四十話『集落の あさ』
――― …
「さ、ドーンと食べてくださいねっ!腕によりをかけましたからっ!」
山盛の野菜サラダ。
ケバブのような肉の薄切りが、これまた山盛。その上には目玉焼きが大量。
白米もお椀に山盛。見たこともない色の豪勢なフルーツも、皿に山盛。
っていうかどこから出してきたんだこの食材達は。
「… … … いただきます」
どこまで食べれるか分からないけれど、とにかくこの朝ごはんとは思えない料理に手をつけはじめるかない。
何故なら、俺のすぐ横で俺の食べる様子をニコニコと見つめるカエデがいるのだから。
料理は上手い。
野菜もあっという間にキッチンで千切りにしていたし、肉の焼き加減やタレの味も申し分ない。というか非常に美味い。
だが…。
師匠に許されて嬉しい気持ちは分かるが、この量はないだろ…!
運動部の中学生でも朝からこんな量食わねぇぞ…!
「おいしいですかっ!?マコトさん」
「あ、ああ…。すごく、むぐ、おいしいよ…っ…」
いかん。胸ヤケしてきた。朝から出していい油の量じゃない。苦しい。
「か、カエデも…食べなよ…。俺だけじゃ、申し訳ないからさ…」
「いえ。お客様に…命の恩人の方の前でそんな。無礼ですっ。私は自分の分はしっかり作りますからっ。お気になさらず!」
「… 頼むから食べてくれ…!無礼とかそういうの、ホントにいいからっ…!!」
俺は必死でカエデに懇願した。
俺のことをどう見ているのかは知らんが、人間に食べられる量の朝飯ではないのだ…!それに気づいてくれないのなら、せめて一緒に食べて減らしてくれ…!
食べきれなくて悲しむ顔だけは見たくないんだ…!
「… そう、ですか? …あはは、実はボクもお腹すいてたんですよねぇ。それじゃ、遠慮なくいただきます」
… 助かった…。九死に一生を得て、俺は安堵の溜息をついた。
――― …
「ふー。満腹です。 …マコトさんは、食欲あまりないようでしたけれど…大丈夫ですか?」
「あ、ああ…。ごめんな…元が小食なもので…。とても美味しかったよ…」
「ご満足いただければ何よりです…!命の恩人のマコトさんに、少しでも恩返しが出来ました!」
… 獣人の特性なのだろうか。それともカエデという少女の特性なのだろうか。
俺に出された朝食の8.5割はカエデが平らげた。人数にして5、6人前の…豪勢な昼食といった量と内容だろう。
一方の俺はどうにかいつもの朝飯の倍くらいの量は食べた。…礼儀として。量にしろ内容にしろ… 腹は相当にもたれている。
「カエデは、えっと…料理とかもしてるんだ?」
「いえ。ボクは趣味で練習しているだけなので。いつもは師匠が作ってくれるんです。ボクが作ろうとすると『お前は朝食のなんたるかが分かっていないからダメだ』と言われてしまって…」
… … … まあ、分かってないよね。あの朝食は。 勤勉で料理の練習熱心だけれど… 無自覚なんだね、アレ。一見憶病で頼りない獣耳少女の意外な一面を知ってしまった。
閑話休題。俺は話を切り替えて、昨日の事を話す事にした。
「その… 良かったな、カエデ。クヌギさんに許してもらえて」
「…はい。ありがとうございます。マコトさんのおかげです」
カエデはテーブル越しに、俺に頭を下げた。
「も、もういいって。俺の事は。 … でも、無茶なマネだけはしないほうがいいと思うよ。クヌギさんも心配して、ああいうキツい事したんだろうし」
「… … …」
俺がそう話すと、カエデは顔を悲しそうに歪ませて、俯いた。
「…でも、強くなりたいんです。ボク」
「ああいう事でもしないと… 無理矢理にでも度胸をつけないと…。 ボク、本当に…弱いままだから…」
「… カエデが強くなりたいのは、『守護剣士』を継ぐためか?」
その言葉に、カエデは少し間をおいて… 小さく頷く。
「師匠は、ボクを守護剣士の後継者だと言って育ててくれたという話を聞きました」
「ボクがその事を師匠に聞いても…『その場しのぎの嘘だ。お前はただ、普通に生きていればいい』と。…そう返されました」
「それは…」
俺が反論しようとすると、カエデはブンブンと首を振った。
泣きそうな笑顔で言葉を続ける。
「分かってるんです。師匠は、ボクの事を本当に心配してくれて… 大事に、育ててくれて… 本当に、ボクは嬉しいんです」
「でも、ボクだって… その愛情に甘えてばかりじゃ嫌なんです。忌み子と言われたボクを拾ってくれた師匠に、なにか少しでも、恩返しがしたいんです」
「だから… ボクは強くなりたいんです。別に守護剣士の後継者でなくてもいい。ただ… 師匠を守る、小さなカタナの一つでもいいから、そのために存在したい」
「ボクは… ボクのいる意味を、作りたいんです」
… そうか。
カエデと俺は、似ていたんだ。
俺も、このセカイに存在する意味を探していたんだ。
突然このセカイに連れてこられて、僧侶になって、ムークラウドの街を守って… そこでようやく、人々を守るという決意を、自分の存在する価値に変えられた。
