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三十七話『獣人の しゅうらく』


――― …


夜の森を、進む。

カエデと名乗った少女のランタンは明るく周囲を照らし、暗闇に光を生み出す。

カエデはどんどんと進んでいくが、そこは道なき道。舗装されたレンガの道があるわけでもなければ、草が刈り取られているわけでもない。

枝や小石に躓かないように歩くのが精いっぱいだが、前方を歩くカエデはどんどんと進んでいく。


「先ほどは… 本当にありがとうございました。マコトさん」


少し前に教えた俺の名前を確認するように、カエデはこちらを振り返らずに言った。


「も、もういいってば…。 …でも、本当にいいの?俺がその…獣人(けものびと)の集落に行ったりして」


「…集落のみんなが嫌っているのは、ワルイ人間です。街を離れたボク達を見世物にしたり、奴隷にしたりする人間もいるので… 警戒はしていますが、きっと…」

「それにボク、どうしてもお礼がしたいんです。マコトさん、困ってらっしゃるんですよね?この森で… 迷われたんですよね?」


「…ああ」


「空から落ちてこられたんです、よね…。 …ごめんなさい、どうしてもボク、信じられなくて…。あんな失礼なコトを…」


「だからもういいんだって。俺だって空から人が落ちてきたなんて言われても信用できないもん。俺の説明が下手だったんだよ」


「… ありがとうございます。 …とにかく、今夜の寝床くらいなら絶対に、確保できるハズですから!」


今夜の寝床、か。


悠希と敬一郎、執事さんは… 無事に逃げ延びられただろうか。先ほどからそれを何度も思って夜空を見上げてみる。

ムークラウドの街に戻れ、とアイツらには伝えた。俺も一刻も早くこの森を出て、街に戻らなくてはいけない。


いきなりあんな強敵に遭遇するのは予想外だったけれど… 今、命は確かに此処にあるんだ。俺は自分の心臓辺りの服をギュッと掴む。


生き延びられた。こんな俺ですら。


だから… きっと、悠希も、敬一郎も、生きている。


今はとにかく、街に戻る方法を探して、信じることしかできないのだ。

再びムークラウドの街で、仲間に再会できることを。



… ともなれば、今はカエデから情報を集めておくに越したことはない。少なくとも今夜はこの子についていくしかないのだから。


「ねぇ、カエデちゃん」


「カエデ、で結構です!ボク子どもじゃありませんし!それに、第二(・・)の師匠にちゃん付けはされたくありません!」


… いつの間にか師匠にされている。しかも第二、ってなんだ?他に誰かいるのか?


「じゃあ… カエデ。 君達獣人(けものびと)は、なんでこの森に集落を作っているんだ?」


「… 昔は、人間と共存して街に住んでいた時代もあったそうです。でも、いつしか住み分けがされていったと聞きました」

「差別、迫害、奴隷化… 色々なコトがあったと聞きました。ボクの生まれるずっと前の話なので詳しくは知りませんが」


夢の中なのに、夢のない話だな。現実世界と似たようなものじゃないか。

きっとこんな獣耳の人間がいたら、現実の人間でも…きっと何か、差別が生まれるのだろうな。


「マコトさんは、獣人を見るのも聞くのも初めてなんですか?」


「あ、ああ…。ごめん、情報に疎くって」


「いいえ。そういう方もいらっしゃるのだなぁ、と。世界には色々な種族がいますから、ボクの知らないコトもきっと多いんだろうなぁと思いました」


うーむ、勤勉で真面目な子だ。どこかの忍者にも見習わせたいものだな。


「… マコトさん」


少し平坦な道に出て一安心したところで、カエデは俺の方を振り返って真剣な表情で言う。


「獣人のコトを知らないのなら、説明しておかないといけないのですが… ボク… その、ハーフなんです」


「ハーフ?」


「人間と、獣人の間に出来た、ハーフです。純粋な獣人は、顔や手足も動物に近い姿をしています」


…そうなのか。


カエデは、髪の毛や顔、手足は人間そのものの姿をしている。顔だちは高校生より少し幼い顔だち。ボク、と名乗っているがやはり女の子らしい。

銀に輝く髪は後ろで結んで、首までの長さがある。背丈は、悠希より少し小さいくらいだろうか。着物と、神社で巫女さんが来ている装束とを合わせたような美しい服を着ている。


