五十四話『イオットの村の まほうつかい』
――― …
先ほどまで居た岩場から、丘を下り… 草原の中に窪地のようにへこんだ部分がある。
それに囲まれるように、イオットの村は存在した。
木の柵で周りを囲んだその村はあまり大きな村ではなく、古いレンガ造りの家々が10か20棟あるくらいの集落と言ったほうがよさそうな場所。
のどかな田舎の風景はなんとも牧歌的で、見るものを郷愁へ誘う。
「… ん?」
俺は村の外から、木の柵にくくりつけられている何かアクセサリーのようなものを見つける。
何かの紋章を象ったような、木で出来たアクセサリー。よく見ると、文字のようなものがそのアクセサリーにびっしりと書かれている。
目を凝らしてみると、湯気のような白く透明な煙が上へと無限に立ち上っていく。手に取ると仄かに暖かい。
「これは…魔力。なるほど、これがこの村が視認出来ない理由か」
村を囲む木の柵のあちこちにこのアクセサリーが取り付けてあった。これがどうやら結界の役割をしていて、魔力の低いものを寄せ付けない理由らしい。
流石は魔法使いの村、といったところか。
「カエデ、村が見える?」
「… … … 全然見えないです…」
もう村の入り口の目の前まで来ているというのに、カエデは目を細めて辺りをキョロキョロと見回していた。
さっき戦った盗賊がたどり着けないワケだ。広大な草原の中にある、この小さな村。見えなければぶつかる事すらできないだろう。
俺は柵と同じように木で出来た門に近づく。左右に開く門に鍵はかかっておらず、引っ張るだけで簡単に開いた。
「ここが入り口みたいだな。カエデ、俺のあとについてきて」
「は、はい」
俺の後ろにぴったりとカエデがくっついて、村の中へ足を踏み入れてみる。
「!!! み、見えました! スゴイ!急に目の前に、村が…! 魔法みたいです!」
結界の中に入れば、カエデにも村が視認できたらしい。魔法みたい、というが… 魔法だよ、コレ。
カエデからしてみたら急に目の前に村が出てきたようなものだから、そりゃあびっくりするだろうな。仕切りに耳を動かしながら、辺りの様子を伺っている。
村の中に、人はいなかった。
しかし家の煙突から煙があがっている様子を見るに、人の気配は感じられる。
外は冬に近い。おそらく煙突から上がっているのは暖炉とかの炎の煙。つまり家の中に人が居るという事だ。
しかし、柵に囲まれた村の中には驚くほど人がいない。
何かの露店らしいテントのような建物の店先にも人は存在しなかった。
どうやら酪農もしているらしく、牛に似た3本角の生物がムシャムシャと枯草を食べている。どうやら今しがた餌をもらったようだ。…なのに、その餌を与えた人がいない。
まるで村の人すべてが忽然と姿を消してしまったように。
「… … … 人、いないですね。なんだか怖いです」
カエデも同じ事を思っているらしい。確かに、不気味だ。
俺もカエデも、自分の武器に手をかけて辺りを警戒するように見ながら、村の中央部に歩んでいく。
本当に、ここに悠希と敬一郎は居るのだろうか?
そんな疑問を抱きはじめた時――― …
「 !!! 」
一瞬の出来事だった。
紫色のフードを目深く被った人が… 俺とカエデの目の前に、まるで瞬間移動のように現れた。
「な…ッ!?」
驚いてカタナを抜こうとするカエデの手元に、その人物の樫の大杖が素早く振り下ろされた。カタナの柄に手をかけたカエデは、それで動きを止められてしまう。
「あ…!」
「遅いね。アタシに動きを止められるようじゃ、まだまだ鍛錬不足だよ。獣人のお嬢ちゃん」
アタシ。
フードを深く被った人物は、どうやら女性らしい。背丈は俺より少し低いくらいだが… 発せられる不気味な威圧感に俺もカエデも気圧されてしまう。
その女性は、フードの中から青色の瞳をギラリと覗かせて、俺を見据えた。
「結界の中に入ってくる客人は久しぶりだ。前に来たヤツは村に来た盗賊だったが… その日のうちに始末してやった」
「炎の魔法でステーキにされるか、氷の魔法でアイスクリームにされるか。好きな方を選びな、ボク」
ボク。 …お、俺の事か。
俺はその女性の威圧に負けずに答えようとする。
「ま、待ってください。俺は盗賊じゃありません。この村に用があってきたんです」
「へえ。どんな?」
「…この村に、俺の友人が居るハズなんです。俺達はそれを尋ねにきただけです」
「… … …」
俺のその言葉に、女性は自分が被っていたフードを後ろに捲る。
金色の髪を後ろで結わっている、青眼のポニーテールの女性はにっこりと俺に微笑んだ。
…俺やカエデよりは年上。だが… 若い。こんな人が、さっきまでのただならぬ威圧感を放っていたのか。
女性はカエデの手を止めていた樫の杖をゆっくり上げると… 肩でその大きな杖を担いだ。
上目遣いにじーっと俺の方を観察しながら… ゆっくりと、後ろへ下がっていく。
そしてその女性は、言った。
「友人。 … ケーイチローと、ユウキの事だね」
「!!! や、やっぱりこの村にいるんですね!」
その事実を口にしたのを、しっかりと俺は聞いた。安堵で顔がついにやける。
だが女性は… 杖を俺の方へ構えて、笑顔のまま俺達を睨みつけていた。
「ああ。この村で匿っているよ。何日か前の話だ」
「そ、その2人に会いにきたんです。お願いです、何処にいるのか教えてください!」
「勿論だ。 …その前に、少しだけ… 試したい事があるんだ。 マコト」
! 俺の名前を…!
