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嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい ~余はパンツが見たいぞ~  作者: 新木伸


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#SS-01「豪徳寺一声のとある平均的な一日」

本編はちょっとお休みですが、番外編を書きましたー。

 いつもの朝。いつもの豪徳寺邸の一室。

 いつもの時間に起き、いつもの日課をこなしていたイッセーに、メイドのちとせが声をかけてくる。


「お坊ちゃま。朝食の用意ができました」

「うむ」


 某国の大統領からの相談事項に、返信を書き終わり、送信をしたところで、イッセーは椅子を回してちとせの背中に目をやった。


 ちとせはカーテンと窓を次々と開けてゆく。


「今日はよいお天気ですよ。窓を閉めたままでは、もったいないですよ」

「ふむ……」


 たしかによい天気であった。


 青空と白い雲。

 逆光のなかで、ちとせの姿が輝いている。メイド服の長いスカートは、膝下二〇センチのところで揺れている。

 その光景を見ていると……、ふと……、イッセーの心に〝ある気持ち〟が去来した。


「朝食はスクランブルエッグとベーコンです。パンは焼きたてです。ジャムは昨日作ったばかりの自信作です」


 笑いかけてくるちとせに、イッセーは、言葉で伝えることにした。


「ところで、今日はパンツ日和だな」

「……は?」


 ちとせの笑顔が、固まった。


「……お坊ちゃま。……またですか?」


 笑顔の破片を顔にこびりつかせたまま、ちとせは、心底嫌そうな顔になって、そう言った。


「前の時にも申しあげましたけど……。これって、セクハラであり、パワハラですからね?」

「そうか」


 そんなことは当然ながら知っている。

 だがこの欲求には、抗いがたい強度があるのだ。


「余はパンツを見たいぞ」

「お断りします」

「だが見たいのだ」

「なんと申されましても、もう二度と見せません」

「まえのときには、札束を積んだら見せたではないか。また札束を積めばよいのか? 身長の高さまであれば充分か?」


 一万円札は、一〇〇枚で一センチの厚さとなる。

 ちとせの身長の高さまで積み上げられた一万円札は、一億六〇〇〇万円ほどの額面となる。

 前回はそれでパンツが見れた。天才であるイッセーには、学習済であった。


「お金で見せたわけではありません」

「現に見せただろう」

「それにあのお金は、全額お返ししました」

「受け取ってはいないぞ。おまえの退職金として積み立て、余のポートフォリオにて運用中だ。退職時にはすくなくとも三倍には増えている」

「頂きませんし。退職だってしませんし」


 豪徳寺のメイドであるちとせは、一生をもってあるじに仕える決意をしている。

 〝退職時〟という話を持ち出されて、ちとせはちょっぴり傷ついていた。


 ――ずっとお側にいたいのに。この人は、もう、ぜんぜんわかってくれてないんだから。


 そんなちとせの心をよそに、イッセーはスマートフォンを取り出している。


「お坊ちゃま、どこに連絡なさっておいでですか?」


 返事のかわりに、廊下を近づいてくる音が返事となった。


「ご主人様ーっ! 持ってきましたー!」


 豪徳寺家のドジっこメイド、菜々子が、ドアをバターンと開けて、部屋に入ってくる。

 台車にはスーツケースが満載されている。


「積みますかー!? また縦積みですかー!? 背丈までですかー!?」