だが、頭に生えている二本の猫のような獣耳。そして装束の後ろからは狐のような短くて大きな尻尾が出ている。装束にもそれ専用の穴が開いているようだ。


これが獣人なのかと思っていたが、カエデはハーフ… つまり純粋な獣人はもっと獣らしい人間という事になるな。


そんな考察をしていると、カエデは言葉を続けた。


「ボクはお父さんもお母さんも知らないんです。神樹の森の中に捨てられていた赤子のボクを、集落の獣人が見兼ねて拾ってきた、と聞きました」


… 捨て子。そんな辛い過去をもっている子だったのか。しかも赤子の頃に… 父親と母親の顔も知らないと。酷い話だな。


「獣人の血が混じっているボクを引き取ってはくれましたが、人間の血が混じっているのは事実で… 小さな集落の中には未だにボクを忌み子と嫌う人もいます」

「でも… ボクの師匠の『クヌギ』さんが、ずっとボクの世話をしてくれたんです。カエデという名前をつけてくれて…ボクに剣の稽古をつけてくれました」

「ボクがマコトさんにお礼をしたいと言っても集落のみんなからは反対されるかもしれませんが、クヌギ師匠は別です。きっと、助けになってくれると思います」

「ボクの命の恩人さんですから… どうにかしてみせます!ただ… 集落でのボクの立場はかなり弱いとだけ、覚えておいてください…」


そう言うカエデの目は少し悲しそうだった。


…もっと、悲しそうな顔をしてもいいものだと俺は思う。


望んで生を受けたワケではない。人間からも、獣人からも忌み嫌われて… 森に捨てられて。それでもこの子は、ここまでしっかり生きてきたんだ。しかも、俺より幼いだろうに、しっかりした意思を持っている。

俺だったら、どうなっていただろうか。もし、周りに支えがなくて、嫌われて、孤立して… しかもそれが、幼いころの自分だったのなら。きっと耐えられないだろう。


クヌギさん、か。

獣人のその師匠がどんな人物なのか、俺は興味が湧いてきた。


「…カエデ」


「はい?なんですか?マコトさん」


「俺、君を助けられて良かったよ」


「え?」


「… なんとなく、そう思っただけ」


カエデは俺の言葉に首を傾げるも… 少し顔を赤くして、微笑んでいた。



――― …


「着きました、此処が獣人の集落です」


周辺を森の木々に囲まれたその場所は、どこか神聖な感じがした。

ログハウスのような木の建物が数棟。あとはテントが数十。村と呼ぶにはあまりに小規模で、世界史の教科書かなにかでみた移動民族のキャンプのようにも見える。


窓からは灯りが消えている。既に時刻は深夜なのだろう、獣人も夜は眠るらしい。


カエデは入り口に近い、周りより少し小さめのテントの前まで歩いていき、俺もその後に着いていった。


「ここがボクと、クヌギ師匠のテントです。…ボクが先に入って説明してきますので、少々お待ちを」


「だ、大丈夫かな。人間、嫌われてるんだろ…?」


「師匠ならきっと理解してくれるはずです!きっと大丈夫ですから!」


そう言って、カエデはテントの中に入っていった。


… 『きっと』が多すぎて逆に不安なんだよなぁ。



集落からは木々が遮らず、夢現世界の星々が一段と綺麗に眺められる。


夢の中の世界。

見知らぬ土地。

まだ出会っていない種族。


そして… 安否の分からない仲間。


俺はこのゲームを、クリアできるのだろうか。俺達は元の世界に帰れるのだろうか。


そんな不安を、俺は夜空の星に投げかけて、カエデの帰還を待っていた。


――― …


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