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四十一話『長老の きょか』


――― …


「きたか、ニンゲンの子よ」


その大きなテントの中では、小さな獣人が1匹…いや、1人、腰を下ろして俺達を待っていた。

いかにも老人という風格。老いた犬のように、体毛が伸び、眼を長い眉毛のように深く覆って瞳が見えなくなっていた。

体格はどの獣人も小さく、立ってみても背丈は俺の身長の半分より少し上くらいだろう。


だが、放つ威圧感は尋常ではない。

瞳を毛で覆われていても、その奥から滲み出る眼光を感じるほどに。さながら妖気を放つ妖狐といった感じだろうか。


それに臆する事なくクヌギさんはテントの中に足をどんどん踏み入れていき、カエデと俺もその後に続いて恐る恐るテントの中へ入る。


絨毯に座り込む長老に向かいあう形で、俺達3人は正座をした。

クヌギさんが一礼をしたのに続いて、俺とカエデも慌ててそのマネをする。続いて、クヌギさんが俺の紹介をしてくれた。


「マコト、という若者だそうです。お話した通り、昨日はカエデの命を助けてくれました」


「ど、どうも… お初にお目にかかります… よろしくお願いします…」


まるで就職活動の面接のように、俺はギクシャクとした一礼をもう一度長老に向ける。長老は身動きせず、俺を黙って見ていた。


「… … …」

「… … …」


重苦しい沈黙が少し続くと、長老が口を開いた。


「ニンゲン。どうしてこの村にたどり着いた。この村は広大な神樹の森の中央に位置する場所。まずこの場所にたどり着けるニンゲンはいない」

「…この場所を、目指さなければな」


どうやら長老は、俺が獣人の村目当てにこの場所に来たのだと疑っているらしい。

想像はできる。

おそらく興味本位で訪れた旅人か…それより悪質な、獣人を狩りに来たり、拉致して売りさばく目当ての悪徳商人かなにかと思っているのだろう。


「…し、信じてもらえないかもしれないけど… 本当に偶然なんです。えーと、話せば長くなるんですけど…簡単に話します」

「俺と仲間は魔力船で、クラガスの港町に向かっていました。ところがその途中、魔王軍の船に襲われまして… そこで、俺は相手と一戦交えました」


交えられたというより、命がけで逃げ出したという方が適格だろうけど…。


「相手を船の上から突き落とすと一緒に、俺も魔力船から落ち… それが、この森の丁度真上の出来事だったんです」

「俺は持っていたマジックアイテムのおかげで生き延びることが出来ました。相手の魔王軍は…おそらく、またどこかに行ったと思います。この森にはいないと思うのでご安心を…」

