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三十八話『猫剣士 くぬぎ』


――― …


パンッ。


夜空を見上げて呆けていた俺の意識を戻したのは、乾いた小さな音だった。

カエデの入っていったテントから、その音は聞こえてきた。なにか… 小さな、叩かれたような、音。


続いて、怒声のような声がテントの中から外にいる俺にまで届く。


「――― と言っただろ―――!!―――――― だと思ってるんだ――!?」


よくは聞こえなかったが、カエデの声ではないようだ。しかし、聞こえてくる声は… 女性の声。

『クヌギ』という獣人と、獣人のハーフのカエデが住んでいるテントだと言っていたが…これはそのクヌギという人物の声なのだろうか。

ということは、カエデのいう師匠っていうのは…女性?いや、獣人だというのだから、女性という表現は会っているのだろうか。


…って、いらん考えをしていても仕方がない。なにやらテントの中には険悪なムードが漂っているようだ。


…待っていろ、と言われたが仕方がない。


俺はテントの入り口の布をそっと、少しだけ開けて… 中を覗いてみることにした。



… … …。



覗いてみると、そこには…。



猫の顔があった。


巨大な、猫。緑色の細い瞳で、入り口から中を覗く俺と、中から外を見るその猫と… 鼻先で、いきなり対峙してしまった。



「ぎゃあああああ――――ッ!!!」


俺はその突然の出会いに驚き、悲鳴をあげてしまう。

誰だって驚くだろう。目の前に急に自分と同じ顔のサイズの顔を持つ二足歩行の猫がいてみろ。誰だってこんな反応だ。

俺はその場に尻もちをついてしまった。


テントから、その『猫』が出てくる。


月明りと、テントから漏れる光に照らされるその獣。いや… これが、獣人(けものびと)か。

顔は完全に猫そのもの。しかしその頭には人間と同じように髪があり、茶色の綺麗なセミロングの髪をカエデと同じようにポニーテールのように結んでいる。

衣服は悠希のデザインと似た、装束というよりは忍者のような黒の、動きやすそうな服。服から出ている肌は白と茶色のまだら模様の毛で覆われ… 手に関しては、人間と同じように五本指だ。

背丈は俺より少し高いくらい。完全な… ネコの、ニンゲンだ。それ以外に言い表せない人物。


そのネコニンゲンは、尻もちをついている俺を見下すようにジーッと見つめて。


やがて黒の楕円形の鼻をフンッと鳴らした。


「カエデ。 コレがお前の命の恩人というやつか?」


…コレ扱い。


… いや、そんなことはどうでもいい。これが… カエデの言っていた『師匠』なのか?

