#05-07「霊能大戦」
「これは鴨肉のコンフィだ。そちらのパンはリエットをつけて食え」
料理をつぎつぎとテーブルに並べてゆく。今日はフランス料理のフルコースだ。
「あの……。おぼっちゃま……。私たちまで……いいんですか?」
「ご主人様ーっ! これ本当に食べていいんですかーっ! いいんですかーっ!?」
ちとせの椅子を引いてやる。
目をキラキラとさせている菜々子には、胸にナプキンをかけてやる。こいつはメイド服を盛大に汚しそうだからな。
普段と逆で、給仕を受ける二人は、落ちつかなげに主に目を向ける。
「一人分も三人分も作るのは一緒だからな」
「で、でもっ……」
そう言ってやったが、ちとせにはまだ抵抗がある模様。
だがイッセーもアヌビスに給仕する手前、皆がテーブルについてくれていたほうがやりやすい。
「じゃろう? 妾の専属シェフは、まさに神の腕前なのじゃ」
「だれが専属シェフだ」
アヌビスにそう言うと、ちとせと菜々子が揃って視線を向けてくる。
「……なんだ?」
「いえ……。言い合いをするおぼっちゃまが、なんだか、珍しくて……」
「そーですよー。ご主人様、なんだか普通の人みたいですー」
「む……」
イッセーは眉を寄せた。
つまり凡人のように言い合いをしていたわけか。
アヌビスといると、まったく、調子を狂わされる。
「ふんす! 妾は、この完璧超人を地べたに引きずり下ろすことのできる、三千世界唯一の存在ということよ!」
「さっさと食え。食事が冷めてしまうぞ」
食事がはじまると、静かになった。誰も無駄口をきかず、一心不乱に料理を口に運んでいた。
◇
「お坊ちゃま。本日の予定ですが」
「うむ」
食事を終えて、問題が一つあった。。
イッセーとちとせは、二人して、アヌビスの様子を伺った。
菜々子がたまに持ちこむ謎な畳スペースのその上で、アヌビスはすやすやと昼寝中。
こいつは、いつもこうである。
食っちゃ寝の生活だ。つまり食ったら寝る。昼食後は必ず昼寝をする。
「本日のご予定は、いおりさんのところで、いつものように除霊となっておりますが……」
「あれが寝ているうちに出掛けてしまうべきだろうな」
目覚めれば、やれ退屈だ、やれ観光だと、騒がしくなる。
いまのところ、食っちゃ寝生活で満足していて、無駄に時間を取られることはないのだが……。多忙なイッセーにとって、アヌビスに使う時間など、本来、一分だってないのだ。某国の大統領やら某巨大複合企業のCEOやらが、予定をすべてキャンセルされて悲鳴を上げている。
イッセーとちとせが二人して、そろり、そろりと、アヌビスの脇を抜けようとしたとき――。
イッセーのスマホが、ぴろんと鳴った。
通知が届いた。いおりからのものだった。
『今日のお祓い遅れます。あとで必ず連絡します』
――と、あった。
『了解した』
――と、イッセーは返信した。
「む……?」
アヌビスが目を覚ましてしまった。
「イッセー。出掛けるのかや?」
「い、いや……。そ、そんなことはない」
イッセーは、そう言った。
「ご主人様がつっかえてます! つっかえてますよ! ほら先輩!」
「指差さないの」
「ふっふっふ。それはウソじゃな。おまえはウソをつくのが下手だのう」
誠実をモットーとするイッセーは、これまでに虚偽を働いたことはない。
まったく、アヌビスといると調子が狂う。
「出掛けるのであれば観光に連れていけ! 連れていけったら、連れていけーっ!!」
アヌビスは、じたばたと手足を暴れさせる。
「……わかった。だが用事ができるまでだ。そこは譲れんからな」
「それでいいのじゃ!」
にぱっと、アヌビスは笑顔になる。
「先輩。アヌビス様、けっこうカワイイですよねー」
「怒られますよ」
ちとせと菜々子が、そんなことを言っていた。
◇
「……よし」
