五十七話『村から まちへ』
――― …
ルーティアさんの屋敷に戻った俺と執事、ベルクさん。
そしてそれを待っていたルーティアさんと敬一郎と悠希とカエデ。
6人はテーブルに、ムークラウドの見取り図を広げて作戦会議を行う事になった。
ルーティアさんが、まず俺達に説明をしてくれる。
「さっきも言ったけれど、ムークラウドの町長とアタシは面識があるしこの村とも友好的な都市だからね。協力をさせてもらうよ」
「…けれど、この村にムークラウドの異変が飛び火しないとも限らない。村の長として…申し訳ないけれどアタシは街には同行できないんだ」
「すまないけれど、その上でアンタ達に協力させてもらうよ」
俺達はそう話すルーティアさんに、頷いた。
イオットの村に危険が及ばないとも限らないのだ。ルーティアさんはここに残って正解だろう。
召喚魔法生物と戦っただけだけれど… あの実力があれば、防衛も出来る。というか… この人、多分俺と同じかそれ以上…。
そんな事を考えているうちに、敬一郎がテーブルのムークラウドの見取り図に歩み寄った。
そして、その中の『東門』を指さす。
「俺、真、悠希ちゃん、カエデちゃん、そして執事のベルクさんの5人で、ムークラウドの街に突入する」
「中がどういう状況かは分からないけれど…とにかく入ってみない事には始まらない。門を破って、強行突破する。いいな?」
俺達は敬一郎のその言葉にも頷いた。
中の状況が瘴気で見えない以上、とにかく入らない事には何も話が始まらないのだ。
そこで、俺が気になる事をルーティアさんと敬一郎に聞いた。
「移動はどうするんだ?ムークラウドの街まで徒歩だと一週間以上かかるだろ。それじゃあ時間がかかりすぎる。魔力船は使えるのか?」
俺の質問に、ベルクさんが首を横に振った。
「今、イオットの村の魔力技師さんに修理を依頼しておりますが…やはりクレーンで掴まれた部分の損傷が激しく、すぐには動けないのだとか」
「魔力船はどちらにしろ使わない方がいいと思うよ。あんなモノで空を飛んでムークラウドを目指したらあちらの高台から丸見えだ」
「仮に、あの街が占拠されていると考えて… その者に見つかる真似はしないに越した事はないと思うね。行くのなら、あくまで隠密行動。目立たないように行くんだ」
ルーティアさんがそう提案した。…隠密か。しかし、どうやって…。
今度は悠希が、俺に教えてくれた。
「ムークラウドの街は他の都市や村と資源の輸出、輸入が頻繁だったそうっス。だから、その偽装をしていくのがベストだと思うっス」
「私も頻繁にこの村の高台からムークラウドの方を見ていたけれど… あちらの方へ向かう行商や物資の輸入にくる馬車を何度も見ました。でも門が閉じられて誰もいないから、皆引き返していったっス」
…なるほど。
「つまり、行商に扮してあの街に近づくのが一番安全って事だな」
俺の答えに、ルーティアさんと悠希が頷く。
カエデは、オロオロしながらルーティアさんに尋ねる。
「へ、変装するってコトですよね。具体的には、どんな…?」
「村の馬車を貸すよ。この村で採れる野菜を積んで、行商のフリをするんだ。実際、週に一度はあの村にウチの村の野菜売りが出向いてたからね。その格好して藁の中にでも身を隠していけば大丈夫だろう」
「馬車なら、馬を飛ばせばムークラウドまで一日で行ける。移動時間の問題も、隠密行動の問題も、コレで解決だろう?」
ルーティアさんが次々と俺達に提案をしてくれた。
俺はそのルーティアさんに、頭を下げる。
「すいません、何から何まで… 恩にきります」
「お礼を言うのはこっちの方さ。ムークラウドの街の危機なら救いたいと思うのはアタシも一緒だ。けれども、さっきも言った通りアタシはこの村から動けないからね…」
「そこへアンタ達5人が来てくれた。協力できる事ならなんだってさせてもらうさ。あの街を守ってくれるっていうんだったらね」
「勿論です。絶対に… あの瘴気の謎を解き明かしてきます」
あの街の人達を救いたい。
始まりの街。俺を作ってくれた街。…俺の、学校の人達も、ムークラウドの住人も… すべてを、守りたい。
「それじゃ決まりだね。馬車は既に屋敷の外へ用意してあるよ」
