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六十八話『その後の はなし』


――― …


「… … …」

「トドメを刺せよ、名雲」


書斎の床を、本棚を、爆風で散乱させた。

爆発により柊自身にもダメージは入っているだろうが… 致命傷ではない。一発の魔法でHPをすべて削れるようなレベル差ではなかった。


だが、勝負は決した。それは柊も、そして俺自身も感じている。


「… アンタを殺せというのか?」


「そうするのが当たり前だろう。お前の中では、僕はこの街(ムークラウド)を恐怖で支配していた首謀者なのだからな」

「覚悟はしていた。だからこそ、戦いを挑んだ。… そして、僕は負けた」

「トドメを刺せ。… 名雲」


「… … …」


俺は瓦礫に埋もれるように身体を倒している柊の攻撃に警戒して前に出していた杖を… 引いて、地面につけた。


「… 殺さないというのか」


「プレイヤー同士で殺し合ってどうするんだよ生徒会長。俺もアンタも、目的は同じはずだろ?」

「魔王を倒す。俺は人から情報を得て、人との出会いで自分を強くしていって、それで魔王を倒そうと思っていた」

「でも柊生徒会長。アンタは、人を支配して、その支配力で自分を強くして、魔王に挑もうと思ってた」


「… それが正しくないと説教でも垂れるつもりか。名雲」


睨みつける柊に、俺は首を横に振った。


「分からない。俺は自分の考えでしか動けないし… 生徒会長。アンタだって、きっとそうなんだろう。いいや、そうでない人間なんて… いないよな」


「… … …」


柊宗司は俺の言葉に俯き、肩を震わせて… 僅かに笑い声を漏らしていた。


「… ククク… そうだ、名雲真」

「このセカイに… いいや、現実だろうが夢現世界だろうが、『正義』なんてものは存在しない。 あるのは『大義』だけだ」

「国家。政治。戦争。 …もっと小さな事でいえば、仕事、夫婦、友人…。 全ての間柄で起きる争いに、『どちらが正しいか』は存在しない」

「例え法律や道徳がどちらが正しいと決めつけていても、それは変わらない。そんなものは後付けの、都合のいい正義の押し付けだ。重要なのは何かを成し遂げようとする大義だけ…」

「自分が正しいと思った事を、行動する。それが人間として当たり前の活動であり… 生きていく意味だ。それすらしない人間は人間である必要性がない」

「僕達には無限の可能性を持つ宇宙… 脳が、意志が存在する。人間として生まれたからには、それを駆使し、自分の確固たる意志の元に行動しなくてはならない」

「そして僕の意志(ちから)は… 名雲、貴様に敗れた。 ただ単に、それだけの話だ。僕とお前の考えに、どちらが正しいかなんて枠組みは… 存在しない」


「… … …」


このゲームを、プレイしている、プレイヤー。

俺は、学校の生徒達を守るために行動している。そのために魔王を倒し、このゲームを終わらせる。

柊生徒会長は、このゲームの力を使い人々を自分の手中に収めるために、行動している。そのために魔王を倒し、生徒達やムゲンモブから絶大な信頼を得るため… この街を支配し、圧倒的な力を手に入れようとしていた。