片手に刀、片手にスマホを持っていたいおりは、大きくうなずいてから、袴のうちにスマホをしまった。
自由になった手で呪符を取り出す。すべての指の合間に、四枚ほどを構える。
本日の悪霊は、強大だった。
数十の怨霊が合体した、巨大な悪霊だ。いおりがこれまでに戦ったどれよりも、強く、巨大な相手だった。
だが、いおりの心には、恐れも焦りも、なにもない。
あの人が待っている。ならば目の前の敵を倒して通るのみ。
「出雲いおり――推して参る!」
霊刀を振るい、札を投げて、いおりは戦った。
◇
「のぉ、あれはなんじゃ!?」
「あれは自動販売機だ」
「あっちはなんじゃ!?」
「あれは散歩中のワンコと、それに連れられている老婆だ」
「あれはあれは――!? あれはなんじゃ!?」
イッセーはいちいち答えてやっていた。
穴から現世を覗き見していた割には、モノを知らぬやつである。
「上から見ているだけでは、よくわからぬものだのう。この時代は、ほんに、興味深いことよ」
「おっ!? あれはもしや、べべを売っとる店ではないかえ!」
アヌビスが指差したのは、服屋だった。
「もしお前がどうしてもと言うのであれば、妾に似合う服を贈られてやらんこともない」
つーんと、イッセーはそっぽを向いた。
「ウソじゃ! いまのはウソじゃっ!! ウソじゃから! 買ってたもれ!! 買ってほしいのじゃーっ!! おねがいじゃ!! 着たきりスズメで数千年じゃぞ! お前も妾の男であれば! べべの一つも買ってくれてよいのではないか? なぁそうじゃろう? そうじゃろうて!」
なにかいま、聞き流すには難しいワードがあったような気がしたが――突っこんだら負けだと、イッセーはそう思った。
「振り回されるご主人様って、レアですねー」
「しっ。聞こえますよ」
うしろをついてくる菜々子とちとせの生暖かい視線が、どうにも、首筋にこそばゆい。
「買って! 買って! 買ってー! なのじゃーっ!!」
この服屋は、いおりとも入った場所だった。
いおりに服を買って、アヌビスに服を買わぬのでは、道理に合わないだろうとそう思い、イッセーは店に入ることにした。
「彼女に似合う服を――」
「はいっ! 上から下まで一式ですねっ!!」
びしっと敬礼してきた店員は、このまえと同じ女性だった。
きらりんと目を光らせている店員にアヌビスを預けると、イッセーは、ふう、とため息をつきながら背中を向けた。
店の外をぼんやりと眺める。
――と。
正面から、白と緋色の装束の女性が、ふらふらと近づいてくる。
土と煤で汚れているものの、それは巫女装束に相違ない。
「……イッセーさん。……遅くなりました」
「う、うむ」
イッセーはうなずいた。鬼気迫るいおりの様子に、思わず、固唾を飲んでしまう。
刃こぼれの著しい刀を杖がわりにして、いおりは、かろうじて立っている状態だった。しかしその全身から、凄まじい覇気を放っている。
道行く人々は、いおりの尋常でない様子に、左右に割れて遠巻きになっている。
いおりの様子は、まるで命のやり取りをしていた場所から、さまよい出てきたようである。近づける者はいなかった。
「今日の除霊を――」
と、いおりはそう言いかける。だがそこで言葉はぴたりと止まった。
いのりの目は店内を見ていた。イッセーの背後にいる人物を――。
「どうじゃ! イッセー! どれがよい? どれが似合うかのう!?」
いくつもの服を腕にかけて、アヌビスがしなだれかかってくる。
「どれがお前の好みじゃ! どれがぐっとくる? さあ白状しろーっ!!」
それどころではなかった。
正面にいるいおりの発する覇気が――。
「イッセーさん。……それは、なんですか?」
「こ、これは……だな」
イッセーは言い淀んだ。そんな自分に驚いていた。
この自分が。この天才が。この豪徳寺一声が。まさか言い逃れようとしているのか?
