四十八話『イシエルと せかい』
――― …
黒鳥は、見下ろす。ただ真っ直ぐに、真の方向を。
『キミを失う事はこのセカイにとって大きな損失だからね。生き延びてくれているのが本当に嬉しいよ』
「… … …」
こちらはさっぱり嬉しくはない。強ボスにぶち当たったり空から落ちたり、何度も死にかけてるんだ。そしてそのゲームの運営は、木の上のこの鳥。
だが再びコイツに出会えたという事は、歓喜こそしないが少しは喜ぶべき事なのだろう。
このゲームの住人になってから、イシエルは一度も顔を出していない。現実という時間を人質にされて、その誘拐犯に話を聞けないというのは不安が募る一方だった。
俺はとにかく、この鳥が出てきた理由を聞いてみる事にした。
「… 今まで顔も出さなかったクセに、急にどうしたんだ?」
『無事に『クエスト』をクリアしたようだからね。その説明と、報酬の確認をしにきたのさ』
「クエスト…?」
俺が聞き返すと、イシエルは右の翼だけ大きく広げた。
そして、俺の目の前にウインドウが表示される。
【 神樹の森クエスト 『獣人の村を守れ!』 クリア 】
【 達成おめでとうございます。 クリア報酬として 経験値:1500 を取得しました 】
パッパパーパパパパー!!♪♪
【 マコトは スキルを覚えた! 】
「…1、500…!?」
レベルアップの音と共に、その圧倒的な数字に気圧されてしまう。
クエスト報酬…?しかし、クエストを受注した記憶はないぞ?どういう事だ?
その答えを、イシエルはすぐに答えた。
『ムゲンセカイの中には、こうやってキミたちプレイヤーが介入できる『クエスト』が数多に存在する。隠しクエストとでも言っておこうかな』
『例えば、街の住人の困りごと。大型の魔獣の撃退。自然災害を未然に防ぐ、など… このセカイには、それだけの『出来事』がある』
『ゲームの中だから、それが起こる事は必然。そこにプレイヤーが介入し、その運命を良い方向に変える事で、その報酬を受け取る事が出来るのさ』
「運命を、変える…」
つまりは… キラーコングを撃退した報酬という事か。
運命を、俺は変えられたのか。つまり、この場合の運命というのは…。
『カエデと言ったよね。そのハーフ獣人の女の子は、キミが介入しなければ魔物に殺されていただろうね』
「… !!!」
「… あの、マコトさん…?あの黒い鳥、どうかしたんですか?さっきからじっと見つめて話してますけど… だ、大丈夫ですか…?」
「え、声… 聞こえないのか…」
カエデやクヌギさん、モミジちゃんには、イシエルは語り掛けていないらしい。…あくまでアイツは、プレイヤーにしか話さないつもりらしいな。
それもそうか。ここにいる3人は、ゲームの中の『ムゲンモブ』。そして俺は、『プレイヤー』…。ゲームの進行に関係があるのは、あくまで俺だけだから…。
…しかし、という事は…。
『加えて、この森の中にある獣人の村はキラーコングに滅ぼされる運命だった。それを、キミが介入して防いだというワケさ』
『どうだい。これが『ムゲンセカイ』。リアルタイムで進行していくイベントを、プレイヤーのキミ達が自在に介入し、その運命を好きな方向に変える事ができる』
『現実世界では味わえない興奮だろう。…そして、この広大なセカイは、やがて魔王に全てを滅ぼされる…。 その運命をどうするかも、キミ達次第というワケさ』
俺達プレイヤーが何もしなければ、このセカイは…。
破滅する。
大きかろうと小さかろうと、魔物の脅威はセカイに蔓延っている。それにこのセカイの様々な種族の生き物が関わり… 戦っている。
そこにどう関わっていくかは、俺達次第…。
背筋に寒気が走る。
じゃあ… 俺がもし、この神樹の森に落ちなければ… カエデ達はみんな、死んでいたという事なのか… !
