#05-05「巫女さんとデートしてみた」
「来たぞ。いおり」
「お待ちしておりました。イッセーさん」
今日もイッセーは、神社のいおりを訪れた。
お祓いの準備を終えて、いおりは待っている。
だがその顔には、やはり連日の疲れが濃い色となって貼りついている。
「それでは、今日もはじめましょう」
「いや――」
祓串を構えるしおりに対して、手をぴっと立てて制止する。
「今日は除霊はしない」
「そんなわけには――」
言い返そうとするいおりに、イッセーは、指をびっと突きつけた。
「連日、限界まで霊力を酷使しているだろう。相当の疲れが溜まってきているはずだ」
「それはっ……。ですが――! まだ大丈夫です! まだやれます!」
「万全のコンディションを整えられないようでは、一流とは言えないな。プロでない者の除霊を受ける気はない」
「――!?」
いおりが息を呑む。
いまのはすこし言葉がきつかったかもしれない。と、イッセーは思った。
「余はおまえのことが心配なのだ。平気で無理をするだろう」
「それは……、ええと……、皆からも、よく言われますけど……」
いおりの表情から険が消える。
「だから今日は休む」
「いえ、そういうわけには――」
「――いくのだ。今日一日、付きあってもらうぞ」
イッセーは強引に切り出した。
咲子は強引に親友のアズサを遊びに連れ出したという。
それに習ってイッセーも強引に連れ出すことにする。
「行くぞ」
手を握る。ぐいと力を入れる。日の差さない社の中から、光のもとへ、いおりを連れ出す。
「えっ……! ちょっ――!」
参道の石畳の上を、手を引いて走った。急に外に出たために、いおりは手で目元を覆っている。
イッセーはいおりを街へ連れ出した。
◇
「あのう……。すごく目立ってしまっているのですけど」
繁華街のど真ん中。
いおりが困ったように、そう言った。
通行人の目を、やけに引いてしまうと思ったら、それが理由であった。
天才であるイッセーも、これは気づかなかった。
「コスプレだ……」
通行人の誰かが、いおりの服装を見て、そう言った。
「ちがいます!」
いおりが思わず、そう叫ぶ。
「本物だ……」
だがそれは、ますます相手を感心させただけ。ますます人だかりを増やしてしまっただけ。
凡人たちの考えることは、天才のイッセーをしてもまったくわからなかったが、巫女服が原因ということだけはわかった。
ならば――。
「こい。いおり。――こっちだ」
イッセーはいおりの手を引いて、最寄りの服屋へと入った。女性向けの服の並ぶ店内で、店員をつかまえる。
「彼女に似合う服を頼む。上から下まで一式だ」
「えっ!? あのちょっ――!? 社に戻れば、私服! ありますから!」
「時間が勿体ない」
「お金のほうがもったいないですって!」
金か。金のことなら、まったくかまわない。本当に気にしない。
店員にがっちりと捕まえられて、いおりは連行されていった。
しばし待つ。
いおりが試着室から出てきた。
「あ、あの……。あまり洋装とかはしないもので……。似合ってないかもしれませんが……」
おずおずと振る舞ういおりに、イッセーは、もちろん――。
「すごく似合っているぞ」
――と、そう言った。
かつて、ちとせに教えられたことがある。女性が服を替えた際には、「似合っている」と言わねばならないのだと。
だがこの場合はお世辞でもなんでもなく、本当に似合っていた。
白いワンピースが漆黒の髪によく似合っている。足下も足袋ではなくサンダルにかわっている。
レジで支払った代金には、ゼロが五つほど並んでいたが、イッセーはまったくなにも気にしなかった。もう五つほど多くても気にしなかったろう。
それだけの価値はあると思う。
「あ、あの……、いますごい金額がちらりと見えて……」
「余のわがままで付きあってもらっているのだ。おまえの気にすることではない」
「あと、このあいだお賽銭箱に一千万円のお札の束が詰まってたんですけど……。あれもひょっとしてイッセーさんが?」
「さあ? どこかの紳士の仕業ではないか?」
はぐらかしていると、いおりは目を閉じて、大きく、ため息をついた。
「……ところで。〝遊ぶ〟とか言っていましたけど。なにをするんですか?」
「……む」
いざ問われると、困ってしまう。
遊ぶ。遊ぶ……。
遊ぶとき……。
天才であるイッセーは、人生のこれまで、〝遊んだ〟ことがなかった。
遊びというのは、暇を潰すということだ。
天才は暇を持て余すなどということがない。よって天才は遊ばない。
……が。その天才のイッセーは、その人生において、遊んだことがないために困り果てていた。
「……なにをすればよいのだろう?」
「イッセーさんが私を連れ出したんじゃないですか」
「うむ。それではこうしよう。いおり。おまえの好きな遊びになんでも付きあうぞ」
「えっ……?」
いおりがギクっと硬直した。
「どうした? どんな遊びでもかまわないが?」
「えと。遊ぶ。遊ぶ。遊ぶとき……」
いおりは冷や汗をかいているように――イッセーには思えた。
「あの、私って……。あの、その……。笑わないでくださいね? これまでの人生で、遊んだことが……、ないんです」
「む?」
「ですから……、ないんです……。いつも修行ばかりで」
「ふむ。修行か」
「ええ。幼い頃は修行尽くしで」
「あとはここ何年かは討伐とか」
「討伐?」
「退魔のお仕事で……、って、いまはそれ関係ないですよね」
修行はともかく、討伐に退魔ときたか。たおやかな見た目と裏腹に、いおりは過酷な人生を歩んできているようであった。
本物の霊能力を持つ者は、普通の人生は送れないようである。
〝遊び〟をしたことがない。――という一点において、イッセーはいおりと同じだった。
親近感が増した。
ぴろりん♡ ――と、どこかで音が鳴った。
首をめぐらせるが、どこから響いた音なのかはわからなかった。
いまの「好感度アップの効果音」は、いおりではなく、どこか近いところから鳴ったようだったが……?