俺は、俺しか正しいとは見てとれない。


でも、柊は、柊しか正しいとは見てとれない。


重要なのは、魔王を倒そうとする目的だけだ。そこに手段なんてものは、本来関係ないのだ。だから…どちらが正しいという指標すら、このゲームには存在しない。


俺達には、このセカイが存在する意味すら、掴めていないのだから。

俺は人を守るため。柊は人を得るため。ただただ、己の大義のために、行動している。


「… そして俺達は戦って、俺は勝った… か」


「僕を仕留めなくていいのか?いずれお前の隙を狙って、殺しにかかるかもしれないんだぞ?」


「… … …」


俺は再び首を横に振る。


「俺がそうやって死んだ時は、アンタが勝った、ってだけの話だ。…俺はアンタを、殺したくない」

「甘いのは分かってるよ。でも… 魔王を倒そうとしているのは柊生徒会長も一緒なんだ」

「多分俺達、分かり合えないと思うけど… でもアンタの事を憎いなんて、これっぽっちも思わないし」

「第一、俺より多分、生徒会長の方が頭いいし、レベル上がればアンタの方が強いと思うからさ。…俺が寝首かかれて死んだら、アンタが魔王を倒せばいいと思う」


「… … … 名雲…」


「… でも、今は、俺がこの勝負に勝った。 だから… 俺は、俺の信じる道を、進ませてもらう」

「ムゲンセカイを歩いて、人々と出会って、力を得ていって… 魔王の情報を集めて、いつしか倒そうと思う」

「すごくモヤモヤしてる道だと思うけど… 俺はこのゲームに生きている生徒も、ゲームのキャラ達も… 全部、出来れば普通に生活して、幸せに生きてほしいんだ」

「多分生徒会長のやり方の方が効率いいと思うけど… 俺は、俺の信じる道でいく」

「だから… ムークラウドをまた支配しようとしたら、また俺はアンタを倒しにくるよ」


「… … … ハハハハ…」


柊宗司は乾いた笑いを俺に向けた。


「名雲真。いつか僕は… お前に勝ってやる」

「勝負にではない。魔王を倒し、このゲームの『王』に僕は君臨する。…その勝負に、必ずな…!」

「… だから、今は負けておいてやる。どうせお前の能力に、僕の死霊術の速さは、現状では敵わないのだからな」

「だが… いつか僕は… 必ずお前を… 倒す…!!」


「… 覚えておくよ。生徒会長」




「… 竹川先輩…」


「… … …」


虎王撃を喰らって本棚の残骸に埋もれて倒れている竹川先輩に敬一郎は近づき、その身体を起こそうと手を差し伸べた。

だが、竹川先輩は敬一郎の手は取らなかった。


埃まみれの長く伸びた髪で目元を隠し、ゆっくり…静かに語り始める。


「… 俺は…」

「罪滅ぼしがしたかった。…人を殺した、その罪滅ぼしが…」


「… 冴木勇馬の、事ですか?」


敬一郎の言葉に、先輩は静かに頷いた。


数日前の、あの日。

闘技場で行われたPvPに参加した竹川先輩は… 意図せずとも、冴木勇馬という人間の命を、奪った。


あのイベントは、単なるこのゲームの残虐性を示す、罠。

不幸にもその罠に最初にかかってしまった冴木勇馬と竹川将太。そして竹川先輩は勝利し… 命を繋いだ。


だが、それは幸運ではなかった。俺達が考えるよりずっと不幸な道を、先輩は歩んできたのだ。


「… あの日から俺は、ずっと見えない声に苛まれていた」

「人を殺した。この俺が。自分がずっと生き甲斐にしてきた、弓道という武器で。…人を… 学校の、生徒を…」


「… それは、イシエルが…」


敬一郎の言葉に先輩は首を横に振る。


「それでも… 事実は消えない。例えイシエルが仕組んだ罠だったと自分の心に嘘をついても…事実だけはどうしても、拭えないんだ」

「俺は血のついた弓矢の穢れをずっと拭うため…必死だった。だがそれでも… 血は、永遠に落ちない。俺が人を殺したという、罪の血痕は… 永遠に…」


「… … …」


竹川先輩の言葉に、敬一郎はかける言葉が見つからなくなってしまい、ただただ悔しそうに拳を握りしめた。

このゲームに対して、イシエルに対して… そして、自分に対して。敬一郎は、どうにも出来ない自分を心底恨んでいた。


「… 俺がこのゲームを続けたのは、お前達と同じだ。このゲームに巻き込まれた生徒達を助けることが、俺の唯一出来る罪滅ぼしだと…」

「柊には、そんな事を思っている時に、ゲームの中で出会った。俺達は互いにクエストを見つけ、クリアし… やがて『覚醒の宝石』を手に入れた」


… 俺と同じように、柊生徒会長も竹川先輩も、クエストを発見していったのだ。そしてここまで強力な能力を手に入れ、覚醒の宝石の使い方も理解して…。

俺はたまたま2人より効率よく最初からレベル上げが出来ていたから、今回は勝てたものの… このままもう少し日が進んでいたら、この2人の方が俺達より、強くなっていたかもしれない。