「えーとつまり… まとめると俺は空から落ちてきて、仲間とはぐれてしまって… そこで、魔物に襲われているカエデさんと出会ったんです。それで… 今に至ります」


「… … …」


再び重苦しい沈黙が少し流れた後、長老は隠れた瞳をギロリとこっちに向けた。


「その話を儂に信じろと言うのか」


… ですよね。

ただでさえ信用がないであろうニンゲンが、空から落ちてきて偶然ここにいるなんて、俺でも信じられないかもしれない。


「…マコトくん。君はどうして、クラガスの港町を目指していたんだい?そして…どうして魔王の軍に狙われたと思う?」


クヌギさんが俺に聞いてきた。その話を、長老に聞かせるように助け船を出してくれたらしい。

俺は即座にその船に乗った。


「ええと… 俺と仲間達は、魔王を倒すために旅に出ました。そしてその事を魔王軍にかぎつけられたのだと思います」

「数日前に、西のムークラウドの街で、大規模な魔王軍の襲撃がありました。仲間達と一緒に、その時街を守ったので… 噂が魔王のところまで伸びたのだと…思います」


「…マコトさん、やっぱりスゴイ人なんですね…!」


… カエデがキラキラした目でこちらを静かに見ている。やめてくれ、恥ずかしいから。


「ほう」


長老はその話を興味深く聞いていた。そして、俺に言葉を向ける。


「ニンゲン。それではお主は、魔物を退けるだけの力を持っているという事じゃな」


「は… え、い、一応…。 …僧侶、やってるんですけれど… 戦えます」


「昨日はカエデを襲ったキラーコング数十匹を全員倒したと。しかも、傷一つ負わずに。…そうなんだな?カエデ」


クヌギさんが聞くと、カエデは大げさなくらい頭をコクコク頷かせる。


「はいっ!それはもう見事で…あっというまに! 見ず知らずのボクを助けてくれたんですっ!」


カエデのその言葉に、クヌギさんはコクリ、と一つ頷いて、顔を長老の方へ戻す。


「…信用に足る人物かと。それで、マコトくんはこれからどうしたいんだい?」


「… ムークラウドの街で、仲間ともう一度再会をする約束をしました。だから、お世話になっておいて恐縮ですが、一刻も早くこの村と森を出て、ムークラウドに向かいたいんです」


長老はいつの間にか腕組みをして、俯いて考え事をしている。

そこにクヌギさんが言葉を付け足してくれた。


「許可をお願いします。この集落からムークラウドの街までは、急いでも一週間以上かかってしまう。…『扉』の使用許可を」


…やっぱり、そのくらいかかってしまうんだな。悠希も敬一郎も、既に街に着いているかもしれないのに…急がなければ。

でも、『扉』って何のコトだ?