「菜々子……」


 ちとせはこめかみを揉んでいた。主人の命でも、従っていいものと、そうでないものとがあるだろう。


 こんなこともあろうと、ちとせは、ポケットに忍ばせていたものを取り出した。

 ちとせの焼いたスコーンが、菜々子は大好物なのだった。


 それを、ぽいっと、廊下に放る。


「あっ!? ――スコーン!?」


 菜々子が廊下に飛び出した。拾っている。

 ちとせは台車ごとスーツケースを足で蹴り出し、そして、バタンとドアを閉じた。


 しっかりと施錠してから、ちとせはイッセーに振り返った。


「その顔は怒っている顔だな」

「そう見えるのなら、そうなのでしょうね」


 ちとせのこめかみには、青筋が浮かんでいる。

 天才ゆえ、凡人の心理には疎いイッセーであったが、そのわかりやすい「記号」から、ちとせの怒りを読み取ることができていた。


「だが決定に変更はない。余はパンツが見たいぞ」

「はぁ……」


 ちとせは、深々と、ため息をついた。

 まなじりを決して、睨むような目で、イッセーを正面から見つめる。


「わかりました……」


「見せてくれるか!?」


 なんの屈託もなく、イッセーは顔を輝かせる。


 ――ああもう、この人は。


 その笑顔は、ちとせにとっては、あまりにもまぶしかった。天才であるイッセーが、こんなに感情を露わにすることは滅多にない。

 たぶん、ちとせしか知らない顔だ。


「やむを得ません……。お坊ちゃまが……、あたりかまわず、女性にパンツを見せろと、セクハラをしないためですので」

「いや。ほかの女のパンツは見たくない。余はおまえのパンツだから見たいのだ」


 きゅん、となったが、ちとせは表情には出さず、あくまで事務的かつ怒りを露わにした嫌な顔を浮かべる。


 スカートの裾に手を掛けて――イッセーを、ぎろりと見やる。


「まったく。情けないですね。豪徳寺家の次期党首たるものが、床に這いつくばってご鑑賞ですか」


 言われて、イッセーは気がついた。――自分が姿勢を低くして床の上で待機していたことを。

 だがローアングルから見るのが、おパンツの〝正しい〟観賞法だ。


「呼吸まで荒くして――。そんなに見たいんですか、私の下着を?」


 ちとせはゆっくりとスカートを持ちあげてゆく。膝頭が見える。ストッキングが終わりを告げ、ガーターが見えてくる。

 そして――。


 純白のおパンツが、その姿を現した。

 どこまでも純白のなかに、ただ一つ、赤いリボンが鮮烈なアクセントとなって映えている。


「……はふう」


 イッセーはよろよろと後じさり、落ちるようにして、ソファーにへたりこんだ。


 完全に満足できた。

 やはりおパンツはよいものだ……。


 ちとせはスカートを戻し、いつもの顔に戻っていた。


「朝食の用意ができています。お坊ちゃま。食堂へどうぞ」


 心の中はともかく、いつもと完全に同じ声で、そう言った。


    ◇


 いつもの教室。いつもの授業。

 授業を受けながら、イッセーはぼんやりと空を眺めていた。


 天才とはいえ、イッセーは高校生である。

 よって昼間は授業を受けている。


 天才のイッセーが授業から学ぶことはおそらくなにもないが、〝学校〟という場所には、授業以外にも価値のあることがある。

 それはたとえば――級友(クラスメート)との交流などだ。


 チャイムが鳴る。四限の授業が終わりを告げる。

 昼休みになった途端、生徒たちはお祭りでもはじまったかのような騒ぎをする。

 そこが天才であるイッセーには、よくわからない。


 たかが栄養補給に、なぜそんなに喜ぶのか?