有り得なかった。事実を曲げて伝えるなど。「異界からやってきた駄神に服を買ってやっていた」と言うかわりに、「たまたま街で出会っただけ」と言うなどと。
よって、イッセーは、堂々と言った。
「これはアヌビスだ。邪気の発生源だ」
「なにを言うイッセーよ。死とは、けして邪なものではないぞ。命の再誕と再生のための通過儀礼よ」
「イッセーさん。離れてください。それは邪悪です」
「ふふん。あの小娘が妾のイッセーに手を出したうつけか」
アヌビスが肩にすがりながら、べろべろばー、と舌を出す。いおりを挑発する。
「誰が、あなたのものですって?」
いおりが、ぎろりと目をむいた。その眼光は、光を放つかの如し。
その輝きに、アヌビスも戦闘モードに入った。
「人のおもちゃを盗ろうとする不届き者には、ちいと、天罰を与えてやらねばのう」
アヌビスは手を高々と差しあげる。光の粒子が集まってきて、杖と化す。
「来たれ! 亡者ども! この盗人を仲間にしてやれ!」
杖を一振り。地面の下から骸骨が現れる。
白いスケルトンの軍団は、頭蓋骨を外して、かかかかか、と笑う。手にした剣を振り回す。
「わああぁぁ――っ!!」
取り巻いて見ていた群衆が、ここでようやく、逃げはじめる。
「ちとせ。この一帯を封鎖しろ。警察と自衛隊には介入させるな」
「了解しました」
イッセーはちとせに命じた。
政治家連中には、三代かかってもあがないきれないほどの恩を貸してある。こういう時にこそ、支払ってもらうべきだろう。
いおりは、スケルトン軍団に取り囲まれた。
「それが、どうかしましたか?」
周囲を見回して、いおりはそう言い放つ。
「強がりもほどほどにせい。……泣いて許しを請うてみればどうじゃ? 愉快に命乞いをできたなら、許してやるかもしれんぞ?」
アヌビスはすっかり勝ち誇った顔でいる。
「多少は霊力に秀でているようじゃが、しょせんは人間よ。神に敵うはずもなし」
「負けません。邪神などに。たとえ〝神〟であっても、私はイッセーさんを救います」
「おまえもゆーのか! 妾は神じゃ! 邪神にあらず! 死を司る聖なる神じゃぞ! 神殿もできたんじゃ! このあいだ!」
「死霊の軍団をけしかけておいて! 片腹痛いです!」
いおりは片手を上げ、そして下げた。
静謐な気が、彼女の体から発して、球状に広がってゆく。
連日の極限までの霊力酷使。そして先ほどまで行っていた死闘。
イッセーを想う――その想いの強さが、いおりの霊力を、人の限界を超える遙かな高みに至らせていた。
圧倒的な霊気に呑まれたスケルトンは、骨を崩れさせ、がしゃがしゃと地に溜まっていった。
「そ――それはっ! 祝詞も唱えずこれだけの亡者を滅するとは、貴様はいったい……。本当に人間かえ?」
アヌビスが驚いた顔をしている。
「アヌビスよ。ひとつ間違えているぞ」
イッセーは隣にいるアヌビスにそう言った。
「いおりは滅したのではない。救ったのだ」
骨の堆積から、白く濁った気体のようなものが立ち上っていた。そこには人の顔が現れていた。
天に昇ってゆくその顔は、幸せに包まれていた。
天上から謎の光が差しこんでくる。すべてがその光のもとに還ってゆく。
「じ、成仏させただと……? 妾の子飼いの悪霊ぞ?」
「死者を弄ぶその行い。その汚れた言動。まさしく邪神」
いおりは断定する。
「死者は妾の玩具ぞ。遊んでなにが悪い」
うそぶくアヌビスに、いおりの目が険しくなる。
刀を掴んだ手を上段に構え、数メートルの間合いを一瞬で詰めてきた。
「覚悟――ッ!!」
「ぶぅわあぁ――っ! なにをするのじゃ! 斬ったら痛いじゃろ! 危ないじゃろ!」
ぎりぎりでかわしたアヌビスが、慌てふためいている。
「古来より、魔を退けるのが我が一族の役目。この日の本の国に、邪神はいりません!」
「やめ――! やめ! あぶなっ! ――そ、それ! 霊刀じゃろ!! そんなもんで斬られたら妾だって無事には――!」
「斬ります! そして私はイッセーさんをあなたの魔の手から救い出します!」
いおりは斬る気が満々だった。残像が残るような鋭い斬撃を何度も放つ。
逃げたアヌビスの背に向けて、懐から取り出した札を投げつける。
爆発が起きた。霊的な衝撃を備えた爆発だ。
「ぐはっ」
一見すれば、いおりのほうが押している。そう見える。
だがいやしくも神であるアヌビスが、このままで終わるとも思えない。
「アメミ――――ット!」
アヌビスが腕を振りあげ、なにかを呼ぶ。