竹川先輩は続けた。


「柊の考えに、俺も賛同をした。どんな手を使ってでも魔王を倒すという考えであれば… この街を拠点に軍備を拡大していったほうが効率がいいと考えたからだ」

「だが… それは結局、俺が俺自身の罪の意識を単に薄めようと奔走しているに過ぎなかった。何かにのめり込んでいなければ… 気が狂いそうだったんだ」

「人の命を奪ったという事は… 俺にはあまりに重く、辛い事実だった」

「どれだけレベルを上げても。どれだけクエストをこなしても。どれだけ強くなっても。 …俺の頭には常に不安感と恐怖心がずっと蠢いて… 俺を殺そうとしていたんだ」


「… … …」


人を、殺す。

意図せずそうしてしまった人の意識は、どれだけ苦しくなるものなのだろう。俺には想像が出来ないほど過酷で、残酷に心を苛む… あまりにも絶望的な、罪悪感。


竹川先輩は、その罪悪感で柊に協力していただけだったのか。


「… 浅岡。… 俺はもう、疲れた」


「…先輩…?」


「本当ならお前達に協力して魔王討伐に協力すべきなんだろうが… 俺はもう、限界だ」

「罪の意識にこの数日間、耐えてきた。そしてこうしてお前達に負けて… 初めてその意識から、少しだけ解放された気がするよ」

「… 有難う。これで少しは… 怖くなくなった」


「先輩、何を…?」


「… … … 生き残れよ。名雲。浅岡。長谷川。 …このゲームを、終わらせてくれ」

「俺は――― 一足先に、帰るからな」


「… … …」



「…ッ!? や… やめろォォォッ!!!」


止める暇もなかった。


懐に隠し持っていたナイフを… 竹川先輩は、自分の喉元に、突き刺した。


何度も、何度も、何度も。


血こそ噴き出ないが、致命的なそのダメージは竹川先輩のHPをどんどん削っていく。


… そして。


俺が駆け出し、回復魔法を竹川先輩にかけようとした時には、もう…。



竹川先輩の身体は、光に包まれて… 消滅していた。



「… … … アンタが… アンタが、生き残れって、言ったんじゃねェか…!」

「生きてりゃ…命さえあれば、なんでも出来るはずだろ…!? なんで自分を…!そんな風に傷つける事しか、できねェんだよ…!ちょっとは自分の事、考えろよ…!!!」

「チクショウ… チクショオオオオオオオーーーーッ!!!!」



敬一郎の絶叫が、書斎に空しく響き渡る。


――― …


こうして、ムークラウドの異変は、幕を閉じた。


このゲームでの、初めての… プレイヤー同士の、戦い。

俺にとってそれは、エゴのぶつかり合いで、意志と意志の決闘でもあった。


俺は勝利し、自分の決意を貫き通す権利を勝ち取る事が出来た。


だが…。


それが、本当に正しいことなのかは、分からない。


このゲームの思い通り、魔王を倒す事は… 果たして本当に、正しい行いなのだろうか。


竹川先輩の死を見届けた俺に… 意志を貫き通す事は、出来るのだろうか。柊に従う事こそが、正しいことなのではないのか。



窓から、朝日が差し込んだ。



瘴気の晴れたムークラウドには、久々に差し込む… セカイの始まりを告げる、朝日の光。


その光の方を… 俺達はただただ、見つめていた。


――― …


五章終了です。

お読みいただき有り難うございました!

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