「… 一つ聞きたい」
『なんだい?』
「このセカイは、お前が作っているのか…?お前が魔王を作りだし、この獣人たちや人々を…滅ぼそうとしているのか…?」
俺の憎悪を向ける表情と声色に対し、イシエルはきっぱりと言った。
『違うよ』
「え… 違う…?」
『ボクはあくまでゲームマスター。このゲームの案内役。プレイヤーのみんなにこのゲームを楽しんで欲しい。その言葉に嘘偽りはない』
… 確かに、コイツが今まで俺達に嘘をついた事はない。良かろうと悪かろうと、ゲームの出来事を説明するだけの存在…。今まで、ずっとそうだった。
『多くを語るつもりはないけれどね。ボクは必要な情報だけを伝えるだけだから』
そう俺の頭の中に言って、イシエルは翼を広げた。 どうやら必要な情報は俺に伝え終えたらしい。
「ま、待て…! まだ聞きたい事が山ほど…!」
『必要な事は伝えたよ。このセカイの事。そしてその中にある出来事の事。そしてその介入と、報酬の事』
『またボクに伝えるべき事ができた時は、現れるから。聞きたい事は自分で答えを探すのが、ゲームの楽しみだからね』
『ゲームクリアは 『魔王の討伐』 。それだけが、このゲームの目的だから』
イシエルは、空に飛び立った。
神樹の森の木々を縫うように、上へ。翼をはためかせ、黒い羽を落としながら、優雅に舞っていく。
俺はその背中に叫んだ。
「悠希は…!敬一郎は! 無事なのか!?それだけ教えてくれ!! 頼む…!!」
俺の叫びに、イシエルは最後の言葉を俺の脳内に言った。
『自分で見つけてごらん』
『肉体か、死体かを』
イシエルの姿は、木々の葉に隠れて、見えなくなった。
――― …
「… … …」
膝をついて項垂れる俺の肩に、カエデがそっと手を触れた。
「… マコト、さん…」
「あの、ボク、なにがなんだか分からないです。あの黒い鳥のことも、さっきマコトさんが叫んでいたことも。…でも…」
「ボク達、マコトさんの力になりますから…!」
「… … … え …」
「ボク達を助けてくれたマコトさんの力に、なりたいんです!…お手伝い、したいんです!」
「だから、何でもいいから、話してください!ボク… 助けられるばかりじゃ、駄目だと思うんです!今度は…」
「マコトさんを、助ける番なんです!」
俺の顔を覗きこむ銀色の髪の猫耳少女は、まだ幼く、可愛らしい顔だちをしていた。
しかし、その表情は、まるで歴戦の勇者のように凛々しく、頼もしいものに変わっていた。
俺はその言葉に、思わず涙を一筋流した。
「… ッ…。 あり、がとう…!」
「大丈夫です! …お友達も、きっと…無事ですから…!」
にっこりと笑って俺を元気づけようとするカエデの後ろで、クヌギさんも微笑む。
「兎に角、キミがいなければ私達は… いや、この集落は、駄目だったかもしれない。マコトくんは、返しきれないほどの恩を私達にくれたんだ」
「長老にこの事をしっかりと伝えに帰ろう。…ニンゲンだから、なんて台詞はもう言わせない。私の意地にかけてでも説得をして、獣人全員でキミの力になるようにしよう」
「おにーちゃん、ありがとう!! アタシも、おにーちゃんのためになにか力になるからね!!」
モミジちゃんも、俺に元気にそう言ってくれた。
俺は…。
獣人たちの暖かいその様子に、笑顔のまま涙を流した。
俺… 名雲真は、僧侶としてこのゲームのセカイに生きる決意をした。
このセカイは広大で、恐ろしく… だが、そのセカイの中には、暖かい心を持った、ゲームのキャラ達が沢山存在する。
それは、もはやゲームのキャラではない。
俺達と同じように、生命を持ち、心を持った 『生き物』 なのだ。
プレイヤーとして、僧侶として俺は、このセカイを生き抜く事を誓った。
だが、生き抜くという事は… 生きるという事は、ただ単に死なない事を指すのではない。
サポートジョブだから。俺は、人を助ける力を、このセカイで手に入れた。
そして、その人達に、俺は今は助けられようとしている。
生き抜くという事は… 人を助け、そして助けられて… 強くなっていく事を意味する。それがこのセカイのルールであり、俺の役割である事を今、感じた。
この神樹の森で、沢山の命を救えた。
それが、今の俺の何よりの心の支えだった。
悠希。
敬一郎。
かけがえない親友も… きっといつか、救える。そう信じて。
――― …