四十六話『一撃を たたきこめ!』
――― …
「師匠ッ! …え…!?」
草木を掻き分け、俺とカエデは洞窟の入り口にまでたどり着いた。そこには…。
傷つき、倒れるクヌギ。
洞窟の入り口でガタガタと震えるモミジ。
そして…。
「グ、ガァアア… !! ケモノビト… !!」
巨大な、キラーコング。
体長は以前交戦したロックゴーレムよりも大きい印象がある。周りの木々が小さく見えるほどの大きさだ。
巨体をこちらに向けるだけで、地面がうねるような衝撃。
こちらに瞳を向け、その魔獣はニヤリと笑う。 鼻をひくつかせ… どうやら、自分の目標を見つけたようだ。にやりと不気味な笑みを浮かべた。
「こいつ…! き、キラーコングなのか…!?でかすぎるぞ…!」
「し、師匠…!!」
洞窟の入り口の端には、抉れたような跡がある。…こいつに、クヌギさんは吹き飛ばされたのか…!?
無理もない。剣の腕や今までの戦いの経験が活かせる相手ではない。こいつは、あまりにでかすぎる…!!
「ギィイイアアアアアーーーー!!!」
「カエデおねえちゃん、危ないっ!!」
モミジの叫び声で、カエデは我に返る。
クヌギの方へ向けていた視線を目の前の魔獣に戻し、上から振り下ろされる岩石のような拳を、バックステップで避けた。
「く、ッ…!?」
小石が飛び跳ね、土埃が舞う。上から振り下ろしただけでこの破壊力。喰らっていれば… 傷どころじゃ済まない…!!
そして、相手も速い…!
洞窟の入り口でクヌギとモミジの方に近づいていたのに、振り返ればもうすぐ俺とカエデの傍まで一瞬で移動している。
力と、スピード。そして、それを可能にする巨体と筋肉。どうやらこいつがキラーコングの親玉らしい。
「カエデッ!!マコトくんっ!!モミジを連れて逃げろ…ッ!!お前達にどうにかなる相手じゃない!! …ぐッ…!!」
クヌギさんは離れた俺達に大声で伝えると、右腕を抑える。壁に叩き付けられた衝撃で、利き手を負傷してしまっているらしい。
おまけに身体もボロボロだ。あれじゃあこの場から逃げられない…!
「師匠…!師匠はどうするんですか…!?」
「どうにかこいつを食い止める…!せめてお前達の逃げる時間稼ぎが出来れば… ッ …」
そう言って、クヌギさんは痛みに震える身体を無理矢理起こして、左手でカタナを構える。
時間稼ぎなんて話にはならない。 あんな状態でコイツと戦えば… 死ぬ…!!
「グガアアッ!!」
ボスキラーコングは、地面に振り下ろしてめり込んだ拳を引き抜き、今度は自分の後ろに引く。
まるで弓から発射される矢のように大きく後退させた拳を… 今度は俺に向け、思いきり、前に突き出した!
「な…ッ!!」
俺は巨大なパンチを、上空にジャンプして避ける。
拳は足元を掠め、車のように俺の真下を通り過ぎた。
…チャンス! 俺はボスキラーコングの腕に着地し、そこを足場にして一気に相手の額目掛けて突進した。
「うおおおおおッ!!!」
杖さえ当てられれば… ッ!!
俺は大きく上に振りかぶった銀の杖を、相手の頭に叩き付けた!!
だが…。
「ギ、ィィッ…!!」
「燃え、ない…!!」
レベルが10以上離れていなければ、この杖の特殊効果は発揮されない。杖は衝撃を与えただけで、僅かなダメージしか与えていないようだった。
そして、その僅かなダメージに大型魔獣の怒りのボルテージは更に上がったようだった。
「グガアアアアアアアーーーッ!!!」
頭についた蝿を追い払うように、ボスキラーコングは腕を無茶苦茶に振り回す!
そして、振り回された腕は俺の腹に思いきり叩き付けられる!
「ぐ、ァッ…!!」
感じる痛みはそれほどではない。しかしその衝撃は…。
俺の身体をピンポン玉のように、近くの木へ弾き飛ばした。
木に叩き付けられ、地面に俺の身体は落ちる。
「マコトさんッ!!」
「マコトくん!!」
悲痛に俺を心配するカエデとクヌギさんの声が響いた。
くそ…! 避けられなかった… やはり尋常じゃないスピードだ。
俺は追撃が来る前に、慌ててウインドウを開いてHPをチェックした。
【HP 72/103】
元の防御力が高いおかげでダメージは思ったほどではない。しかし… 3、4発大きいのを喰らえば終わってしまう!
「… 回復…!!」
俺は急いで回復魔法を自分に使い、立ち上がった。
既に眼前にまでキラーコングが迫って来て、次の一撃を繰り出そうと拳を振りかぶっていた。
「うおおおッ!!」
繰り出されたパンチを俺は避ける!!
俺の後ろにあった木をなぎ倒し、俺の横スレスレのところを拳が通り過ぎた。なんという破壊力…!!
「このお―――ッ!!」
カエデはその隙に、ボスキラーコングの背後からカタナによる斬撃を繰り出す。
しかし… 巨大な背中に、カエデの小さな身体とそのカタナは、僅かな傷しかつけることが出来ない…!
そしてその痛みにキラーコングはすぐに振り返り…。
「グゴオオーーーッ!!!」
「!! はあッ!!」
物凄い速度のフックをカエデは見切り、再びバックステップで避ける。
…俺のレベルと防御力で、30以上のダメージ。カエデのレベルは分からないが… あれを一撃喰らうだけで、やばい…!
