外伝『夢現の 四神』
――― …
目を開いた時、俺は…。
教会にいた。
「… … …」
どうやら礼拝堂のベンチで一寝入りしていたらしい。夢の中で、寝た。
ここ何日か、忙しかったからな…。ムゲンセカイでは痛みはそれほど感じないが、疲れだけはリアルに残る仕様らしい。
現実での疲れと夢の中の疲れはリンクせず、目覚めた時には身体に疲労感はないのだが… それでも精神的な疲労だけは拭えない。
俺は背伸びをして、ぼんやりとステンドグラスを眺めていた。
… すると突然、後頭部に鈍く軽い衝撃が走った。
その衝撃に俺は振り返ると …。
「… あ」
「なにが『あ』じゃ。 …また昼寝しておったな。経典の勉強は終わったのか」
「… … … すいません、寝てました。先生」
「寝ぼけおって。誰が先生か。司祭じゃ司祭」
… そうだった。安田先生じゃなくて、ここではキオ司祭だった。…未だにそれに慣れないな。
… 昼寝なんかしてる場合じゃないな。
あと二日で、このムークラウドの街で、イシエルの言っていた『イベント』が始まるのだから…。
それは『ムゲンセカイ』に入って間もなく。
ゴブリン軍団の襲撃まであと二日となった、教会での日常の一コマ。
俺は教会の手伝いをしながら、俺の就いているジョブ…『僧侶』の本質を学ぶため、教会の経典を学ぼうとしていた。
――― …
「それで、どこまで経典を理解出来たかの、マコト」
「…俺は活字が死ぬほど苦手って事を理解しました」
「… お主、本当にそれで僧侶を名乗っているのか…」
キオ司祭は教壇で頭を抱えた。 一方の俺はベンチに座り、一段上のキオ司祭を見ながら、経典を開いている。
… まるで現実世界の国語の授業そのもので、嫌気がさす。夢の中でまで安田の授業を受ける事になるとは…。 この数日後にあるイベントのためのレベル上げだから仕方ないとはいえ…。
レベル上げの内容は、主に教会の掃除や信者の世話。そしてそれ以外に、自分の就いているジョブ… 『僧侶』の理解を深める行為も、含まれているらしい。
それは、この教会で祀っている『神』について知る事。
キオ司祭から経典をすべて理解しろと言われて渡された本には、日本語でびっしりとこの教会の宗教の事が書いてあった。
ファンタジーな世界だからてっきり古代文字や象形文字で書かれているかと思ったけれど… しっかりと日本語だった。そういうところはゲームとしてしっかりしているらしい。
だが、あまりにも膨大な量の活字で埋め尽くされたその本は俺の中に潜む睡魔を呼び起こし、俺はいつしか夢の中で夢に落ちていた。
… そして、今に至るというわけだ。
「仕方ない。本が無理なら言葉で説明してやろう。ざっくりとな」
「… ありがとうございます。お願いします。」
眼鏡をかけて教壇で経典を開く先生に、俺はベンチから立ち上がり一礼し…着席する。
まずい。本格的に国語の授業だ。
再び飛び出そうとする睡魔を、俺は必死に自分の中に抑え込む。
「この世界の全ては、光の恩恵を受けておる」
「地は光を受け緑を生み、緑は風を生み出す。そして地と緑からは水が誕生し、炎は光と共に共存する…。つまり太陽… そこに神がおられると考えておる」
「光の神 『エルフィール』。まずこれがこの教会で祀っている最高神。太陽を象徴し、万物を生み出す『光』を司っておる」
「… エルフィール、ね…」
天照大神とかその辺りの考えをこのゲームの中でも影響して作られたのかな…。
教会のステンドグラスの最上部には、金の髪を揺らめかす白衣の女神が描かれている。あれがエルフィールらしい。
そしてその下には、赤、青、緑、黄土の4色の人物も描かれていた。
「そしてエルフィールの下には『四神』。エルフィールの光の恩恵を受け、この世界を構築する四つの要素を司る神々がおる」
「炎を司る神 『フレアリス』」
「水を司る神 『レイリーン』」
「風を司る神 『ウィンディル』」
「地を司る神 『アースリア』」
「エルフィールから受けた恩恵を我々に与え、人と共に共存する四人の神々。ワシらの仕事は、エルフィールに、そして四神に感謝し、共に生きる誓いをする事にあるのじゃ」
「… はー」
なんか… いかにもRPG的だな。
最高神の下の四人の神。炎と水と風と土。いかにもな感じだな…。
「せんせ… じゃなかった、キオ司祭。 司祭も僧侶も、その力を借りて戦う事が出来るって事ですか?」
「うむ。神の恩恵を受ける我々は、その恩恵の証として、その力をお借りし『魔法』を使う事が出来る」
「この世界の万物は、四神から生み出されたものじゃ。『魔力』とてエルフィールと四神から生み出され、そして万物に流れている」
「その魔力を『利用する』のが魔法使い。『拝借する』のが僧侶。そう思っていいじゃろう」
「とはいえ、魔法使いの連中に信仰心なぞないがの。あくまで魔力は地に溢れる元素程度にしか考えておらんじゃろう」
「ふーむ…」
俺のレベルは徐々に上がり、魔法も結構覚えてきた。それらが神から力を借りる、という事に繋がるのか。有難い話だ。
キオ司祭は、更に続けた。
「僧侶が借りる神の力は、ほんのごく僅かに過ぎん」
「ワシのような『司祭』はより強力な魔法を扱う事が出来る。言い方は悪いが、借りる『限度額』が上がるという事になるかの」
…借金みたいだな。本当に嫌な例えだ」
「そして… 借りる、というより、神と一体になる方法も存在する」
「一体になる?」
「神から受ける『神託』を使いこなす使い手じゃ。司祭のように強力な魔法が使えるようになるというより、『神域』という神の結界を張り、その神の恩恵を受けながら仲間と共に戦う職種」
「すなわち神の聖域の中で神と一体になり、その力を使うのが神託の使い手というワケじゃの」
「… ほー」
なんだかそっちの方が面白そうだな。
結界を自在に張って、その中で四つの魔法を使いこなす… なんとなくだけど、良さそうだ。
「どうすればオラクルマスターになれるんですか?」
「信心を高めていく事じゃな。教会の掃除。信者の方々の世話。施し。料理。洗濯。勉強。一つとして手を抜くでないぞ」
「… それ、単なるお手伝いさんじゃないんですか?」
「前にも言ったじゃろ。教会の質を上げることが、僧侶としての力を得ることじゃと」
「人々を助けることは神の手助けをするという事。人々の感謝は神々への感謝。そして信仰が我々を強くする」
「というワケじゃ。さ、とにかく経典を読み込む事」
「… 結局、そうなるんですね…」
信心を高める、ねぇ。
でも結局教会の手伝いをする事がレベル上げに繋がっているんだし、あながち間違っている話でもない…のか?
キオ司祭は授業を終え、教会から出ていった。
とにかく経典を読め、と俺に告げて。
… 神託の使い手か。
レベルが上がっていけば、そういう魔法も使えるようになる…のかな?
俺は少しだけ期待をしながら経典を開き…。
10分もしないうちに、再び夢の中で眠りについた。
――― …