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嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい ~余はパンツが見たいぞ~  作者: 新木伸


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#06-01「エコノミークラス」

CA編スタートです。

 豪徳寺一声は、今日、空の上にいた。


 豪徳寺財閥の当主として、世界を飛び回る関係上、空の旅は慣れているイッセーであったが、今日の旅は、いつもとすこしばかり様子が違っていた。


「おっと。すまぬな」


 エコノミークラスの座席はぎゅう詰めだ。ちょっと身じろぎしただけでも、肘が隣の人間にあたってしまう。


「狭くて、本当に申し訳ありません。お坊ちゃま」


 隣に座るちとせが、ぺこりと頭を下げてくる。


「言いだしたのは余だぞ。おまえが気にすることではない」

「そうですけれど……」


 ちとせは一旦は口を閉ざしたものの、どこか納得いかない表情を残している。


 庶民を理解するには庶民の体験をするべき。

 天才であるイッセーは、そのように考えた。

 下々の者を理解するにあたり、今回の移動で、民間の旅客機の〝エコノミークラス〟に乗ってみようと思い立ったわけだ。


 エコノミー体験は悪くない。

 寿司詰め感というのか。

 手足を縮めて、肩もすくめて、身動きもしないようにこらえている感じがたまらない。


 これぞ庶民の感覚!

 イッセーはすこしばかり感動していた。

 庶民の理解に、また一歩近づいた。この体験は、いずれ庶民のパンツを見たくなった時に役に立つであろう。


 ほっこりとしているイッセーをよそに、他の乗客たちは、メイドを両側にはべらせて、エコノミークラスに座る貴公子に訝しげな目を向けていた。


 ちとせが堅くなっている理由のひとつが、その周囲の目であった。

 メイド服で街に出ることは慣れていたが、エコノミークラスの機内という場所では浮きまくってしまう。そのうち満員電車に乗ってみたいとイッセーが言いだすのではないかと、ちとせは戦々恐々としていた。


 かしこまっている右隣のちとせと比べると、左隣の菜々子は気楽なものだった。


「ひひょにいへへもらっふぁふぉーひーふぁいいふぇふふぇー」

「口のもの、なくしなさい。なに言っているのかわかりませんよ」

「『人に挿れてもらったコーヒーはおいしいですねー』と、言っているが」


 イッセーは天才であるので、もちろん、スコーンを頬張る菜々子がなにを言ってるのかは解読できる。


「ふぉふゅふぃんふぁふぁふふぉいふぇふ。ふぉーひゃふぁっふぁふぁもっふぉふぉふぁっふぁんふぇすふぇろー」

「『ご主人様すごいですー。紅茶だったらもっとよかったんですけど』と言っている」

「通訳しなくていいです。スコーン。取りあげちゃってください」


 菜々子のもとからスコーンを得たイッセーは、紙コップのコーヒーをもう片方の手に持ち、途方に暮れていた。

 よもやコーヒーでスコーンを食べることになるとは。


 そんな時――。


 席の間の通路を、CAキャビン・アテンダントが歩いてきた。

 アップにまとめた髪の似合う理知的な女性で、いかにも仕事ができるという印象がある。


 だがその顔には陰りがあった。緊張した面持ちで客席を探すように見回し、そして声を放つ。


「お客さまの中に、お医者様はいらっしゃいませんか?」


 ドクターコールだった。機上で急病人が出たときに行われるものである。


「お客さまの中に、お医者様は? 診察と治療のできる方は?」

「Is there a doctor? Can you see and treat?」

「Y a t-il un docteur? Puis-je avoir un examen médical et un traitement?」

「Gibt es einen arzt Kann ich mich untersuchen und behandeln lassen?

