六十六話『絶望と かくせい』
――― …
「… ぐ、ッ…!」
敬一郎は倒れ込みながら右手を前に出し、自分のステータスを表示した。
【HP 44/98】
「クソ… 半分以上、削られてる…!」
「敬一郎! … 回復…!」
俺は倒れている敬一郎に駆け寄り、魔法で回復をした。
「デブセンパイ…!無茶しないでください!!」
悠希もそこへ駆け寄り、俺達は対峙する。
忍者【ランクC】…レベル17 長谷川悠希
武闘家【ランクC】…レベル14 浅岡敬一郎
そして俺… 僧侶【ランクC】…レベル27 名雲真
一方の相手は…。
「 観察…!」
俺は魔法で相手のステータスを覗き見る。
「…ククク… 見てみろよ、名雲…。そして絶望しろ…」
「お前のレベルがどれだけ上だろうと… 『上位職』には勝てない事に…絶望するんだよ…!」
「…!」
ルークデュラハン… レベル10。それが、二体…。
狙撃手【ランクB】… レベル18 竹川将太
死霊術師【ランクB】… レベル22 柊宗司。
相手よりレベルが上回っているのは、サポートジョブの俺だけ…!そして相手のジョブは、俺達より一段上の、『上位職』…!
アンデッド系の魔物を生み出し、意のままに操る事ができる 死霊術師。
矢を反射させ、あらゆる軌道から攻撃を仕掛ける事ができる 狙撃手。
…【ランクB】から手に入る… 固有能力…!
「… 確かに… 絶望的だな…!」
敬一郎は冷や汗を腕で拭いながら、必死に余裕を作って笑みを浮かべた。
余裕を作らなければ… 恐怖で動けないからだ。
俺達は、こいつらを倒さなければいけない。この街の瘴気を、晴らすために。
だが… レベル以上に絶望的な、圧倒的に強い 【ランクB】の力…!
柊と竹川は、余裕があるのか、こちらに積極的に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
逆に… こちらから攻撃を仕掛ければ今は動きを止めているルークデュラハンも含めて、一斉に迎撃されるだろう。
…そうなれば、終わる…!
今は、糸口を見つけなければ…。
この状況をどうにか打開する、糸口を…!
俺は柊に向け、質問をぶつける。
「レベルは俺の方が上なのに… どうして、ランクBに…!?」
職業ランクを上げる方法など、イシエルは教えていない。つまりは、自分たちで探せという事だ。
…柊宗司と竹川将太は、その方法を見つけたのだ。そして身に着け… 使いこなしている。
…どうやって…!
しかしその質問に、柊宗司は鼻で笑った。
「…冥途の土産、とでも言うと思ったか?」
「僕の目的は決まってるんだよ。英雄となったお前達の絶望の表情をたっぷりと観察し… そして、打ち滅ぼす。そしてこの街の希望を…全て消す」
「希望が消えた街に残るのは… 希望を求める、願望だ。ムークラウドの住民たちは強大な力を持った俺達を頼り… 絶大な信頼を寄せるしか、なくなる」
「俺は魔王討伐の唯一の希望となり… そして俺は人を、セカイを手に入れる…!!」
「油断はしない。万が一にでも名雲… お前をランクBには、させない…!!」
舌なめずりをして気味の悪い笑みを浮かべた柊は、杖を俺達に再度向けた。
「やれェ!!ルークデュラハン!!竹川ァ!! この街の希望を、残らず排除するんだァッ!!」
「!!!」
ルークデュラハンの鉄球がまた、俺達に向かってくる!
「 速度強化の術 ッ!!」
「! はァッ!!」
素早さを上乗せした俺達三人は、それを避ける。
悠希はそれを避けながら、攻撃に転じる!
「クナイ精製!! やああッ!!」
手に出現させたクナイを、ルークデュラハンに向けて正確に二本、投擲する。刺さりさえすれば、『爆裂クナイ』であの魔物を倒せる…!
しかし…。
クナイは突き刺さらない。デュラハンの来ている堅い騎士の鎧は、クナイをはじき返した。
「…! そんな…!?」
「ハハハハ!!長谷川ァ!! お前のリーチのある攻撃は予想済みだ!!残念ながらルークデュラハンには物理攻撃は不利だぞォ!?」
柊はその行動を予想していたようで、高笑いした。
ならば…!
俺は杖を天に上げながら、相手に向かって前進していく!
「 光の …!!」
「名雲ォ!! お前の攻撃もなァァ!!」
柊が、叫ぶ。
そしてその瞬間… 俺に向けて、竹川が… 弓矢を構えた!
「 剛力の一撃 ――― !」
地面に『跳弾』して迫る、竹川の必殺の一撃が… 一瞬で、俺の腹部に迫る。
「 !! おご、ッ… !!」
腹に突き刺さる、矢。
痛みより先にくる、衝撃。
俺の身体は跳ね返るように空中に上がり… 地面にたたき落とされた。
「!! センパイ!!」
悠希の悲痛な叫びが聞こえた。
「ぐ…!!」
地面に倒れた俺の上を、柊の言葉が飛ぶ。
「あのイベントを見ていた僕に、お前達の攻撃は全て見切られているんだよ…!」
「ルークデュラハンと竹川の遠距離攻撃に対抗できるのは、名雲の光の聖矢と長谷川のクナイ攻撃…!逆に言えばそれさえ防げば、お前達は僕に近づくことすらできないんだよ!!」
「クナイはルークデュラハンには通じない!チャージが必要な光の聖矢は竹川の弓矢で封じる!!」
「さあどうする名雲…! 盤面はお前達の絶対的不利だぞォ…!! ハハハハハ!!」
「… !!」
対抗、できない…!!
