六十一話『もう一度 たちあがろう』
――― …
「…!」
「これは…!」
「ど、どういうことっスか…?」
シャーナさんに手を引かれて、俺達は教会の中へ避難した。
街の異様さもそうだが、その中の光景に俺達は更に驚く事になる。
「こ、これ… 街の人が、避難しているんですか…?」
俺はシャーナさんにそう尋ねた。
シャーナさんは悲しげな表情を浮かべながら頷く。
この辺りの建物の中では、教会は最も広い建物であるといえるが… それでも、教会のベンチのほとんどに人が座っていて、床に毛布を引いて座り込む人達も多い。
男性、女性、老人、子ども… 老若男女様々な人々だが、どの人達も決して明るい雰囲気であるとは言えない。礼拝や説法を聞きに来た人々では決してなく… 明らかにここが、避難場所として使われている事は明白だった。
およそ、100人。この教会で寝泊りするのであればギリギリのキャパシティだ。
シャーナさんは近くにあったベンチに腰掛けて、俺達を見上げながら説明をしてくれる。…どうやら、かなり疲れているらしい。
「マコトさん達がこの街を発って、少ししたら急に、街がこんな風に…。骸骨の魔物が突然街に大量に現れて… それでこの辺りの住民の方々は、この教会に避難しているんです」
突然…。一体、どうして…?魔物の気配は感じなかったとルーティアさんは言っていたが… 魔物が急に街に現れるなんて、そんなチートみたいな事が起きるものなのか…?
敬一郎は辺りの住人達を見て、シャーナさんに尋ねる。
「じゃあ… ここに避難してきた人達は、みんな外のスケルトンに襲われて無事に逃げてきたって事ですか?」
その言葉に、シャーナさんは首を横に振る。
「襲われてないんです」
「え?で、でも、外にはあんなにたくさん魔物がいたじゃないっスか…」
「確かに今街中には骸骨の魔物がたくさんうろついていますけれど… この街に住んでいる人は、誰も襲われていないんです…」
「どういう…事ですか…?」
襲われていない?それじゃあ、被害者は一人もいないという事なのか?
「あの骸骨達… 単に街中をうろついているだけで、私達には一切の手出しをしないんです。だから襲われて死んだ人も、怪我をした人さえ、おそらくはいないんです」
「こちらの事には気づいていて、横を通り過ぎたりすると睨まれはするんですけれど… ただ、それだけ」
「でも…いつこちらに襲い掛かってくるかもわからないから、不安な人はこうして教会に集まっているというワケです。自宅に籠っている人達も大勢いるかと…」
「…人を襲わない、魔物…」
あのスケルトン達は人間に手出しをしないという事か。とにかく街の人達が無事だったのに俺は胸をなでおろすが…。
だとすれば尚更不気味だ。
魔物達は何故急に現れて、街を徘徊しているのか。
何故人を襲わないのか。
そして、目的は何なのか。
「シャーナさんも不安でここに避難してきているんですか?」
「それもあるのですが… 教会に避難してきた人達の食事や、ご老体の方のお世話をしに此処に来ています」
「自然災害や有事の時のために食料は確保されていますが、提供する人がいなければいけませんからね。キオ司祭だけではそんな事できませんし… こういう時には助け合いが必要かと思って、お手伝いさせてもらっています」
… … …。宮野沙也加らしい行動だな、と俺は感心する。そして、感謝をする。
避難をしている人達の中には何人か見知った顔もいる。学校の生徒のモブキャラだ。
下級生、上級生… 安田先生のように学校の先生もいるかもしれない。 その人達の面倒をボランティアで看てくれているなんて… 自分だって大変なのは変わらないだろうに。
「… ん…?」
しかし、ふと俺の中に疑問が生まれる。
俺は教会の柱時計を見た。
時計の針は… 夜の23時を示していた。
つまり、現実世界では昼の11時という事だ。
なのに… 宮野さんをはじめ、学校の関係者がこのゲームの中に大勢ログインしている。
プレイヤーはゲームクリアまで永続的にログインをしている者しか残っていないのに対し、モブキャラとして参加している生徒は、無意識に夢の中のみこのゲームの中に参加しているはずだった。
しかし…昼の11時にこんな人数が眠っている事など、有り得るのだろうか?