アミメットというのは、冥界でアヌビスが飼っていたペットのことだ。愛嬌のある猛獣で、罪をもつ死者を貪り食らう役割を持っていた。
召還陣が地面に開く。そこから、ずずずっと上がってきたアメミットは――。
右を見て、左を見て、アヌビスを見やる。
ふいっと片手を上げて挨拶をする。この獣、妙に人間臭かった。
「ふはははは! 神々も恐れた冥界の凶獣! それがこやつ、アメミットよ!」
腰に手をあて、アヌビスは勝ち誇る。
「さあアメミットよ! そやつを食い殺すのじゃ! 妾に無礼を働いたうつけを食い殺してやれ!」
アヌビスに言われたアメミットは、まんまるい目でいおりを見る。そしてまんまるい目をアヌビスに戻して、いやいやをした。
「……なに? 生者は好かんと? 亡者は美味しい? ――ばっ! バカモノ! 好き嫌いは禁止じゃ!」
それでもアメミットはつぶらな目をぱちくりとさせて、困った顔をしている。
「妾の命令を聞けぬというなら! こうじゃ――っ!!」
アヌビスの全身から黒い邪気がぶわっと生まれる。その邪気の塊がアメミットの体を飲みこんだ。
「憑依合体! アヌビメ――ットっ!!」
黒い邪気で覆われたアメミットは、目つきが変わっていた。凶悪な雰囲気を全身から放ったいる。体の大きもすっかり変わり、重機ほどの大きさとなっていた。
「ふははは! 神々も恐れた凶獣の――! これが真の姿よ!」
アヌビスの姿は実体を失い、半透明になって、アメミットの傍らに浮かんでいる。
「アヌビメット――パーンチ!」
巨大な腕が振るわれる。
いおりが飛び出し、イッセーをかばうように前に立ち塞がった。
「――くっ!」
邪気と霊力が衝突し、拮抗する。イッセーはいおりの張ったバリア状の結界で守られていた。
「アヌビスよ、なぜ余を攻撃する?」
イッセーは、訊ねた。
「ふふふのふ! 妾は気づいてしまったぞ! おまえを殺して冥界に連れて行けば、独り占めできるではないか!? 妾! あったまいー!」
「ふぅ……」
前髪を払い――。イッセーは、ため息をついた。
「すっかり邪神だな」
「妾は神じゃーっ!!」
イッセーはいおりに顔を向けた。
「いおり。手を貸すぞ」
「イッセーさん、下がっていてください。この邪神は私が必ず――」
「――いや、もとはといえば身内の不始末だ。余も責任を負おう」
「でもイッセーさんは……」
霊力が使えない、と、いおりは言いたいのだ。
そのことは問題にはならない。――と、イッセーは考えた。
「霊力というのは……」
イッセーは目を閉じ、集中をした。
いおりの除霊を何度も受けていた。つまり何度も〝霊力〟を浴びていた。最初は感知できなかった力も、そのうちに分かるようになった。
豪徳寺イッセーは天才であった。その天才が何度も霊力を体験したのだ。
つまり――。
「……こうだな」
イッセーは霊力を発した。
「そんな……、どうして……」
いおりが信じられないという顔で、つぶやいた。
「何度も見せてもらったからな」
見れば、出来るようになる。――それがイッセーという天才であった。
イッセーはいおりの手を握った。あっ、といおりが小声を洩らすが、無視して、きつく手を握りあう。
いおりに対して霊力を送りこんでゆく。
イッセーはいおりに匹敵する膨大な霊力を生み出すことはできるが、それを使うことはできない。――まだ見ていない。
「余とおまえと、二人であいつを倒そう」
「は、はい――!」
とびっきりの笑顔で、いおりがうなずいた。
「妾を――! 妾を滅ぼすというのか――!? イッセーよ!? なぜ妾の敵となる!?」
アヌビスが叫ぶ。
「アヌビスよ。おまえに一言、言うことがある」
「な、なんじゃ!?」
「カエレ」
イッセーは、言った。
「いくぞ、いおり」
「はい! ご随意に!」
二人で霊力を放つ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ――っ!!」
アヌビスが霊圧に抵抗している。邪気を最大に放出して、対抗しようとする。
「払い給え清め給え――!」
いおりが祝詞を唱えはじめる。さらに出力が増す。
「ば――ばかな! これは霊気というより、もはや神気――!? なぜ人間が――!?」
真逆の性質を持つ二つの力がぶつかり合うその場所で、空間が歪みはじめていた。
大きく歪んだ空間に、黒い――ブラックホールのような穴が開きはじめる。
空気が吸い込まれて、もの凄い風が湧き起こった。
「いまだ、いおり。吹き飛ばせ」
「はいっ! ――かしこみかしこみ! も申す!」
「イッセー覚えておれ! ――アイルビーバーック!!」
