#05-06「邪神きたる」
「おぼっちゃま。宅配便が届きました」
「宅配便?」
紅茶を楽しんでいたイッセーは、メイドの声に顔をあげた。
「宅配便というのは、民間の一般的な輸送方法です。荷物を届ける際に利用します」
「なるほど」
庶民の生活に疎いイッセーは、うなずいた。
庶民の生活とは、なるほど、興味深い。
普通、荷を送るときには、家人に持たせて相手先に遣わせるものだ。それを専門業者に任せるわけか。
たしかに効率的ではある。信頼度と引き換えではあるが。
いくら本を読んでいても、この手のあたりまえすぎる知識は、なかなか入ってこない。たとえば「自動販売機の使い方」や「駅の改札の通り方」などについて解説している書籍はなかなか存在しない。
「……で? その宅配便で余になにが届いたというのだ?」
これについては、天才にもまったくわからない。
庶民的な方法で送られる荷物に対しても、その送り主に対しても、まったく心当たりがない。
「ご主人様ーっ。これ着払いでしたよ! 着払い! ずうずうしいですねー! 一六〇サイズだから、なんと、二五〇〇円もしましたよー!」
菜々子がぷんすかとしている。べつに金額など、どうでもいいのだが。
五〇センチ四方くらいの大きな段ボール箱を、イッセーは眺めた。
「誰からだ?」
「送り主も書いてないですー」
「いえ。書いてはありますが……。読めませんね……。何語でしょうか?」
イッセーは送り状を見せてもらった。
「これはヒエラティックだな。紀元前にヒエログリフと並んで使われていた古代エジプトの文字だ」
そこまで言って、嫌な予感に襲われる。
「爆発物の反応などはありませんでしたが、開けてみますか?」
「開けずに燃やしたほうがよい気もするが」
そういうわけにもいかないので、開けてみることにする。
嫌な予感を抑えつつ、段ボールを開けると……。
「きゃっ!」
「ぎゃああ!」
「……」
ちとせが可愛らしく悲鳴をあげ、菜々子が野太く悲鳴をあげ、イッセーは絶句した。
段ボールのなかに収められていたのは、ミイラだった。
からからに干からびて、膝を抱えたポーズで、一六〇サイズの段ボールのなかに収められていた。
紙が一枚、ミイラの上にのっている。
それを読む。
「なになに……? お湯をかけて、三分間、お待ちください……、だと?」
「お湯……、かけてみますか? おぼっちゃま?」
「このまま燃やしてしまいたいところだが……、そうもいかんだろうな」
湯を掛ける。
菜々子が「カップ麺みたいですねー」と言っていたが、カップ麺なるものをイッセーは知らない。
三分、待つ。
「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃーん! なのじゃーっ!」
褐色の肌をつやつやと輝かせて、アヌビスが復活した。
「呼んでないし飛び出てもいないし。なにしに来たんだおまえは」
イッセーは目を細めてそう言った。我ながら冷たい声が出ると思う。
「話せば長くなるのう。聞きたいか? んー? 聞きたいか?」
イッセーはなんともいえない感情を覚えた。
前回はパンツを見るために耐えていたが、やはりこいつは……、かなりウザい。
「そもそもどうやって来た? 現世には来れないのではなかったのか?」
そのおかげで尻拭いをしたのだ。
アヌビスが現世に行けないというので、かわりにイッセーが現世へと黄泉返りしたわけだ。
「来れんとは言っとらん。〝簡単には来れん〟と言うたのだ。――ほうれ、簡単ではなかっただろう? ミイラになって数千年の時を超えてきたのじゃ」
アヌビスの言うことは、いまひとつ、意味がわからない。
「エジプトの代々の王族に言い含めるように手配しての。荷物をこの時この場所に、正確に送り届けるようにしたわけじゃ」
なるほど。理解した。
霊界というのは古代エジプトにあり、そこから現代に来るために、自身をミイラにして、数千年間、梱包されて保管されていたというわけか。
理解はしたものの、あまりのアホな方法に目眩を覚える。
「それでいったいなにをしにきた?」
こめかみを押さえながら、イッセーはそう聞いた。
「あの……、おぼっちゃま? この方は……?」
「おまえが考えている通りだ。ちとせ。こいつはアヌビスだ。つまり邪神だ」
「それでは……、このあいだの件の?」