俺はそう判断して、バックステップをしたカエデの近くに走り寄り…。
その間に、魔法のチャージを完成させる。
「 光の聖矢ォォッ!!! 」
「グガッ… !?」
狙いはボスキラーコング。そして、その足元の地面。 上空から雨のように矢が降り注ぐ。
十分な数は矢を生み出せなかったが、それでも小爆発を起こす光の聖矢は、相手にダメージを、そして土埃を浴びせられる。
これで僅かな時間稼ぎが出来るはずだ…!土の煙幕に相手は包まれ、暫くその視界は奪われる。
「ま、マコトさん…!大丈夫ですか、今の…!!」
「大丈夫。心配してる暇もないだろ…! …どうする、カエデ…!」
俺とカエデはこの間に作戦会議をする事にした。
背後には、洞窟の入り口。そこにはなんとか立ち上がっているクヌギさんと、そして恐怖に震えるモミジちゃんがいる。
「な、なにをしているんだ…!早く、モミジを連れて、逃げて… !」
「「 できません 」」
俺とカエデは同時に言う。
傷ついているクヌギさんを見捨てるようなマネは、俺達には出来ない。そんな犠牲は必要ない。
相手がどんなに強くても、関係ない。俺達が犠牲になる必要もない。
自分の持てる力を、最大限に発揮して、相手に挑む。
勝敗は大きな問題ではない。
自分の力を、どれだけ相手に叩き付けられるか。それが、大きな問題だ。
そしてその意見は、俺もカエデも、同じようだった。そして、俺は気付いた。
――― 同じなんだ。
怖くて震えていたカエデと… 少し前まで、ムゲンセカイが怖くてどうしようもなかった俺。
そして、その恐怖を、俺達は克服した。
だからこそ、隣にいる相手の気持ちが痛いほど理解でき。
そして… 信頼できる…!!
「カエデ…! 必殺技とかないの…!?」
「… … …」
俺の問いかけにカエデは、少しだけ頷いた。
「あります。でも勿論、実践では使った事がないし、動く相手に使った事すらないけれど…」
「師匠から教わった、唯一の技。 スピードはあっても力がないボクに使える… 唯一の『必殺技』です」
「それを叩き込める…!?」
「… 隙さえあれば。さっき、アイツの頭にマコトさんが杖を叩き込んだみたいに… アイツの頭に、その必殺技を放てれば… 行けます!」
「… オッケー」
「俺はアイツの隙を作る。さっき俺がやったみたいに腕を橋代わりにして、頭までたどり着いてくれ」
「余計な事を考えるなよ。ただただ… 自分が、アイツを倒す。その事で頭を塗りつぶすんだ」
「… 分かりました…!!」
カエデはそう言うと、腰を深く落として… 大きく息を吸い込む。
腰元のカタナに手をかけて… 柄を持ち、瞳を閉じる。
敬一郎の技の時のように、そこにオーラが宿る。
手元から発せられたオーラは、やがてカエデの腕を、身体を包み… やがてカエデの周りに、大きな光の渦が生まれた。
「…!」
「カエデ、お前… ! 動く相手にそれを使うのは、あまりにも…! …」
しかしクヌギは、そう言いかけた言葉を止め… そして、強い言葉でカエデに違う言葉をかけた。
「一撃だ」
「その一撃ですべてを終わらせるつもりでいけ。 後はない。 それで、終わり。 …魔獣の相手に、その斬撃を… 叩き付けるんだ… ッ!!」
「… … …」
「はいッ、師匠… !!」
弟子への信頼。師匠への信頼。
それらが、カエデを取り巻く光を、更に強固なものへと変えていく。
土煙が上空に上がりきる。
俺達の姿を捉えたキラーコングは、怒り狂い、こちらに向けて突進をしてくる。
「グガアアアアアアアーーーッ!!!」
そして、予想通り、俺達を一気に薙ぎ払おうとする大振りのフックが繰り出された!
「硬化の術ッ!!」
俺はカエデより一歩前に出て、自分に呪文をかけた。
全身に力が漲り、その瞬間に俺の横からくる拳の衝撃を… 俺は全身を持って、受け止めた!!
「うおおおおお――― ッ!!!」
岩石を抱きかかえるように、ボスキラーコングの腕を抱きかかえる。
完全に動きを止めることはできない。だが、一瞬であれば… …!!
「今だ、カエデ―――ッ!!」
「はいッ!!」
閉じていた瞳をカッと見開き、カエデは一気に走り出す!
拳を止めている俺の肩を蹴り、ボスキラーコングの腕の上へ。そしてその橋を瞬く間に駆けていき、相手の頭までの距離を一気に詰める!!
「グガッ… !!」
目標地点に辿り着いたカエデは、再び集中をする。瞳を閉じて、身体を再び中腰に戻す。
完全なる無防備。今攻撃が来れば、一たまりもない。
そして、眼前にきたカエデに攻撃を繰り出そうと、キラーコングは空いている左腕を、カエデを掴もうと近づけて――― !!
「カエデェェ―――ッ!!!」
「… すぅ …」
時間が、止まる。
カエデにもし恐怖が残っていて、もし相手の攻撃に怯えてしまえば。
それだけで、終わってしまう。
しかし、技を繰り出そうとカタナを引き抜く その少女には、微塵の恐怖心もなく。
あるのは、一撃を繰り出そうとする、確固たる意思のみ。
「 ――― 必殺剣 ――― 」
「 ――― 雷光 ――― ッ !!! 」
稲妻のように、速く。
光るように、オーラを纏ったその斬撃は。
ボスキラーコングの頭を、 横から両断した。
――― …