「行商の婆ちゃんが快く貸してくれた。お礼はアタシから言っておくよ。執事のベルクさんが馬を引いて、ムークラウドが近づいたら後の4人は藁の中に隠れてな」
「承知しました」
ベルクさんは綺麗な姿勢で頭を下げた。
ルーティアさんはそれを満足そうに見ると、何やら大きな麻袋を持ってきて… テーブルの上の地図に、乗せる。
大きな麻袋。俺がギリギリ抱きかかえられるくらいの荷物だ。
「これ… なんですか?」
「一日はかかるからね。携帯食料と、水筒、5人分。 それと…役に立ちそうな魔法道具も幾つか入れておいた」
「説明する時間も使い方を学ぶ時間も惜しいからね。書置きしておいたから、道中に読んでおいておくれ」
「… 本当に、ありがとうございます。ルーティアさん」
俺は改めて、このイオットの村の大魔女にお礼を言った。
まだ若そうに、それこそ俺より少し年上なだけに見えるのに…ここまでしっかりと村の事と、ムークラウドの事を考えて行動してくれている。
「それじゃあ、頼んだよ。ムークラウドの事。アンタ達が力を合わせればきっと出来るからね」
「気が向いたらでいいから、事が済んだらイオットの村に報告にきておくれ。アタシは必ずこの村にいるからさ」
「はい!約束するっス! …本当に、数日間、お世話になったっス!」
悠希が少し涙ぐんでルーティアさんに近づいて頭を下げた。
「…あの」
俺達が荷物の入った袋を受け取り、屋敷から出ていこうとすると、今度は敬一郎がルーティアさんに話し掛けた。
「うん?なんだい?」
「あの… 俺、どうしてもここで匿ってもらっていて、気になっていたコトが」
「へえ、なんだい?」
敬一郎は真顔でルーティアさんに尋ねた。
「ルーティアさん。 今、何歳なんですか?」
「あ、やっぱり気になってた?」
「309。若く見えるでしょ?」
「… … …」
「ありがとうございました」
―――― …
「いやー、どうしても気になったからさぁ。聞けて良かったよ」
「こっちは冷や冷やしてたよ馬鹿。いきなり女性に年齢聞くかな普通…」
「ルーティアさんなら大丈夫だと思ったんだよ。ほら、魔女なワケだろ?ファンタジーあるあるじゃんか、魔女の年齢って。もう気にしすぎて聞きたい聞きたいってずっと頭から離れなくって…」
「はあ…」
荷馬車は、草原を進む。
無数の藁の束を縦と横に積んで、いざという時に俺達が身を隠せるように工夫が凝らしてある。
巨大な荷車部分には、大根であれば1000本は積めるくらいの大きな馬車。大型トラックの荷台くらいの大きさはありそうだ。
2頭の馬で小走りに引かれ、ムークラウドへと急ぐ。手綱を握っているのはベルクさんだ。慣れた手つきで2頭の馬を自在に操っている。
俺と敬一郎は藁の束のてっぺんに腰掛け、青空と草原の先を見ながらそんな会話をしていた。
悠希とカエデは荷車の後ろの方でなにやらガールズトークで盛り上がっていた。いつの間にかすっかり溶け込んでいる。悠希も、妹が出来たような感覚で嬉しそうだった。
「… なあ、敬一郎」
「ん?なんだ?」
「無事だと思うか。ムークラウドの…街中」
「それを今から確かめにいくんだろ。無事か、無事じゃないかは関係ない」
「真、ネガティブに考えるなよ。まだ俺達は何も分からないし、知らないんだ。とにかく今は…ムークラウドに、瘴気の謎を解き明かしに行く。それだけだろ?」
「… ああ、その通りだ」
敬一郎のこの頼りになる言葉にはいつも助けられている。だからこそ… 俺は、敬一郎と悠希とベルクさんの無事を信じて、魔力船から飛び降りる賭けに出る事が出来たんだ。
絶対にコイツがいれば、生きて再会できる。そして…現にこうして、再び出会って、会話が出来ている。
…今回だって、きっと大丈夫だ。
俺と敬一郎、悠希とカエデ。それにベルクさん。5人で行けば… きっと、ムークラウドを救える。
「頼りにしてるよ、敬一郎」
「二度と船から落ちんなよ、真」
「命がけの犠牲はもういらねーからな。…お前に救ってもらった命だ。今度はお前のためと、ムークラウドのために使わせてもらうぜ」
俺達は、クサいセリフを、少し照れながら晴天に溶かして… ムークラウドへと進んでいった。
――― …