ちとせや菜々子は、アヌビスのことを直接は知らない。イッセーが霊界で関わったことを話して聞かせていただけだ。
「邪神とはなんじゃ。失敬な」
「では駄神だ」
「ふむ。そちらの呼びかたであれば、条件次第では、許してやってもよいぞ? ほうれ――またこの前のように、世話をしてたもれ。おまえの作るメシと、おまえのベッドメイクと、おまえの掃除と、色々を忘れられんでな。それならば妾は駄神となってやろう。いや。むしろならせろ」
「駄神の世話を焼くのはあのとききりだ」
イッセーはにべもなく、そう言った。まったく面倒なことになった。
状況を整理すると、つまり、こうだ。
引きニート神が養ってもらうために押しかけてきた。
……御免こうむりたい。
「あの……」
ちとせが話に切り込んでくる。
「その節は……、主が大変お世話になりました」
と、深々と頭を下げる。隣で菜々子も慌てて頭を下げている。
「いや。ちとせ。話を聞いていただろう。世話をしてやっていたのは、余のほうだ」
「いえ。生き返らせてもらえましたし」
「ふん。このように失敬なやつ。冥界に居場所がなかったというだけじゃ」
アヌビスは腕組みをして、そう言った。
目線を外している。照れている。
「それでアヌビス……。本当の目的はなんだ?」
「観光じゃ」
「カエレ」
「冷たいのう。妾とおまえとは、もう他人ではあるまいに」
その発言に、ちとせと菜々子が、ぎょっとした顔になる。
「まさか……? おぼっちゃま……?」
「うわー、うわー、ご主人様ーっ?」
かたや、責めるような眼差し。かたや、期待する眼差し。
「パンツを見て、見られた仲だ。まあ確かに他人ではないな」
「ああ……。被害者友の会のほうですか」
安心したように、ちとせが息をつく。
「なんじゃ? おぬしたちもかえ?」
「わたし、ちがいまーす。ご主人様ったら、ひどいんですよー。見せろって言ってくれれば、わたし、いつだってパンツ見せるのに! 背丈の高さまでお札積んでくれれば!」
馬鹿なことを言ってる菜々子のおでこに、ちとせが、たしっとチョップを入れる。
「観光というのも、まあ目的の一つではある。覗くだけだった現世を実際に歩いてみたいからな」
アヌビスは言う。
「じゃが本当の理由は、おまえにつけておいた唾を、誰かが拭い去ろうとしているからじゃ」
「唾だと?」
「うむ。他の神がちょっかいをかけてこないように、妾の神気をおまえにつけておいたのじゃ」
「マーキングですねー」
イッセーは思わず眉を潜めて、自分のにおいを嗅いでみた。
「そういった物理的なことではない」
「ふむ。神気というやつか」
「理解が早いではないか。さすがはイッセーだの」
「おまえが諸悪の根源だったか……」
イッセーは感慨に浸りながら、そう言った。
いおりとイッセー。二人がいま苦労しているのは、こいつのせいだったわけだ。
いおりがどれだけ頑張ろうと、邪気……ではなく、神気が抜けないわけだ。
単なる残り香ではなく、神の手により、意図的にマーキングされたものだったのだから。
「……で? おまえにちょっかいをかけてきているのは、どこのどいつじゃ? 妾のモノに手を出すとは、ちと、こらしめてやらねばならんのう」
「誰がおまえのものだ」
イッセーは憮然と言った。
そうしてから、ふと気づいて、ちとせや菜々子の顔を見る。二人とも妙な顔をイッセーに向けていた。
他人の顔色に気づくなどということは、天才であるイッセーにとってはめずらしいことだ。
最近の変化である。
「どうした? おまえたち」
「いえ……。怒っているお坊ちゃまを見るのは、はじめてでして」
「怒ってなどいないが」
天才であるイッセーは「怒り」というものを経験したことがない。それは凡人の感情だ。
「では苛立っておりますといいますか……」
「苛立つ……? 余が?」
こちらについては、心当たりがないわけでもない。
アヌビスを前にしていると湧き起こる感情。それが「苛立ち」というものであったか。
「誇ってよいぞ、アヌビス。おまえはおそらく、余を苛立たせることができる唯一の存在だ」
「イッセー。おまえも誇るがよいぞ。妾を〝駄神〟と呼ぶことのできる、三千世界、唯一の存在よ」
「なんでしょうか。この人たち」
「ご主人様とアヌビス様、気が合うんですねー」
ちとせと菜々子の二人が、そんなコメントを口にする。
そうして豪徳寺家に、一人(一柱)の居候ができた。




