六十四話『柊 そうじ』
――― …
「生徒会長!! アンタが… アンタが、この街の異変の、元凶だっていうのかよ!?」
敬一郎が悲痛な声をあげる。
俺より、生徒会長の事はよく知っているはずの敬一郎の表情は… 今にも泣きだしそうな顔をしている。
しかし柊先輩はそれを意に介さず、笑い続ける。
「… ハハハハ!! その表情が見たかったんだよ!!」
「驚いただろう!!ムークラウドを魔物により支配していたのは、魔王の手先どころか魔族ですらない!!」
「人間の!! プレイヤーである!! この僕だったんだからねェェッ!! ハァーハハハハーーッ!!」
俺達の反応を、生徒会長はまるで喜劇でも見るかのように高笑いをして眺めていた。
柊宗司、生徒会長。
数日前、ムークラウドで行われた『イベント』に共に参加し、俺達に力を貸してくれた、『魔法使い』のプレイヤー。
ゴブリンの襲撃を監視し、持前の判断能力で俺達を動かし、街の防衛に一役買ってくれた人物… だった。
『ムゲンセカイ』が任意参加のゲームになった以上、柊先輩もこのゲームから退却した。俺はそう考えていた。
ムークラウドで何人も見かけていたプレイヤーを、あの日以来見かけることはなかったからだ。
俺達以外のプレイヤーは、このゲームから逃げられた。だから俺達がこのゲームを終わらせる。そう考えていたんだ。
しかし… そうではなかった。
柊先輩は、このゲームに、自ら参加していたのだ。
「… どうして…!? どうしてなんだよッ!!」
当然の疑問を、俺は生徒会長に投げかけた。
どうして。
どうして、このゲームを続けているんだ。
どうして、今まで姿を現さなかったんだ。
どうして、魔物であるスケルトンを操れているんだ。
… どうして、この街に、こんな真似をしているんだ…!!
俺はすべての疑問を生徒会長にぶつける。
生徒会長は、薄笑いを浮かべたままだ。
しかし、その感情の内に秘める、『思い』は… 明らかな『憎しみ』。それが感じ取れる、憎悪の笑いだった。
「… どうして、か。 … く、ククク…」
「分からないだろうな。お前らには… 僕の考えなど…。 …クククク… 当然だ…!!」
「あのイベントで、英雄になったお前らと… レベルでも、名声でも…遥か下に劣った、僕。 その気持ちなど…分かるわけもないだろう…!!」
…英雄の俺達と… 下になった、柊先輩…?
…俺はその意味を必死に考える。
俺が言う前に、敬一郎が生徒会長に言った。
「つまり… アンタは、俺達を嫉妬して、こんな真似をしたっていうのかよ!?こんな馬鹿な真似… !!」
「嫉妬などという幼稚な思考をこの僕がするとでも思うかァァァッ!!!」
柊先輩の笑みが、消えた。
代わりに現れたのは、怒りの表情。イベントの時に見た、冷静で、頼り甲斐のある先輩の表情が嘘のように… 感情を露わにした、鬼の表情になっている。
「僕が抱いているのはなァ… お前達のその浅はかな考えへの、怒りだ…!!」
「お前達は… 僕達プレイヤーが持っている、強大な力の事を考えた事があるのか…!! まして、その力をどう使おうが、このゲームの中では自由なのだということをォ…!!」
「…力…?」
生徒会長は、怒りを表に出したまま、続ける。
「現実世界では到底手に入れることができない、強大な力…!ましてこの力は、進化し、いずれこの世界に蔓延る魔物を、そして魔王を滅ぼす事もできるだろう…!!」
「逆を言えば… 僕自身が魔王になる事も出来るという事なんだよ…!!」
「… 何、言ってるんだよ…!!」
「僕が何故、生徒会長などという面倒な立場に身を置いているのかが分かるか…?」
「僕は、人を支配したいんだ。僕以外の人間を、支配する…。 それは人間としての、究極の夢なのさ…!!」
「僕以外の愚かで、愚劣で、陳腐な人間を、僕の思いのままに動かす。ある時は部下とし、ある時は召使とし… ある時は、下僕とするために…」
「しかし現実社会でそれは許されない。人間という存在である以上、法律が劣等な人間以下を、人間として無理矢理に扱ってしまうのだからなァ…」
「だが… この世界は違う…!! これは、夢のセカイなのだからなァッ!!!」
「…!!!」
この人は… いや、コイツは…。
ずっとこんな、邪悪な考えを、持っていたのか。
イベントの時に気付くべきだった。いや… 気付けなかった俺が、愚かだった。
コイツは、生徒会長という立場を、単なる支配欲のはけ口として使っていたのだ。
そして… このセカイのように、もしも自分が巨大な力を手に入れたのであれば、下々にいる人間たちを、征服しようと… その考えを、ずっと持っていたんだ。
生徒会長は、更に続けた。