しかし長老は俯いたまま… 首を横に小さく振った。


「ならぬ」


「… 彼がニンゲンだからですか?」


クヌギさんの質問に、長老は今度は小さく頷いた。


「そうじゃ。そのニンゲンの言葉の全てを鵜呑みにするわけにはいかぬ」

「ムークラウドの街に戻って、この集落の噂を振りまかれたらどうする。必ず、儂ら獣人目当てでこの村を訪れる悪人が出てくる」

「ここは魔物からの隠れ里である以上に、ニンゲンからの隠れ里でもある。儂ら獣人とニンゲンの間に深い溝がある事はクヌギやカエデから聞いたな」

「ただでさえ、お主を此処に置いておくのも…村の獣人たちは不審がっておる。それをみすみす野に放つなど…この村にとっては自殺行為に等しい」


「…じゃあ、どうするんですか?マコトさんは…どうすればいいというんですか?長老」


カエデが俺の隣から、少し怒ったような声を長老に向けた。


「… カエデを助けたからと言って、信用がおけるニンゲンとは思えぬ、という事じゃ」


「それは… ボクが忌み子だからですか?ボクなんかを助けたところで、なんにもならないっていうコトですか…?」


「… … … さてな」


カエデのその言葉に、長老は少し顔を背けた。そして、クヌギの方を見据える。


「とにかく、そのニンゲンを野に放つには危険が大きすぎる。… クヌギ、お前のテントでしばらく匿っておけ。拾ってきた責任じゃ」


「恩義は全て無視しろと?」


クヌギさんが長老の方を睨むが、長老は意に介さない。


「処刑や拘束をしないだけ恩義を感じていると思え。だが、村から出ることは許さぬ。『扉』の使用許可も出せん」

「妙な真似も起こさないことじゃ。その時は村の戦士たちが全力をもって、そなたを始末しに行く」

「…クヌギ。守護剣士とはいえ、ニンゲンには最大限の警戒をせい。村でおとなしくしているうちは儂らも手出しせんでおこう」


「… … … 分かりました」


クヌギさんは苦々しくそう言って、その場から立ち上がった。俺とカエデも、そこから立ち上がり… 長老のテントから出ていく。


――― …


「なんなんですか、あの長老の態度っ!」


カエデが顔を赤くして怒っている。それに俺は慌ててフォローした。


「仕方ないよ。獣人と人間の関係が悪いのはカエデから聞いていたし…こうなる予想も、なんとなく出来ていたから」

「長老が言っていたように拘束されないだけマシだと思うよ。…逆の立場だったら、俺もそうするかもしれないし…」


「… … … 本当に、スイマセン、マコトさん。ボクなんかを助けなければ… ボクがこの村に連れてこなければ…」


「い、いや…あのまま川辺にいたところで、この森から出る方法なんてないんだし。あそこで野たれ死んでたと考えれば、本当に助かったよ」

「それに、カエデの命を助けられたんだ。俺はそれだけで良かったと思ってる」


「… … … うううう…」


カエデは恥ずかしいやら情けないやらで複雑な表情を浮かべて黙り込んだ。

クヌギさんが俺達の後ろから歩いて会話に入る。


「そう思ってくれるなら幸いだ。客人に対してあまりの無礼をするつもりなら、私もそれなりの態度をとらなければいけないしな」

「… マコトくん。申し訳ないが、もう少しだけこの村に留まってくれないかな。私も、キミがムークラウドに戻れるように色々と考えてみる」


「…すいません、クヌギさん。何から何まで、本当に助かります」


「謝るのはこちらの方だ。とにかく、そういう事情がある以上一刻も早くムークラウドに戻って仲間と再会しなくてはな」

「しかし、僧侶のマコトくんがまさか魔王討伐の旅の途中だったとは… 私も驚かされたよ」


「は、はは… 恐縮です」


… 自分でも未だ、実感ないんだけどね。


「でも、マコトさんの実力なら魔王だってきっと倒せますよ!そうしたら長老だってきっとマコトさんのコトを信用してくれると思います!」


「…ははは。その魔王を倒すために、まずはこの村から出ないといけないんだけどね」


「… うううう…」


カエデはまた俯いて申し訳なさそうな顔をする。




「カエデおねーちゃん!」


クヌギさんのテントに戻ろうとする俺達三人の前に、小さな可愛らしい獣人が現れた。

人間で言うと…5,6歳くらいの背丈と声色だろうか。子猫のような顔つきの獣人は、明るくカエデの方へ駆け寄ってきた。


「あ、モミジちゃん!おはよー」


カエデは駆け寄ってきたその子に対して、しゃがみこんでにっこり微笑んだ。モミジと呼ばれたその子も、笑顔でにっこり、カエデに抱き着いてくる。平和な光景だ。


「その子は?」


俺がカエデに聞くと、カエデはモミジを抱っこして嬉しそうに答える。


「モミジちゃんです。ボクの友達で… あはは、妹みたいなものですね」


カエデによくなついているらしくて、カエデの顔にもふもふの顔をすりすり擦り付けている。

いいなあ。気持ちよさそうだ。


「こんにちは!にんげんさん!」


「よろしく」


元気なモミジちゃんの挨拶に俺も笑顔で返した。


「カエデおねーちゃん、今日も木の実取り、行こう!アタシ、ポポンの実がなってるところ見つけたんだ!」


「へー。珍しいね。ポポンの実はこの辺りじゃ採れないのに… 危ないところじゃないの?」


「ううん!この前も行ってきたところだから大丈夫!カエデおねーちゃんも一緒にいこうよ!」


「… うーん、でも… 今日は… …」


カエデが、俺とクヌギさんの方を申し訳なさそうに見る。

クヌギさんはふっと笑って、頷いた。


「行ってきてやれ、カエデ。モミジ一人じゃ不安だろうしな。しっかり用心棒してやるんだぞ」


「俺の事は気にしないで、行ってきてあげてよ」


カエデはクヌギさんと俺の言葉に嬉しそうに頷いて、モミジちゃんを下に優しく下ろす。


「… スイマセン。それじゃあ…ちょっとだけ、行ってきます」

「ボク、一応カタナを取ってくるね。モミジちゃんは木の実入れる籠と、水筒を忘れないで。準備したらココに集合、いいね?」


「はいっ!りょーかいしました!」


まるで隊長と隊員のようなやり取りをして、モミジちゃんは自分のテントへと走って戻っていく。


「モミジの母親には私から伝えておく。… 何かあったら、すぐに伝えるんだぞ」


「はい、師匠。 …それじゃあ、行ってきます」


カエデも俺達にしっかり一礼をして、自分のテントへカタナを取りに戻った。



「… モミジのような獣人ばかりだと助かるのだがな。無垢で、純粋で… カエデとも、マコトくんとも分け隔てなく接する事ができる… それが出来る獣人ばかりなら」

「外見ではなく、本質を見極められるのは子どもが一番得意なことなのかもしれないな」


「… … …」


お互いのテントに戻っていくモミジちゃんとカエデを俺達は見つめながら、まるで保護者のような目線を、2人に向けていた。


――― …


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