美しく月に映し出される獣の人間は俺の方へ一歩踏み出し… 


綺麗な毛並みの手を、差し出した。


「… へ?」


俺はその差し出された手の意味に戸惑う。


そして、その猫は… フッと笑顔を見せて、優しい女性の声で俺に言った。



「カエデを助けてくれて感謝する。 私が、カエデの師匠の、クヌギだ」



――― …


テントの中は案外広く、両脇には簡素なベッドが二つ。奥には石で組まれた暖炉まであった。煙が、開け放しの天井に静かに立ち上っている。

中央には部屋一面に敷き詰められたクリーム色の絨毯。俺はそこに座らされていた。

肌触りは、現実世界で感じたことのないようなフワフワの感触で、肌を包み込むような温かさを感じた。このまま眠ってしまいそうな心地よさだ。


「身体が冷えただろう。 薬草を煎じたお茶だ。疲れた身体にも効くぞ、飲んでみるか?」


そう言ってマグカップに淹れてもらった薬草茶は、薬草と言う感じが全くないほどに甘く、コク深いものだった。

クヌギさんが言うには苦みのない草を餞別したらしく、ハチミツや甘みのある花のシロップを使って飲みやすく自分で改良したらしい。とんでもなく美味しいお茶だった。


魔力船で飛び立って。

魔王直属の剣士に襲われて。

船から落ちて。それで助かって。

ハーフ獣人のカエデと出会って。

魔物に襲われて。

それで、獣人の集落のテントに、今はお世話になっている。


連続しすぎたイベントで疲れ果てた身体に、薬草のお茶が染み渡った。



猫の獣人のクヌギさんは、石で作ったキッチンのような場所で何やら料理を作っているらしい。フライパンで何かを作っている。


…一方のカエデは。


自分のベッドと思われる場所で、ずっと正座をして俯いている。

見れば右の頬が少しだけ赤い。

さっきの乾いた音は… おそらく、クヌギさんに、叩かれたのだろう。その目は少しだけ赤くなっていた。


その様子がいたたまれなくて、俺は横目でチラチラ、カエデの方を覗いている。


すると俺の前に、何かの料理を乗せた皿が出てきた。クヌギさんが作ってくれた料理が乗っている。


「簡単なもので申し訳ないな。香草の炒め物だ。 味が薄かったら言ってくれ」


「あ… ありがとう、ございます…」


単なる緑色の葉の野菜炒めのようだったが… フォークで刺して一口食べてみるとその食感に驚く。

肉のような弾力のある草もあれば、ハーブのように爽やかな清涼感のある草も混じっている。これまた抜群に美味しい炒め物だ。

塩のみで味付けしてあるようだが… それぞれ味の違う葉野菜が絶妙に絡み合って旨味を引き立て合っている。これも現実世界にない味だ。美味い。


夕飯を食べたか、と聞かれ「保存食を一かじりだけ…」と伝えた俺を気遣って、こんな料理まで作ってくれた。

クヌギ、というこの獣人に俺は涙を流しそうなくらい感謝をしながらその炒め物を平らげた。


… 一通り食べ終わると、俺はクヌギさんを見つめて、少し言いづらいことをそっと聞いてみた。


「… あの、カエデ…」


「… … …」

「この集落の外は危険な魔物がうようよいる。マコトくんが助けてくれなければ… カエデはキラーコングに殺されていたかもしれない。本当に礼を言う」


キラーコング。俺とカエデを襲った、あの大きい猿みたいな魔物の名前か。

クヌギさんは話を続けた。


「カエデとはワケあって一緒に暮らしていてな。…元々私は剣術の覚えがあるのだが、カエデは小さい時からずっと私に剣術を習いたいと言って聞かない」

「稽古をつけてはいるのだが…なかなかどうして、心の小さいカエデには戦いというものが不向きだ。だからそもそも私はカエデに戦いは向いていないと言ったのだが…それでも続けたいと言っている」

「そして、先ほどの出来事になる。度胸をつけたいと思ったカエデは1人で夜の森に行って… 武者修行をしようと思ったそうだ。まったく…」


「… なるほど…」


そう言ってチラッとカエデの方を見ると… カエデは自分の衣服の裾をギュッと握って、悔しそうに涙を一つ流した。


「で、でも…俺なんかで助けられた良かったですよ!無事でなによりでしたし!生きてりゃ御の字!ははははは!」


…明るく笑ってカエデをフォローしようとしてみたが… すまん、俺の力ではこのくらいが精一杯だ。

俺の無理矢理なハイテンションに、クヌギさんはフゥ、と溜息をついた。


「強くなりたい… その理由はなんだ?カエデ」


「… … … 言えません」


腕組みをして自分のベッドに座り、カエデを睨むように見るクヌギ。

自分のベッドに正座をして俯いたままのカエデ。

そして… その2人の間に挟まれる、絨毯の俺。


… サイアクの居心地だ。


「なら理由は言わなくていい。だが、今のお前ではキラーコングに… いや、魔物そのものに立ち向かうなんて芸当は無理だ。戦いには向いていない。基礎だけ練習していろ」


「でも… それじゃあ永久に戦うことなんて、出来ません…!今のボクには、勇気が必要なんです!…だから、無理矢理にでもそれをつけたくて…」


「それで死ぬコトになったとしてもか?」


「覚悟の上です…!」


「甘ったれるな。そんなものは覚悟と言わない。ただのヤケクソだ。無駄に命を捨てているだけに過ぎない」


「… ッ」


… … … どうすればいいんだ、この状況。俺はただ、頭上を飛び交う2人の会話を聞いている。



そんな俺の状況に、ふとクヌギさんは気付いてくれたらしい。


「…ああ、すまないな、マコトくん。疲れているところにこんな話を聞かされて… 申し訳ない」


「い、いえ… ダイジョウブです」


ちっとも大丈夫じゃないけどね。


「絨毯の上で申し訳ないが、寝床はそこでいいだろうか。毛布があるからそれを使ってくれ」


申し訳なくはない。とんでもなく有難い話だ。

あの川辺で一晩を明かそうと思っていた俺には本当に助かる話で… こんなフカフカの絨毯と布団で眠れるなんて、夢のような話だ。


… 夢の中だけどね。


「マコトくんの身の上話は、明日聞くことにしよう。夜も遅いからな」

「この集落のことも説明しなくてはな。…カエデから聞いたかもしれないが、ニンゲンのことをよく思っていない獣人も多い」

「くれぐれも、1人でフラフラ出歩かないようにな。何があるか分からないから」


絶対にしません、ハイ。


「それじゃあ、また明日」


クヌギさんはそう言うと、灯りを灯していたランタンの火を消して、毛布をかぶった。


… 暗闇の中で、俺はカエデの方を向く。


ベッドに正座をしたままのカエデ。


俺は少しだけそちらに近づいて、小声で言った。


「… ありがとうな、カエデ。俺、君のおかげで本当に助かったよ」

「のたれ死んでたのは俺の方だったかもしれないし… カエデに会えなかったらどうなっていたか分からない。本当に、感謝しかないよ」

「だから… そんなに落ち込んでるのは、俺のせいもあるかもしれないし…。えーと…」

「とにかく、ありがとう」


「… … …」


暗闇の中で、カエデはまた涙を流しているらしい。涙を拭う音が僅かに聞こえてきた。


「… 本当に、優しいんですね、マコトさんは…ッ…」

「ボク… ニンゲンのこと、誤解してました。獣人も、ニンゲンも… いい人はたくさんいて…ッ… ボク、ボク…っ…」

「…マコトさんが、っ…助けてくれて、良かった…!死にたくなかった…!怖かった…っ… ふぇぇっ…!!」


やばい。泣くのが本格化してきた。


俺は慌てて立ち上がって、カエデの方に近づいて頭にポンと手を乗せる。


「ね…」

「寝よう、今日は! …また明日、な! …おやすみ、しよう!」


「… … … はいっ」



…なんとか落ち着いてくれたらしい。

ベッドに横になって毛布を被ったカエデを見て、俺も一安心して絨毯の真ん中に戻る。


…。


カエデの姿を見て、ふと… 悠希の姿を思い出す。


… 明日、無事にこの村を発てて…。


再会が、できるのだろうか。悠希に、敬一郎に。



俺はその不安を拭うように、顔に毛布を被った。



――― …


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