「あのイベントは絶好の機会だった。俺が高台からお前達を操作し、最終局面では『魔法使い』である俺がロックゴーレムにトドメを刺し、英雄としてこの街に君臨する」
「そこから僕は人々の信頼を集め… 支配していく予定だったんだ。魔王を倒すという大義名分において、このセカイに頼れるのは僕しかいない。僕こそが、勇者であると…!」
「やがて僕は『王』としてこの世界に君臨し、人間を掌握するはずだった!! この力を進化させさえすれば… 人々の絶対的な信頼は、この僕に向けられる!!」
「そうまでして… そうまでして、英雄になりたいのかよ!?」
吐き捨てるように敬一郎が言った。
「貴様らは違うと言うのかァァッ!!!」
絶叫にも似た、生徒会長の怒りの声が書斎に響く。
「人を人が支配する!それは現実社会での当然の構図!それにより世界は成り立っている!」
「人とは元来、人を支配し、意のままの操りたい欲求を持っているのだ!そしてこの夢の世界は、それを包み隠す必要はない!」
「英雄として崇められる事も! 魔王として恐怖で人を支配する事も! 人を操る事には変わりはない…!」
「人を支配する! この世界にいる魔王も、倒す! そして僕は『王』となり… この世界の頂点に、君臨するのだ!!!」
「僕はこのゲームで『人間』を手に入れるッ!! そのためには… どんな事だってしてやるさ…!!」
「… … …」
人を支配したがるのは、人として当然の欲求。
それを否定しきれない俺がいる事も、また事実だ。
イベントを終わらせ、英雄として崇められた俺は… 気分が高揚し、浮かれていた。
それは今まで感じた事のない、人々が俺を『信頼』し『崇めている』事の、証。それはかつてない… 幸福だった。
… だけど…!
「それは違うというのか…! 名雲…!!」
「…!!」
「だからお前らを倒すと決めたんだ…! 所詮、綺麗事で自分の感情を隠そうとする、お前らとは… 決して相容れないとな」
「英雄になるのも魔王になるのも同じ事だというのが分からないか…!? お前は学園の900人の生徒を救いたいんじゃないんだよ」
「学園を救ったという『自分』を、作りたいだけなんだよォォッ!! 名雲ォォッ!!!」
「… … …」
息を、吸い込む。
決意をするために。
目の前の人物に、決意を伝えるために。
俺は深く、息を吸い込んだ。
「――― そうかもしれない」
「… あァ!?」
「俺は… 学校でどうしようもなく暗くて、目立たなくて、惨めだった俺を救うために… このゲームを続けているのかもしれない」
「… でも」
「この街で暮らしている学校の生徒達は… みんな、夢を見ているんだよ」
「… 何を言っている、名雲…!!」
「夢の中は… 自分の頭の中だけは、誰にも支配されちゃ、いけないんだ。人間の権利なんてものじゃない。一つの命として、そこだけは、汚されてはいけないんだ」
「考えて、思慮して、行動する。それは夢の中も同じで… 誰にも汚しちゃいけない、聖域だ!」
「人間は、支配されない!この街の人達を、魔物と瘴気で閉じ込めるなんて… 俺は絶対に許せない!!!」
「綺麗ごとだろうが何だろうが… 俺はこの街を!! セカイを!! 人間を救いたい!!! ただそれだけだッ!!!」
「 だから… アンタを、倒す!! 」
俺は銀の杖を、目の前に向ける。
相手は、同じ… 人間。
だが… 決して相容れない、人間。
今、この瞬間にも… 宮野さんの、安田先生の… そして大勢の生徒達や学校関係者の夢は『恐怖』で支配されているんだ。
魔王を倒すという目的は、俺も柊も… きっと、同じ。
けれど… いつになるか分からない『ソレ』を待ち望む人達を…恐怖で支配したままにするなんて。
俺は… それだけは、許せない。
だから…。
「俺は… 柊!! アンタと、戦う!」
「… … …」
柊はニヤリと笑って、肩を揺らした。
「… … … 僕も元より、そのつもりだよ。名雲…」
「僕と、お前。勝った方が…『英雄』であり、『勇者』になる。 敗者は… 消える。このセカイからも、現実世界からもな…!!」
柊も、俺に杖を向けた。
それは… 禍々しい杖。
恐らくアレこそが、この街を覆う瘴気の元凶。
濃霧のような紫の瘴気が杖から発せらせ、この書斎を、そして街を覆っているのが、分かる。
柊は薄笑いを浮かべながら、俺に、敬一郎に、悠希に言った。
「戦う前に、二つ忠告しておこう」
「闘いは… 2対3だ。僕側が2… お前達が、3」
「… いいや。それよりもっと、多くなるかな…?」
「… 何…?」
「そしてもう一つ」
「今の僕は… 『魔法使い』ではない」
… どういう、事だ?
柊は宣言するように杖を天に掲げ、言った。
「 今の僕は… 死霊術師ッ!! 【 ランク B 】 だァァッ!!! 」
瘴気が、柊を、包んだ。
――― …