… … …。
それを考えるのは後にしよう。
今はとにかく、この事態を納めるのが先だ。
俺はシャーナさんに、一番聞きたい事を聞いてみる。
「… 心当たりは、あったりしますか?この街がこうなった、原因について」
「… … …」
シャーナさんは俯いて悲しそうな顔をして、呟くように応えた。
「分かっていたら、みんな、どうにかしようとしていました…」
「本当になんの前触れもなく、こうなってしまったんです。なんだか日に日に街を歩く骸骨の数も増えているような気がして、不気味で、不気味で…」
「… 被害は出ていないだけに、私達すらどうしていいか分からないんです。街はなんだか紫の靄のようなものが包んでいて、昼でも夜みたいに薄暗い日がずっと続いていて…」
「一体コレがいつまで続くのか、不安で、私達、本当に… っ…!」
両手で顔を押えるシャーナさん。…まずいことを聞いてしまった。
ワケが分からないのは、この街の住人達も同じだった。
ある日突然、骸骨の魔物が街に発生し、街中をうろつきはじめた。しかもその数が増えていく。不気味な事この上ないだろう。危害は加えないものの、こうして教会にみんな集まるのも無理はない。
俺も、敬一郎も、悠希も… 顔を見合わせた。
先に発言したのは、敬一郎。
「原因不明。危害こそ加えないが、街に大量の魔物。 …現状で分かるのはそれくらいか」
「じゃあ…とにかくスケルトン達を片っ端から倒していけばいいんスね。私達ならあっという間ですよ!」
悠希の言葉に、俺は首を横に振る。
「え… なんでっスか…?」
「一つ目に。今のところスケルトンが街の人達に全く危害を加えていない」
「逆に言えば、街の人達もスケルトンと戦わなくて済んでいるという事だ。しかし…例えば、俺達が攻撃を開始した途端、街で暴れはじめたらどうする?」
「… あ…」
悠希も気づいてくれてたらしい。…今回の場合、被害が出ていなくて緊急性がない事が、逆に作戦を難しくしている。
俺は事態の説明を続けた。
「二つ目。仮にスケルトン達が暴れはじめた場合、街にどれくらいの魔物が蔓延っているのかの見当がついていない」
「広大なムークラウドのどこに魔物達が集まっているのか、どの範囲にいるのか…全体像が分からないんだ。だから余計に、むやみやたらに攻撃を開始して戦闘状態になるのは避けなければいけない」
「… そうだな。現状では、戦うリスクはなるべく回避しておかなきゃな…」
敬一郎も俺に賛同してくれた。
…俺達の危険だけではない。暴れはじめた魔物によって街に被害が出る事だけは避けたいのだ。
…そして。
「三つ目。この事態そのものの原因が分かっていない」
「こうなった以上、何かしらの『発生源』があるはずなんだ。俺達がまずする事は、それしかないと思う」
「… 発生源。スケルトンを生み出している何かがいる、ということっスね」
「可能性だけどね。ただ数が増えている気がするというシャーナさんの意見を聞く限り… そういう事が考えられると思う」
やる事は決まった。
とにかく、情報を集めなければ。
何かしらの手掛かりでいい。この事態を詳しく知る人を探さなくては。
そう思った矢先…。
シャーナさんが手から顔を上げて、俺の方を見る。
「… マコトさん」
「え?」
「…魔王討伐の旅の、途中だったんですよね。…ごめんなさい、街がこんな事になってしまって…」
俺はその言葉に慌てる。なんで、シャーナさんが謝るんだ?
しかし、その理由をシャーナさんは説明した。
「… 謝らなければいけないんです。…本当は、マコトさんに、このムークラウドの事は気にせずに、どうか魔王討伐の旅を続けてくださいと、私達はそう言わなければいけないはずなんです」
「街を救ってくれた皆さんを、しっかり送りだして… 私達は私達で、この街を守らなければいけないんです…」
「… シャーナ、さん…」
「でも… 本当に、ごめんなさい…!」
「こんな状態で… マコトさん達を送りだす事が… どうしても、出来なくて…っ…! また、貴方たちに頼らなければいけないなんて…!本当に、申し訳なくて…っ!」
「…!」
俺がシャーナさんに近寄るより先に。
悠希が、屈んで、シャーナさんの手を取った。
その行動にシャーナさんも思わず驚く。
「何言ってるんスか!!」
「私達が魔王を倒すのは、この世界の皆を、助けて… 平和にしたいからなんです!!」
「だから、シャーナさんが謝る事なんてないんです!!」
「もっと私達を頼ってくれて、いいんです!マコトセンパイを、頼ってくれて、いいんです!! だって…」
悠希は大きく息を吸い込んで、言った。
「 私達は 戦う力を 持ってるんだから !! 」
… … …。
静寂が、教会を包む。
人々が、俺達を見る。
しかし、その表情には… 微かな希望が見えるようだった。
その希望を代表するように、シャーナさんが涙を流しながら言う。
「… お願いです」
「みなさん、もう一度… この街を 守ってくださいませんか …!」
俺達三人は、シャーナさんに力強く言った。
「「「 任せとけ !!! 」」」
その瞬間。
俺の頭に、通信が入った。
それは、カエデの声。
そしてその言葉は… 信じられないものだった。
『マコトさん! い、今すぐ… 町長の屋敷へ、来てください!』
『この街の異変の、原因が… 分かりました !! 』
――― …