六十五話『もう1人の てき』
――― …
瘴気に包まれ姿が見えない柊宗司が、言う。
「名雲… 貴様は知らないだろうから、教えておいてやる。【ランクB】のジョブの特性をな!」
「【ランクB】のジョブは、それぞれに一つ… 大きな『固有スキル』を獲得する事が出来る!お前達の【ランクC】のジョブとは比べものにならない程、強力なスキル… いわば『能力』だ!!」
「我が『死霊術師の能力は… ッ!!』
柊を覆っていた、紫の瘴気が消えていく。
そして瘴気の中から現れたのは、生徒会長の姿だけではなかった。
二体。
錆びついた鉄の甲冑を着た人物が、二体。
いや、それは『人物』ではなかった。
――― 頭が、存在しないのだ。
「僕の能力は、アンデッド系の魔物を召喚し、意のままに操る能力…!MPを代償に、配下を手に入れる事ができる!」
「街を徘徊していたスケルトンは最下級の召喚モンスター。それに比べて…この魔物は手ごわいぞォ…名雲…!!」
「僕はチェスが得意でね。愛着をもって、コイツを名付けさせてもらった!」
柊は、紫の瘴気を纏った杖を、俺の方に向けて、叫ぶ。
「『戦車デュラハン となァッ!!』
二体のルークデュラハンは、同時のタイミングで、武器を俺達に向けて投擲する!
ゲームでいう…モーニングスターという種類の武器。鎖で繋がれた棘のついた鉄球はルークデュラハンの手から高速で離れ… 俺達の眼前に迫る!
「…ッ!?」
「センパイ、危ないッ!!」
呆然と気を抜いていた俺を、悠希が押し倒す。
地面に突っ伏した俺と悠希の上を、棘付きの鉄球が通過していった。
「! はあッ!!」
敬一郎は持前の素早さでどうにか鉄球を避け、態勢を立て直した。
「…た、助かったよ…悠希…!」
「気をつけてください、センパイ!コイツらの攻撃… かなり速いっス…!」
… ランクBのジョブ…。柊宗司の特殊能力は、アンデッドモンスターの、召喚…!
その事実が、俺達の目の前にある。
かつて仲間だと思っていた人物が、敵として目の前に。
俺達が忌むべき存在である魔物を使役して… 俺達より上のクラスのジョブで、俺達を攻撃している―――!!
「休んでいる暇はないぞォォッ!! 浅岡!長谷川!名雲ォォッ!!」
その叫びと同時に、再びルークデュラハン二体の鉄球が… 今度は、上から、下へ。
天高く上げられた鉄球が、真っ直ぐに俺達に向かって、振り下ろされる!!
「!!」
「悠希!! 敬一郎!! 前進だ!!」
「ういっス!!」
俺達三人は、前へ駆けだす。 鉄球は俺達の背後を掠めながら、地面へ。床をぶち抜く勢いで叩き付けられた。
同時に三人は、一斉攻撃をルークデュラハンに向かってかける!!
「虎王撃ィィッ!!」
「火遁の術…ッ!!」
「おらァァッ!!」
敬一郎は拳を。悠希は印を結び、術を。俺は銀の杖をルークデュラハンに向け、叩き込む。
――― そのつもりだった。
その瞬間。
ルークデュラハンの。そして柊宗司の背後で、何かが動く。
暗闇で煌めいた『それ』を見つけた時には… 既に、遅かった…!
「 高速の 連撃 ――― 」
微かに聞こえた、その声。
まるで光のように俺達の眼前に迫ってきたのは――― 『矢』だった。
「!!!」
「うおおおッ!!?」
「きゃああああッ!!」
避ける事は出来ない。
前進をしていた俺達の身体に、矢が突き刺さる―――!!
痛みはほとんどない。 だが… 身体に突き刺さった矢の衝撃で、俺達は地面に倒れ込んでしまう。
矢は突き刺さり、すぐに消え去る。しかし、ダメージが入った感覚は確かに身体を駆け抜けた。
ルークデュラハンとの距離はあるものの… 俺達の攻撃は、失敗した。
「… クククク…」
「言ったじゃないか… 『2対3』 だと」
「俺と一緒に戦うのは、戦車デュラハンだけではないという事だよ…!」
柊が笑った。
そして、本棚の影から、その人物が現れる。
俺と敬一郎はその姿に、またしても目を疑うのだった。
「…な…!?」
「竹川、将太… 先輩…!?」
それは… このゲームが始まったばかりの時。 PvP…闘技場で戦っていた、狩人…。 弓道部の、竹川将太先輩だった。
竹川先輩は、ボサボサに伸びた髪から鋭い眼光を覗かせながら歩み出て…。
柊生徒会長の隣に、並んだ。
そして… 呟くように言う。
「… … … すまないな。名雲… と言ったか」
「俺の罪滅ぼしの為に… 犠牲になってくれ…!!」
竹川先輩は、そう言いながら弓を構え、弦を引き… 鋭く光る矢を、俺達三人に向けた…!