それまでの俺に、そんな『存在意義』なんて言葉すら出てこなかった。ただ生きて、それを人間としての当たり前の姿だと無自覚に思っていて…。
自分の生きる意味を、13歳のこの少女は、この年齢で見出そうとしているんだ。
… 自分が情けなくなるワケではない。現実の世界では、存在する意味なんて見出せないのは、当たり前の話だから。
でも… このムゲンセカイでは違う。常に魔王の脅威が存在するこのセカイでは… 自分の生きる理由を。強く生きていく意味を、探さなくてはいけないんだ。
だから… この少女と俺は、似ているんだ。『生きる決意』をしたばかりの、俺とカエデは。
「… … …」
「なれるといいな。師匠の助けに」
「昨日みたいなマネは全力で止めるけど… それ以外なら、どんな事でも応援するからな。カエデのこと」
なるべく優しい声色で。俺はカエデにそう言うと、カエデは涙を瞳に滲ませて、俺の方を向いてにっこり微笑んでくれた。
「… ありがとう、ございますっ。 …マコトさんにそう言ってもらえれば、百人力です…!」
その時、テントの入り口を開けて、クヌギさんが戻ってきた。
「戻ったぞ。…ん?」
猫の目を細くして、カエデの方を見る。
カエデは流し掛けていた涙を慌てて拭いて、作ったような笑みをにっこり浮かべてみせた。
「お、おかえりなさい、師匠!遅かったですね!」
「… … …」
「あんまり私の子どもを泣かせてくれるなよ、マコトくん」
クヌギさんは牙を出してにやーっと笑って、俺の方を面白そうに見つめる。
俺は慌てて弁解した。
「な、なにを想像してるんですか。別に何もないですから!」
「そうか。てっきりそういうムードで泣いていたのかと思ったからな」
「どういうムードでもないです!師匠!」
カエデも慌てて言う。
クヌギさんは入り口に立ったまま咳払いを一つして、話を切り替えた。
「村の長老がマコトくんの顔を見たがっていてな。少し顔を出してやってくれるか」
「え」
「君が仮にこの集落から出ていくとしても、この集落の情報が外部のニンゲン世界に漏れる事を懸念しているんだ。だから村の獣人たちは君に会っておきたいと言っている」
「マコトくんがこの村で暮らすというのなら別だけれどな」
「い、いえ…!あの、なるべくなら… ニンゲン世界に戻りたいです…!」
ニンゲン世界には、仲間が待っているのだ。このテントの居心地もいいけれど…出来るだけ早く、悠希と敬一郎の安否を確認したい。そのためにはムークラウドに戻らなくては。
俺がそう言うと… 気のせいか、カエデは少し寂しそうな表情を浮かべていた。
「マコトくんがこれからどうしたいのか、そもそもどういう経緯でこの村に来たのか… 詳しい話を聞くのがまだだったし、丁度いい」
「カエデ。一緒に長老のテントに行くぞ。お前もマコトくんがどういうニンゲンなのかを聞いておいたほうがいいだろう。なにかの手助けが出来るかもしれない」
「え… は、はい!」
『手助け』という言葉に急に嬉しそうになり、カエデは慌ててテーブルの上の食器を片付け始めた。俺も慌ててキッチンに食べ終わった食器を持っていく。
一通りの準備を終えると、テントを出て俺達は獣人の村の中へ出る。
昨夜には見えなかった、獣人の集落の姿。
森に囲まれた小さな獣人の集落には、昨日と同じ数棟のログハウスと数十のテント。だが昨日とは違い、そこには… 獣人達の姿があった。
犬や狼のような顔をした獣人。
猫や虎のような顔をした獣人。
顔や模様は様々だったが、分類としてはその二種類があるようだった。クヌギさんは、『猫型』の獣人になる。カエデはハーフだけれど… 耳と尻尾はやはり『猫型』に近いのかな。
あとは人間の村と変わらない。
焚火で川魚を焼く獣人。籠いっぱいの野草を餞別する獣人。ナイフの手入れをする獣人。追いかけっこをする数人の、子どもの獣人。のどかな村の風景だ。
しかし… 多くの獣人は、クヌギさん、カエデ、俺の一行を見つけると、ヒソヒソ話を始めるのだった。
「おい、ニンゲンがいるぞ、クヌギさんと一緒だ!…忌み子のカエデも…」
「知らないのか。昨日森で迷子になっているところを、クヌギさんが拾ってきたらしいぞ」
「守護剣士様が!?またか… カエデの件といい、どうしてあの人は…」
「ねーねーママ。あの人、耳がないよ?しっぽもないよ?」
「しっ。見ちゃいけません…!」
… 変質者になった気分だな。
俺が嫌な顔をしていると、クヌギさんが振り向いて俺を気遣ってくれた。
「すまないな、マコトくん。ニンゲンに対する警戒心は… 見ての通りだ。居心地が悪いだろうが、我慢してくれ。長老のテントまですぐだから」
「… お気になさらず。大丈夫デス」
そんな集落の風景を、睨まれないようにチラチラ見学しながら…。
俺達一行は、獣人の長老の大きなテントに、到着した。
――― …