「イッセー! 一緒にごはん食べよー!」


 クラスに棲息するギャルのうちの一人――藤野咲子(にこ)が、イッセーの背中をバンと叩いた。


 赤い手形が服の内側についたことを確信しながら、イッセーは咲子(にこ)に応じた。


「ああ。構わない」

「うふふ。オカズ、分けてね。ちとせさんの料理、ほんっと、おいしいもんねー」

「それが目当てか」

「あははっ。バレたー?」


 軽口を交わしながら、廊下へと出る。

 教室で弁当を広げる者、購買にパンを買いに走る者、色々な連中でごった返すなかで、イッセーと咲子(にこ)とは、肩を並べて歩いた。


 咲子(にこ)とは、以前、色々とあって――すっかり仲がよくなっている。

 こうして昼はいつも一緒に食べている。


 〝友人〟と呼べる存在を持ったことのないイッセーであったが、これはもう、〝親友〟と呼んでも差し支えない関係なのではあるまいか。


「なんかまたムズかしーこと、考えてる?」

「いいや」


 イッセーは答えた。

 立ち止まると、咲子(にこ)が不思議そうな顔で振り向いてくる。


 窓の外には、青い空――。白い雲――。

 その光が逆光となって――。


 ああ……。今日は本当にパンツ日和だ。


 イッセーは、角をふいっと曲がった。


「あれ? 第二校舎のほう、行くんじゃないの?」

「いいや。こっちだ」

「だってそっち、第一校舎で……」


 首を傾げながらも、咲子(にこ)は後ろについてくる。


 学年の違う古いほうの第一校舎に渡り、その屋上に向けて階段を上がってゆく。


「こっちの屋上って、立ち入り禁止じゃなかった? ……ほら」


 階段を上りきったところで、「立ち入り禁止」という張り紙が目に映る。

 屋上に出るための扉には鍵が掛けられていた。老朽化のためにこちらの屋上は立ち入り禁止となっている。生徒なら誰もが知っている。


「だからよいのだ。ここなら誰も来ないからな」

「……えっ?」


 イッセーが言うと、咲子(にこ)は目をぱちくりとさせた。


 天才であるイッセーは、これまでの経験から、ある洞察を得ていた。

 パンツを見せるとき、女は、人目があることをひどく嫌う。


 イッセー自身はまったく気にしない。

 だが天才の頭脳が弾き出した確率でいえば、昼休みの皆のいる教室で「パンツを見せろ」と言ったケースと、誰も来ない場所で「パンツを見せろ」と言ったケースとでは、成功率には、ゆうに数倍の開きがあるのだ。


咲子(にこ)。パンツを見せてくれ」

「……はぁァ?」


 イッセーがそう言うと、咲子(にこ)の目が途端に険しくなる。


「まーたバカなこと言ってんの? それともからかってんの?」

「馬鹿なことでもないし、からかってもいない。余は本気だ。パンツが見たいのだ」

「なんで?」

「今日はパンツ日和だからだ」

「意味わかんない」


 まったく明快かつ完璧な答えをしたのだが、咲子(にこ)にはわからなかったようだ。

 やはり凡人には理解できないか。


 だがパンツは見る。これは決定事項である。


「からかってんなら――、帰る」


 階段に向かおうとする咲子(にこ)の進路を、手を突いて塞ぐ。


「えっ? やっ、ちょっ……! これ壁ドン……」


 逃げられないようにしておいて、イッセーは再度、念を押した。


咲子(にこ)。余はパンツが見たいぞ」

「ちょ……。顔……近いって!」


 顔に手をあてて、ぐーと押される。でもその手には、あまり力がこもっていない。

 空いている手で、咲子(にこ)の両方の手首をひとまとめにして掴む。壁に押さえこんで、さらに念を押す。


咲子(にこ)。おまえのパンツだから、見たいのだ」

「~~~~~――!!」


 咲子(にこ)は顔を真っ赤にしている。なにか言おうとしているが、言葉にはなっていない。


 もう逃げようとはしないようなので、手首を解放して身を離した。

 咲子(にこ)はしきりに髪を撫でつけ、ちら、ちらと横目でイッセーを覗き見る。


「まったく……、もうっ……。イッセーが変なのは知ってるけど……。こ、こーゆーのって……、セクハラなんだからね……?」

「それはちとせにも言われたな」


 イッセーが言うと、咲子(にこ)の雰囲気が、がらりと変わった。


「ふーん……。ちとせさんのぱんつも……、見たんだ」

「ああ。今朝がた」

「それで? わたしのパンツも見たいって?」


 凄みのある顔と声で、咲子(にこ)は聞く。


「ああ。もちろん」

「サイテー」


 顔からも声からも、表情が消える。

 冷たい目線が投げ下ろされる。


 イッセーはこの表情を知っている。これは「軽蔑」という種類の顔である。「嫌な顔だ」というものである。

 だがこの顔がきたとき、パンツが見れるということもまた、天才であるイッセーは学習済みであった。


 イッセーは低い姿勢を取った。


 咲子(にこ)のスカートはひどく短い。これだけで既に見えそうになっているが……。


 だが、イッセーは咲子(にこ)が自分の意思により、おパンツを見せてくれるのを待った。

 その手が、みずからスカートをまくっていくのを待った。


「もっと違うふうにきてくれれば……」


 スカートの裾に手を掛けた手を、一旦止めて、咲子(にこ)はなにかを言った。


「……?」


 イッセーは顔を上げた。

 早く見せて欲しいという気持ちが顔に表れてしまっていたかもしれない。

 自分の感情をコントロールできないなど、天才であるイッセーにとっては滅多にないことだが……。


 だが、それがいい。


 おパンツ! おパンツ! おパンツ!