「罪滅ぼし…!? な、何言ってるんですか、先輩…!!」
俺の言葉に、先輩は耳を傾けない。
いつ発射されてもおかしくない態勢で止まり、俺に暗く… しかしはっきりした決意を、告げた。
「俺は、柊に協力する。 人殺しである俺の、せめてもの罪滅ぼしに… 柊と共に、理想を成し遂げる」
「その邪魔をするのなら… どうしてもお前達を、排除しなくてはならない!」
「諦めて、この街から立ち去ってくれ…。そうしないのであれば…」
「俺と柊は、お前達を… 殺す…!!」
「…!!!」
放たれた矢は、俺の目の前の床に刺さった。威嚇のつもりらしい。
何故。
どうして。
闘技場の一件… 冴木勇馬が死んだ、あの事件以来姿を消していた竹川先輩が、ここに…!?竹川先輩もゲームを続けていたのなら… どうして今頃になって…!?
そして…罪滅ぼしとは、どういう事だ?仮に冴木勇馬を殺した罪を償うのであれば、どうして柊なんかと…!?
しかしそれを質問する間もないらしい。
竹川先輩は、既に次の矢をセットして… 俺達に向けていた。
「… やってみろよ…!!」
「…!! 敬一郎…!?」
地面に倒れていた敬一郎が、立ち上がって前に一歩出る。
その目は… 怒りに満ち溢れていた。
「意味がわかんねェんだよ。人を支配するだの、罪滅ぼしだの…。俺達にはさっぱり、お前らのやろうとしてる意味も、道理も分からねェ」
「勝手な自己満足で平和な街を悪夢に変えやがって… 絶対、許さねェ…!!」
「… … …」
敬一郎の様子に、竹川先輩は怯まない。 ただただ冷酷に、弓矢を敬一郎に向け続けた。
その様子に、柊はただただ笑う。
「浅岡…。許さなければ、なんだ? ただただお前は、ここで死ぬだけだぞ?」
「やってみなきゃわかんねェだろうが…!! ランクの差がなんだっていうんだよ!お前らみたいなヤツに、絶対俺は負けねェ…!!!」
「… だ、そうだ。 竹川… 見せてやれ」
「… … … ッ」
竹川先輩の弓から… 矢が放たれる!
それは一直線に、敬一郎の眼前に――― !!
「おらァァッ!!!」
神速の拳が、矢を横から叩き――― 砕いた。
「!! け、敬一郎…!?」
「! …ほう…」
武闘家の成せる技か。 まさか自分の方に放たれた矢を見切り、拳で叩くなんて…!!
その様子に柊も少し、驚いている。
「やるなぁ、浅岡。 ランクCとはいえ、レベルはかなり上げているようだ…」
「もう終いかよ。いくらでもきやがれ。何本でも叩き落としてやるよ」
「… … …」
だが…。
竹川先輩に動揺した様子はない。
それどころか、次の矢をセットして… 今度は、その矢を天井に向けた。
「…!? な、なにをしようとしてるんスか… あの人…!!」
悠希の疑問に、柊が代わりに応えた。
「… 俺が【ランクB】のと同じように… 竹川も、【ランクB】に、進化してるんだよ…!!」
「なに…!?」
「竹川のジョブは… 『狙撃手』! 能力は… ッ!!」
「剛力の 一撃 ッ!!」
竹川先輩の弓から離れた矢は、真っ直ぐに… 書斎の、天井へ。
そして、その矢は。
まるでゴムに弾かれたように天井にバウンドし―――― 敬一郎に高速で向かっていく!!
「 ! なに…ッ!!?」
数学で見たような… 入射角と、反射角。
正確にバウンドした矢の軌道は見切れず… 敬一郎の腹に、矢が突き刺さる。
敬一郎の巨体が、地面から浮き上がり… 地面に、倒れた。
「け…」
「 敬一郎ォォォッ!!! 」
竹川の声が、書斎に静かに響いた。
「俺の能力は… あらゆる弓矢の攻撃を、正確に『跳弾』させる事が出来る」
「軌道は、全て見切れる。どんな場所だろうと… 絶対に俺の攻撃は、外さない」
「… 邪魔はするなと… 警告したはずだ ―――」
――― …