ランクCの俺達では、ランクBには…!!
絶対的不利。 今まで、どんなゲームをやっても… 勝利の糸口だけは掴んで、攻略してきた。
だが、この状況では…!!
「… クソ…!!」
怒り。悲しみ。そして… 絶望。
俺は倒れたまま地面に拳を叩き付けて、悔しさの感情を怒りに乗せてぶつけた。
…その時。
「 ――― 何…!?」
柊の驚愕の声が聞こえた。
その声は…。
俺の懐から転げ落ちた、『覚醒の宝石』を見て、上げられた。
「 …覚醒の宝石…!? お前… 既に持っていたと、いうのか…!?」
柊の動揺。
「 ――― !!! 」
そして俺は、その言葉から全てを悟る。
「その石を持つ者は、文字通り新たな力へ覚醒する力を手に入れる事が出来る」
キオ司祭の言葉が脳裏を過った。
「聞きかじった話によると、この石はニンゲンがその使い道を知るという事が分かった。…噂じゃがの。何やら、大いなる力を得るための『鍵』になる宝石であると…」
人間にのみ、使えることのできる力。獣人の長老の言葉。
「一つの鍵。その石は、使う者を選ぶ。選ばれていない者が使っても、その恩恵は受けられん。選ばれた者が使ってこそ、覚醒の力を得ることが出来る」
「二つの鍵。その石は…いわば、大いなる力の『牢屋』に過ぎん。重要なのはその内側に秘められた莫大な『力』じゃ。それを解放してこそ、覚醒の時が生まれる…」
再び、キオ司祭の言葉を思い出した。
――― …。
「繋がった」
――― 覚醒。 人間にのみ使える力。 大いなる力への鍵。 それを閉じ込めた牢屋。
そして… 【 ランクB 】。
ゲームキャラである獣人の長老から渡された、覚醒の宝石。
そして目の前に、ランクCからBに上がったプレイヤーが2人。柊はこの石を見て、明らかに動揺していた。
つまり… この石こそが、覚醒 … ランクアップの…!
「竹内ィッ!! 名雲を石から離せェ!!万が一にもそいつを使わせるなァ!!」
柊の絶叫が聞こえた。
「!! 剛力の 一撃 !!」
瞬時に竹内の強力な弓矢の一撃が、俺に目掛けて放たれる。
――― これは、賭けだ。
この宝石は、覚醒のための力を閉じ込めた、牢屋。
もしコレに秘められた力を解放するのであれば――― 柊と竹内も、きっとこうしたのだ…!!
俺は、『覚醒の宝石』を。
「… な…!!」
一直線に迫りくる剛力の一撃の矢に向けて、前に突き出した。
「し… しまったァァッ!!」
矢が、宝石に当たる。
石が砕け、欠片が散らばる。
そして、石から… 光が溢れた。
眩い光。瘴気に包まれた闇の部屋を照らす、覚醒の光。
それは、俺達と柊達、全てを包み込み…。
俺は、光の先の、何処か遠い世界へ連れていかれるような感覚を覚えた。
――― …
「やあ」
「… ! イシエル!?」
そこは、白い部屋。いや… 白い、世界。
どこまでも白く、空虚な、光だけが存在する世界。
その中に俺は立ち、俺の目の前に、半透明のイシエルが飛び、俺を見据えていた。
「覚醒の間へようこそ、マコト」
「… 覚醒の、間…」
「この場所は覚醒の条件を満たした者だけが訪れることが出来る空間さ」
「おめでとうマコト。君は覚醒の資格を得る事ができた。だから」
「キミはランクCから、ランクBのジョブへの昇格をする事が出来る」
… … …。
やはり、この方法だった。
覚醒の宝石を手に入れ、そのプレイヤーが、自分の手にした石を、壊す。
それこそがランクBへの昇格の条件だったんだ。
イシエルは言葉を続けた。
「ランクBへの覚醒の道は、2つ」
「2つ…?」
「僧侶のキミへの道は」
「一つは、大いなる力を得る道。 更なる僧侶の力を得て、回復、補助、攻撃… その能力を更に特化させ、強化させていく」
「一つは、新たなる力を得る道。 神の恩恵である『神域』を使い、自在にその空間で戦う能力を得る」
… ランクBからは、2つのジョブから選択を出来るらしい。
「さあ、どうするんだい、マコト」
「キミの得る力を、選択しておくれ」
「… … …」
目の前に出た、2つのジョブのウインドウ。
俺は…。
一つのウインドウに手を触れる。
光が終わる。
目が覚める。
元の世界に、俺の身体と意識は――― 戻った。
――― …