見せてくれ」


 しばらくの間があった。


「……は?」


 咲子(にこ)は眉間に縦皺を寄せて、物凄い顔になっていた。

 汚物か蟲か、なにかそんなものにでも向ける目で、イッセーを見返す。


 すっごい嫌な顔で、イッセーを見つめる。


 よりにもよって……。それかい。


「なんでも聞いてくれると言ったな」

「言ってない。しらない」

「いや。たしかに言ったぞ。なんでも言えと、ニコ、さっきおまえはそう言った」

「呼び捨てすんなし」

「前後の文脈を取れば、あれはどんな頼みでもOKしてくれるという――」

「――するかボケ」


「いやしかし――」

「一人で歩いて帰れバカ」


 咲子(にこ)は自転車のペダルに足をかけた。


「おい。送ると余は言ったぞ。ニコ」

「送られてやるか」


 自転車を全力でこいで、咲子(にこ)はイッセーを置き去りにした。


 引っぱたいてやりたいと思ったが、それはしないでおいた。


 もう二度ほど、ひっぱたいている。ひっぱたかれて喜んでいる節がある。だから三度目はなしだ。

 〝ご褒美〟は、くれてやらない。


 ばーか。ぶぅゎーか。イッセーのばーか。しんじゃえ。

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