#05-02「巫女さんにパンツが見たいと言ってみた」
(6/25)巫女さんと会ってからの展開を変えました。おパンツ見たくなってグワッと盛りあがるイッセーになりました。
遠くから、じいっと見つめてくる視線に、イッセーは気がついた。
巫女服を着た、見目麗しい女性が、なにか因縁でも付けるような訝しげな目でもって、こちらをじいっと見つめてくる。
初対面の人間から、そのような目を向けられる覚えがイッセーにはなく――。
なぜそんな目を向けてくるのかと、こちらもじいっと見つめていたら――。
「また、ぱんつ見たがってる」
隣の咲子が誤解して、そんなことを言ってきた。
「いや。そうではない。あちらが睨んできているように思えたので、つい見ていただけだ」
「ウソばっか。イッセーってば、ほんと、しょっちゅうぱんつ見たくなってるよね。ヘンタイだよね」
「だから誤解だと言っている」
パンツを見たくなることと、変態性と、なんの関係があるのか、まったくわからない。
限りなく純粋な意味で、ただ、パンツが見たいだけなのだが。
「わたしがお参りしてたとき、いおりさんにお世話になったんだから。あんま失礼なことしないでよね。――だから! 見んなっての!」
「だから誤解だと」
「そんな目で見てたって無駄なんだから」
咲子は言う。
「――巫女さんって、袴の下って、ぱんつはいてないんだって。だから絶対見れないんだから」
咲子が口にしたのは、うろ覚えの知識だった。
それが裏目に出るとは思いもせずに――。
「なんと!」
イッセーも知識としては知っていた。
だが咲子に指摘されるまで、認識してはいなかった。
だがいま認識した。
たしかに和装を徹底するならば、下着は着けても、それは腰巻きや襦袢と呼ばれるものであり、パンツにはあらず。
よって「パンツはいていない」の命題は、真ということになる。
「はーい、残念でしたー。諦めなさーい」
勝ち誇ったように、咲子は言う。
だが咲子は理解していなかった。自己の発言が、天才に火を着けてしまったことを――。
「咲子。たしかにあの巫女はパンツを穿いていないのかもしれない。だが穿いているのかもしれない。シュレーディンガーの猫という話を知っているか? 箱の中の猫は観測されるまで、生きているか死んでいるか不確定であり、観測されるまで結果は確定しないのだ」
「なにいきなりムズカシイこと言ってんの」
「難しい? 不確定性原理の初歩だぞ?」
「それとぱんつが、なんの関係あるの?」
「つまり――だ」
イッセーは、言った。
「シュレーティンガーの猫の場合、観測者が生きている猫を観測したなら、猫は生きている。そしておパンツの場合にも同様に、余が観測したならば、パンツはあるのだ!」
「うん。なに言ってるのかわからないけど、イッセーがぱんつ見たくなったのだけはわかった」
咲子は、にっこりと笑う。
そして、すうっと手をあげて――。
「うおっ」
鋭く振り下ろされた平手を、すんでのところで、イッセーは回避した。
「なぜ叩く?」
笑顔のままで平手を振るうから、一瞬、対応が遅れた。
「やっぱり見たくなってんでしょ! しょっちゅうでしょ! なんか反論できる!?」
「余はシュレーティンガーのパンツを観測せねばならないのだ」
「わけわかんない! わっかんない! わっかんない!」
「落ちつけ咲子」
危険なので手首を捕まえる。
「イッセーってたまにぱんつのこと、おぱんつって言うよね。おがつくのとつかないとで、なにがどう違うの?」
「見たくなったものが〝おパンツ〟で、それ以外は一般名詞としてのパンツだ」
「やっぱり見たくなってるじゃない!」
「そうだな……」
イッセーの体から、陽炎のように立ち上るものがある。
きた。
またあれがやってきた。
おパンツ! おパンツ! おパンツ!
シュレーティンガーのおパンツを観測し、確定せねばならない!
なぜならそこにパンツがあるからだ!
「やはり……」
巫女さんの声が、すぐ近くからした。
遠くにいた彼女が、イッセーと咲子のすぐ近くにまでやってきていた。
「やはり貴方、なにかに憑かれていますね」
意味不明の発言だった。
常人ならば、ここで彼女のその意図を問い返していたところだろう。
だがイッセーは天才だった。
〇・一秒もない刹那の間に、十数通りもの解釈を考える事は容易であり、そのうちの一つが、かなり確度の高い解釈であった。
「いや。べつに霊的なものに憑かれているわけではない。貴方はなにか霊的なものを感知したのだろうが、それは神気の残り香のようなものだ。害のある存在ではない」
イッセーは明快に説明した。
巫女ならば霊能力というものを持っていてもおかしくはない。神が実在するのだから、霊能力だって実在していて当然だ。
当然の論理的帰結である。
このあいだまで冥界とやらにいて、アヌビスと一緒にいた。巫女はその霊能力によって、気配だかなにかを感知したのだろう。
「強い……気配です。ひどく邪悪なものの気配です」
アヌビスよ……。邪神認定されているぞ?
「そんなことよりも……、だ」
巫女の警戒した硬い表情に向けて、イッセーは言った。
「イッセー!? だめっ!?」
なにを言おうとしているか察した咲子が止めにくるが、イッセーは構わずに口を開いた。
「余はパンツが見たいぞ」
「……はい?」
巫女が首を傾げる。
この反応には慣れていた。凡人には同じ事を何度も言い聞かせてやる必要があるのだ。
イッセーの中で、これはすでに儀式と化している。
最初に〝目的〟を告げる。
天才ゆえの〝誠意〟の表れだ。
詩織のときには過ちを犯した。天才は二度と誤らない。
「もういちど言うぞ。余はパンツが見たい」
「……は?」
まだわからないか。
三度、イッセーは同じ事を口にした。
「パンツを見せてくれ」
戸惑うばかりだった巫女の顔に、ようやく理解の色が浮かぶ。
「……やはり」
確信を持った顔で、巫女はうなずいた。
「それが邪気の影響です。そのせいで、貴方はそんな邪なことを言い出すようになってしまったんです」
「いえいおりさん。こいつはいつもこんなやつで。おかしいんです。変態なんです」
「なにを言う。余は正常だぞ。正常かつ本気でおパンツを見たいと思っているだけだ」
「だからそれのどこが正常なんだって!」
「大丈夫です。安心してください。ええと……、イッセーさん?」
巫女が言う。
「やっぱり。藤野さんが祈願していた方でしたね。お加減がよろしくなったようでなによりです。……ですが、その邪気が心配です」
「心配はいらない。それよりもパンツを見せてくれ」
「バカ! 死ね! また死んじゃえ!」
咲子が過激だ。まえに死んだときには、「もう絶対死んじゃイヤだから!」とか言って、取りすがって泣いていたのに。
「安心してください」
巫女――いおりは、にっこりと微笑んだ。
包みこむような優しい笑顔だ。
「イッセーさん」
「貴方に取り付いている邪気――私が、必ず払います」
微笑みの下に、強い意志を感じさせる顔で、いおりはそう言った。
だから邪気ではないのだが。