 咲子(にこ)の手が、スカートをめくりあげる。


「……おおっ!」


 思わず声が洩れた。


「……この、ヘンタイ」


 咲子(にこ)の目が冷たく見下ろしてくる。


「……はふう」


 イッセーは満足しきって、床にへたりこんだ。


「……で? おべんと食べんの? どうすんの?」


 咲子(にこ)が聞く。イッセーは答えた。


「うむ。食べよう」


 階段の踊り場で、二人で昼食をもそもそと食べた。


    ◇


 学校帰りに駅前の書店に立ち寄ることは、イッセーの日課となっていた。

 駅まではほかの生徒たちのように徒歩で移動する。


 黒塗りのリムジンがそろそろと徐行してくっついてくるのを、ほぼ無視するように歩き、書店の自動ドアを慣れた足取りで入ってゆく。


「あっ……! いらっしゃいませー!」


 本の棚の整理をしていた店員――松浦詩織が、イッセーを見て、弾んだ声と笑顔を投げかけてくる。


「今日はなんの本ですか?」


 常連であるイッセーは、いつも大量に本を買っている。

 天才であるイッセーは、本など、一〇秒もあれば内容をすべて丸暗記してしまえるのだが、この店では覚え終わった本も、きちんと購入することにしている。


「いや。今日の用事は本ではない」

「えっ……?」


 詩織は、どきりと胸を高鳴らせた。


 まさかデートのお誘い……? などと、妄想に近い思考が駆け巡る。放っておくと、いつものようにぐるぐると回り続けてしまうので、顔をぱしんとはたいて、詩織は、みずからを正気に戻した。


「え……、ええと……、それでは、な、なんでしょう?」

「詩織。パンツを見せてくれ」

「……は?」


 詩織は、しばらく固まっていた。

 やがて再起動すると、先ほどまでとはうってかわった表情をイッセーに向ける。


 眼鏡の位置をついっと直して、レンズの下から、冷たい目がイッセーをとらえる。


「またですか」

「そうだ」

「なぜですか」

「今日はパンツ日和だからだ」


「……はぁ」


 詩織は、長い長いため息をついた。


「イッセーさんが、たまにおかしくなるのは知っていますが」

「いや。おかしくはなっていない。余はパンツが見たいだけだ」


 しばらくの間があって――詩織は、再び、長い長いため息をついた。


「はぁ……」


 ――なんでこんな人、好きになってしまったんでしょう?


 詩織は自問自答するが、答えなど、あるはずがない。


 イッセーは目をキラキラと輝かせて、早くも中腰の視線になっている。

 期待されている。待たれている。

 ああもうどうしよう。


「他の人には言わないほうがいいですよ。軽蔑程度で済ませてくれるのは、私くらいなものでしょうから」


 詩織は軽蔑のまなざしをイッセーに投げ落とした。


 入口からは見えない位置で二人でこもる。本棚に身を隠すように、詩織はジーンズを下ろしてくれた。


 イッセーは、本日三度目の「満足」を得た。


    ◇


「戻ったぞ」

「お帰りなさいませ。お坊ちゃま」


 屋敷に帰ると、ちとせが出迎えて深々と礼をする。

 カバンを預け、ちとせの手によって上着を取り去られる。


 そして、ちとせの淹れた紅茶がテーブルの上で湯気を立てている。


「今日は一日、どうでしたか」


 ふと、ちとせが、そんなことを聞いてきた。

 なぜそんなことを聞くのだろう?


 だがイッセーの答えは決まっている。


「ごく平均的な一日だったな」

「そうですか」


 ぷいっと、拗ねたような顔でそっぽを向いたちとせに、イッセーは首を傾げた。

 天才にも、わからないことはある。

4/2(火)の更新はお休みで、次回は4/9(火)になります。

巫女さん編、はじまります。

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