アヌビスの声は、ドップラー効果を伴って遠ざかっていった。
黒い穴が消えると同時に、風もやむ。
先ほどまで邪神がいて、戦いがあったとは思えない平和な光景が広がっていた。
空が青かった。
「すごい……。〝封魔穴〟……。私にできた……」
へたりこんだいおりが、そう言っている。
「おまえなら、いずれ一人でも使えるようになるだろう」
その彼女に手を貸して、立たせる。
「いおり。礼を言う。余はおまえに救われた」
イッセーはそう言った。いおりがいなければ、居候神に、ずっと寄生されていたところだ。
だがその言葉を、いおりは違う意味に受け取ったようだ。
「約束を……、果たしただけです……」
潤んだ瞳と、朱に染まる頬で、いおりは言う。
「貴方を……、助けると……、そう約束しましたから」
自然と近づき、イッセーの胸に顔を埋めるようにして、いおりはそう囁いた。
イッセーは真面目な顔をして、いおりの身を抱き止めていた。
ちとせと菜々子が、ビルの陰に半分ずつ顔を隠して、覗いてきている。
エキサイトしている二人の様子を、イッセーは不思議に思う。
なにをあんなに興奮することがあるのだろう。
「そうだ! ――そうです! イッセーさん? どうですか?」
「なにがだ?」
唐突に、いおりが訊く。
わからずに、イッセーは聞き返す。
質問の意図がわからないというのは、天才にしてはとっては滅多にないことだった。
「もう、ぱんつは見たくありませんね」
いおりはそう言った。イッセーがパンツを見たがる原因は邪気にあると、彼女はそう思いこんでいた。よって、その元凶であるアヌビスを撃退したのだから、イッセーは元に戻る。そう考える。
だが無論、イッセーは――言った。
「いまでも見たいが」
「は?」
いおりは、ぽかんと口を開いた。
「いおり。パンツを見せてくれ」
「は?」
口を開きっぱなしにした。
「待って待って! 待ってください! なんでそんな!? もう邪気は――!」
振り回されるその手を、イッセーはぎゅっと掴んだ。
「最初から言っていただろう。邪気は関係ないと」
「で、では――!? イッセーさんは!? イッセーさんって!?」
「ああ」
ほがらかな顔で、イッセーはうなずいた。
ようやく理解してもらえたらしい。
「本当のイッセーさんも……、煩悩まみれの人で……」
「これは煩悩などではない。余は純粋におパンツが見たいだけだ」
「変態」
いおりの目が冷めていた。
同時にイッセーは、「きた」と思った。
この目だ。
この目がきたとき、おパンツは見れる。
これまでの経験から、天才であるイッセーは、そう学習していた。
「いいですよ。見せて差しあげますよ。見ればいいんじゃないですか」
いおりが冷たく言う。
確信を得たイッセーは、ローアングルに構えた。
心拍数が跳ね上がる。
くる。きた。
おパンツ! おパンツ! おパンツ!
いおりの手が、腰にかかった。緋袴の帯を解いてゆく。
その間もずっと、その目は、地に這うイッセーに向けられていた。睨みつけるように――。
帯の支えを失った緋袴が、下にずり下げられる。白衣との合間に肌が覗く。
ばくん、と、イッセーの心臓は高鳴った。
白い布地が目に入ってくる。
それは赤く縁取りされた白いパンツだった。左右に紐が伸び、腰骨のところで二つの結び目ができている。
白いおパンツ。
股間の布地には、複雑な陰影が刻まれている。
おパンツ! おパンツ! おパンツ!
「煩悩の塊のような人ですね……。情けない」
息も止めて見入っているイッセーを見下ろしながら、いおりは、冷たく言い放った。
「はふぅ……」
イッセーは腰が抜けたように地べたに座りこんだ。
よいものだった。
堪能した。満足しきった。やはりおパンツは素晴らしい。
気づけば、いおりは緋袴を戻していた。
「これまでのこと。すべて忘れてください」
眉間に縦皺を寄せて、いおりは言う。
イッセーはすっくと立ちあがった。
「良いパンツを見せてもらった」
いおりに向けて、ちゃきっと手をかざす。
「――アディオス!! また明日!!」
「え? ちょっ――」
「ちとせ! 菜々子! いつまで覗いている。――帰るぞ」
ビルの陰に隠れていた二人を連れて、イッセーは意気揚々と引き揚げてゆく。
一人、取り残されたいおりは――。
「明日って……、もうお祓いしなくていいでしょ」
唇を尖らせて、拗ねたようにそう言った。
しばらくして――。その口許に微笑が浮かぶ。
「イッセーさんの……、もう、変態っ」
次回から、CAさん編です。