「请问有医生吗? 谁可以看到并治疗?」


 日本語のほか、英語とフランス語とドイツ語と中国語で、同じ言葉が繰り返される。


 その声は、イッセーの耳にはたしかに届いていた。だが理解してはいなかった。

 どくん――と、高鳴る胸の鼓動を、イッセーは抑えることが出来なかった。


 この多才な女性のおパンツが見たくてたまらない。

 彼女はそのタイトスカートの下に、どんなおパンツを穿いているのだろうか。


「ちとせ……?」

「え? ……つかさ?」


 隣のちとせとCAの女性とが、見つめ合っていた。


「どうして……、こんなところに?」

「どうしてって……、乗客として乗ってるだけだけど?」


 二人は旧知の仲らしい。下の名前で呼び合うということは、友人、ないしは親友といった関係なのだろうと、イッセーは理解した。


「そ、そんなことより! ちとせ! お願い! 患者さんを診て! あなた資格魔なんだから、医療関係もなにか持ってるでしょ!?」

「無茶言わないで。さすがに看護師資格までしか……」


 ――と、ちとせの目が主人であるイッセーに向けられる。


「余が診よう」

「……は?」


 つかさという名のCAは、口をぽかんと開けている。


「……いえ、探しているのはお医者様で」

「それはさっき聞いた。二度言う必要はない。だから余が診ようと言っている」

「ええっと……」


 つかさは混乱しているようだった。


 さもありなん。

 高校生くらいの男が「自分が医者だ」と名乗ったら、まあ当然の反応だ。

 最近はイッセーも凡人の思考がすこしは分かるようになっていた。よってイッセーは説明をする。


「心配は不要だ。医師免許なら八歳(、、)のときに取得済みだ」


「は? はい……っ?」

「余はいらんと言ったのだが。向こうの学会が是非にでもどうしてもとうるさくてな。面倒になって貰うことにした。だから医師免許なら持っているぞ」

「はい?」


 説明したのだが、つかさはまだ小首を傾げている。


 やれやれだ。

 二度も説明したのだが。凡人の理解が追いつくには、まだしばらくかかるらしい。

 だが理解が追いつくまで、ゆっくりと待ってやっていられる状況ではなさそうだ。


「患者はどこだ?」


 イッセーは席を立つと、機内を進んでいった。


    ◇


 ちとせと菜々子を伴って、その場所に都市する。

 患者の男性はフルフラットにしたシートに寝かされていた。

 すでに意識はない。


「様子は?」

「急に頭痛を訴えて倒れて……」


 つかさが説明してくれる。他のCAに合図して、診察しやすいように男性の向きを変えてくれる。


「患部は脳である可能性が高いな」


 イッセーは診察をはじめた。本来ならCTでも必要なところだが、天才ゆえに触診で事足りる。


「む……」


 イッセーは眉をひそめた。これは良くない。


「最寄りの空港にすぐに向かった場合は?」

「二時間はかかります。いま太平洋上ですから」


 つかさがすぐ近くに寄ってきて、イッセーに答える。


 彼女に対して「パンツを見せてくれ」と言いたくなったイッセーであったが、状況ゆえに、その言葉をぐっとこらえた。


 かわりに、言う。


「それでは間に合わんな。仕方ない緊急手術だ。開頭手術を行う」

「は?」


 つかさから、また問い返される。


 やれやれだ。


「聞こえなかったか? 緊急開頭手術を行う」

「で、でもどうやって……!?」


 困惑するつかさの前に、ちとせが割りこんでくる。


「お坊ちゃま。準備いたします」

「うむ」


 ちとせがスーツケースを開く。中からはぎっしりと詰めこまれた道具の数々が現れる。


 〝豪徳寺家専用手術キット〟であった。


 豪徳寺家当主であるイッセーに万一があった時のため、豪徳寺家の科学技術の粋をこらして開発されたものである。現代の水準を大きく超える性能を持っている。メスや鉗子といった道具は言うに及ばず、超小型人工心肺。人工血液なども完備した完全無欠の手術キットであった。


 透明な無菌テントを膨らませて、手術着を着て、ちとせと菜々子、二人と共にその中に入る。


 二人のサポートを得て、イッセーは手術に入った。


    ◇


 飛行機が着陸した。

 ストレッチャーに乗せられて運び出されてゆく患者を見つめながら、イッセーは肩の荷が下りた気分を感じていた。

 天才であっても、人一人の命を預かっている際には重圧を感じもする。

 すべきことは行った。手術は完璧に成功させた。あとは現地の医師団の仕事だ。


 イッセーは医師団に取り囲まれていた。「奇跡だ!」「ゴッドハンド!」などとまくしたてる興奮した連中から、すいっと離れ、つかさのもとに歩いてゆく。


「大変お世話になりました」

「む」


 両手を前に揃えて、つかさがお辞儀をしてくる。


「いや。人として、すべきことをしたまでだ」


 イッセーはそう答えた。

 偽りのない言葉である。


「ちとせは立派なご主人様にお仕えしているのですね」


 つかさは上気したような顔でそう言ったあと、ほうっと、ため息を洩らした。

 彼女にしてみれば、イッセーはヒーローだった。心細い気持ちでお医者様を探していた時に颯爽と現れたスーパー高校生――。

 〝神〟に対するのと同じ気持ちで、つかさはイッセーを見つめていた。


 ……が、そんな凡人の気持ちなど、イッセーにはよくわからない。


 これまでは人の命がかかっていたゆえに、後回しになっていた。ようやく時間ができたので、保留になったままのあの件(、、、)を切り出すことにした。


「感謝など不要だ。それよりパンツを見せてくれないか」

「……はい?」


 やれやれ。

 凡人のいつも通りの反応だ。

 どうして、「パンツを見せろ」というと、凡人はこのような反応になるのだろう。

 イッセーはもう一度、はっきりと声に出した。


「パンツを見せてくれ」

「……え? え? え?」


 つかさはこんらんしていた。

 〝神〟がなにを言いだすのかと、耳を疑った。

 いや、本当にこれは〝神〟なのか?

 彼は男だ。そして高校生だ。つまり野獣だ。


「最低……」

「おお!」


 つかさの顔に軽蔑の色が浮かんだことで、話が伝わったことを、イッセーは理解した。


「お断りします。二度と私の前に姿を見せないでください」


 冷たい声でそう宣言して、つかさは滑走路の上を歩き去って行く。

 その後ろ姿を、イッセーは見送るしかなかった。


 ちとせと菜々子が、すすすっと近づいてくる。


「お坊ちゃま。いつも申しあげておりますが、第一声であれはないですよ」

「今回は第一声ではないぞ?」

「ご主人様ー、ふつうに誘えばいいんですよー。落ちてましたよー」


 むう。腑に落ちん。

 天才はそう思った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 定期的に読みたくなります。 [一言] これを見て女性の口説き方を覚えました!
[気になる点] そろそろ続きが気になります
[一言] 無菌テントって完全にブラックジャックじゃん
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