それに驚いている間に、女性はなにやらブツブツと言葉を口にしていた。
「――― 地と風の精霊に命ずる。地を汚す者への粛清を――― 風を妨げる者への裁きを―――」
「――― 我に力を与えよ。我にその使いを与えよ。 我が魔力を代償に、我に力を――――」
「… あれは…魔法の詠唱です! マコトさん!」
カエデが警戒をしてカタナを構えながら、慌てて俺に言う。
女性を見ると… 地面についた杖を軸に、魔法陣のような大きな紋章が、光って浮き上がっている。
魔法使いの村。 そしてコイツは… この村の、番人…!?
「――― 精霊の使い… ウイスプよ。我が敵を排除せよ。 我が名は―――」
「――― 大魔導士、ルーティアなり ―――!!!」
ルーティア。
そう自分の名を言った瞬間 その杖の先から、光弾が発射され… 俺とカエデの方へ勢いよく迫ってくる!
ドッヂボールくらいの大きさの光弾が、3つ。
よく見るとそれは単なるボールではない。
白い光の玉には瞳があり… 牙がある。それは光弾ではなく、ルーティアが召喚した、ウイスプという魔法生物だった。
ウイスプはあっという間に俺とカエデの方の眼前に近づく。
そして口を開けると… 大きな口を開く。 どうやら噛み付こうという魂胆らしい。
その光輝く牙が、俺の肩口に突き刺さろうとする瞬間―――
「 ――― 聖なる結界 ッ !! 」
ルーティアと同じように。
俺の周りにも、地面に魔法陣が展開される。
一瞬。 俺の結界から発せられる聖なる光が、3匹のウイスプを、浄化させた。
肩口に触れたウイスプの牙も、掻き消える。
「! … 光魔法…!しかも、こんな強力な結界を、一瞬で…!?」」
俺の魔法にルーティアはたじろいで、一歩後退する。
新しいスキル。思わぬところで試す事になったが… どうやらこういう場面に有効らしいな。
召喚魔法の生物に有効かどうかや、一発で仕留められるかが賭けだったが… うまくいった。
… 内心、びびって足が細かく震えているのは内緒だ。
「す、スゴイですマコトさん…!3匹同時に片付ける魔法を持っているなんて…!! さすがはマコトさんです!!!」
カエデが俺の方をまたキラキラと見つめていた。恥ずかしい。
赤面しているので俺はカエデの方をなるべく見ないようにして、ルーティアの方向に銀の杖を構えた。
「さあ、どうする、ルーティア… だっけ? 戦いを続けるか?俺達は戦うつもりはないが、どうしてもと言うのなら…!」
「… … …」
ルーティアは俯いて肩を震わせる。
それは、俺達に怯えているワケではなく…。
大笑いをするためだったらしい。
「あっはっは!! こりゃ驚いた!ユウキとケーイチローの仲間なだけはあるね! コレなら安心して2人を引き渡せるよ!」
それは、先ほどまでの殺気に満ちた魔法使いではなく… 単純に楽しそうに、そして嬉しそうに笑う、女性の顔だった。
俺もカエデも、そのルーティアの様子にポカンと口を開けて眺めていた。
そしてルーティアは、自分の後ろの家屋に向けて、大声で言った。
「ユウキ!ケーイチロー! よく分かった、出てきて構わないよ!」
「え…?」
レンガの家の木の扉が、勢いよく開く。
中から、2人の人物が飛び出て、俺に近づいてきた。
黒髪のショートカットの、小さな女の子。
小太りでドタドタと走る、男。
「センパーーイ!!」
「真ーーッ!! この野郎、無事にしてたかーーッ!!」
「あ… … …」
俺の瞳に、涙が自然と溢れた。
俺も、その2人の元へ駆け寄った。
長谷川悠希。
浅岡敬一郎。
そして俺… 名雲真は。
何日かぶりに、再会を果たしたのだった。
――― …