「ええと。遊ぶんですよね? 遊んでいいんですよね?」
「ああ。今日一日は大いに遊ぼう。魂の洗濯というやつだ」
「そ、それだったら……、や、やってみたかったことが……」
「なんだ?」
ノープランのイッセーと違い、いおりには、なにかプランがあるようだった。
それを聞く。
「か、からおけ……とか?」
「カラオケか」
聞いたことはある。クラスの者からよく誘われる。だが行ったことはない。
天才であるイッセーの放課後は色々と忙しい。
どこぞの国の大臣だの、大統領だの、あるいは巨大複合企業のCEOだのが相談事を持ち掛けてくるのだ。アポイントメントは一年先まで埋まっている。
「ぷ、ぷりくら……とか?」
「プリクラか」
「ぼ、ぼーりんぐ……とか?」
「ボーリングか」
「ふ、ふーどこーとで、お食事……とか?」
「フードコートか」
「ば、ばってぃんぐせんたー……とか?」
「バッティングセンターか」
「いざかやで、こんぱ……とか?」
「余は高校生で未成年あるから、それは付きあえんな」
「あっ。ごめんなさい」
いおりが正気に返る。
「だがそれまでの五つは悪くない。さっきも言ったが、余も〝遊んだ〟ことはないのでな。楽しみだ」
イッセーがそう言うと、いおりは、きょとんとしたあとで、にっこりと笑った。
◇
遊んだ。遊んだ。遊び呆けた。
そもそも、どうやって遊ぶものなのか、そのやりかたで正しいのか、天才であるイッセーにも皆目わからなかったが、人生初遊びの初心者二人で、思うままのやりかたで、カラオケとプリクラとボーリングを堪能した。フードコートで不揃いの夕食を食した。バッティングセンターではバットを思いっきりぶん回した。
はじめての試みではあったものの、天才であるイッセーは、百点とパーフェクトゲームとホームランを達成したことは言うまでもない。
「今日は本当に、ありがとうございました」
いおりは、そう言った。
疲労の色の濃かった最初と違って、溌剌とした顔だ。
やはり咲子の言うことは正しかった。根を詰めて憔悴しきった者には、はめを外して遊びまわることが大切なのだった。
「私が救うって言ったのに……。なんだか私のほうが救ってもらってしまったみたいですね」
いおりは、言った。
「たしかに最近、焦りすぎていたかもしれません」
いおりは、ひとりでうなずいた。
「世話をかけるな」
イッセーは言った。
いおりが焦るのは、除霊が進まないことによるものだ。
「いえそんな。私の役目ですから。邪悪を払い、衆生を救うのは、私の定めですから」
「そうか」
イッセーは、うなずいた。
およそ凡人とは違う彼女の人生に敬意を払い、何度も繰り返してきた「無駄だ」という言葉は慎むことにした。ことによると、彼女は本当にやり遂げてしまうのかもしれない。
「私……、思うんです。私のこれまでは……。厳しかった修行と、すり減らしてきていた青春は、イッセーさん、貴方を救うためにあったんじゃないかって……」
街角で、夜だった。
周囲に人目のない、その場所で――イッセーといおりは見つめ合っていた。
大きく見開かれた黒目が、虹彩も見えるほどの近くにあった。
ぴろりん♡ ぴろりん♡
好感度アップの音が鳴り続ける。
天才を――。この豪徳寺一声を――。自分を守ると言ってのける女性に、イッセーはこれまで感じたことのない感情を覚えていた。
手を取り合って、見つめ合い、まばたきさえ邪魔に感じるこの時間を
雰囲気なるものは、あいかわらず、よくわからないイッセーであったが……。
いまこの瞬間のムード値が、最大であるということだけはわかった。
イッセーはいおりに伝えねばならないことがあった。
それは紛れもないイッセーの本心であり、パッションの発露によるものだ。
「いおり……」
「はい」
いおりはうっとりとした顔で、イッセーを見つめてくる。
イッセーは――言った。
「余は、お前のパンツを見たいぞ」
ぴきりと、いおりの顔が引きつった。
ああ。これはあれだな。咲子のよくするあれだな。
イッセーは次の瞬間に襲ってくるであろう衝撃を覚悟した。
無論、避けるつもりはない。己の所業の結果を、ただ受け入れるのみである。
――が。
顔にあたったのは、張り手ではなく、ふんわりとした感触だった。
抱き寄せられたのだとイッセーが気づいたのは一瞬の後だった。
頬にあたる柔らかな感触は、女性の乳房によるものだと気づいたのは、さらに一秒の後だった。
「ぜったい、祓ってみせますから。救いますから。本当の貴方に……、戻してさしあげますから」
イッセーを胸に抱いて、いおりは言う。
イッセーは反論できず、反論する気もなく、ただ女の胸に抱かれていた。




