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三十六話『闇の森の たたかい』


――― …


銀髪の猫耳少女は、俺の方へ左手のランタンを向けて… 右手は腰のカタナに手をかけている。

人間ではない。

現実世界であればコスプレかなにかだとは思うが… ここはファンタジーゲームの世界だ。獣耳の女の子がいても不思議ではない。

人間以外の種族も、いるということだ。魔物や魔族がいるのなら、そういう存在がいても不思議はないだろう。


猫耳の少女は戦闘態勢に入っているように思えるが… カタナに手をかけるその右手が、震えているのがこちらからも分かった。


「お、落ち着いて…。 ええと… ここは、神樹の森、だよね?」


「… そうですけれど…」


月明りの下の、川辺。岩の上にいる俺と、その下でランタンを向ける少女、2人で対峙をする。


「ゴメン、色々あって上手く説明できるか分からないんだけど… 俺、魔力船から落ちてきたんだ。それでここに不時着したってワケで…」


そう言って俺は夜空を指さした。


「… … … どうして生きてるんですか」


少女の疑問はもっともだ。俺だってそう思うだろう。


「ちょっとしたマジックアイテムを持ってて、それで生き延びられて… とにかく今はここが神樹の森の中って事以外、何も分からない状況なんだ」

「君に危害を加えるつもりはないから… ええと、とりあえず、落ち着いてくれないかな…。 カタナから手を離してほしいんだけど…」


俺が宥めるようにそう言っても、少女にその気はないようだ。


「… だ、ダメです。 … ニンゲンは、ボク達に害を与える人もいるから… 信用できません…!」


… 『ボク』と自分のことを言ってはいるが、ポニーテールに結んだ髪型と顔つきは、どう見ても女の子のものだった。

白色と紫の着物に似ている服の胸元にはうっすらとだが膨らみが… … ってこんな状況でどこを見ているんだ俺は。


「危害は絶対に加えない!朝がくればこの森から出ていくから… とにかく、戦う気はないんだ」


「ウソだったらどうするんですか…!ボク達の集落にアナタが来るようであれば、ここで始末しなくては…!」


…始末、とは物騒なものだ。そんな震える手でどうしようというのか… というのは黙っておこう。

しかし、集落とは、いったい…。



その時。



少女の後ろの森の中で、何かが蠢いた。


「…ッ!」


ガサ。


ガサガサ。


背の低い木々の葉が、揺れる。

常闇の森の中で、黒い影が動く。風を切るように素早い動きで、まるでこちらを牽制するように… 姿を見せずに動いている。

目を凝らせば… 相手の瞳が見える。

闇の中で光る、2つの黄色の目。 いや、2つではない。 4つ、6つ、8つ…。 どうやら複数の何かがいるようだ。


「な、なんだ…!?」


「… く、ッ…。こ、こんな時に、魔物だなんて…」

「…落ち着いて、ボク…!修行のためにここに来たんだ。こんな事くらいで脅えていてどうするんだ…!集中、集中っ…!」


猫耳の少女は自分にそう言い聞かせながらランタンを地面に置いて、刀身を鞘から抜く。

両手で自分の前、身体の中心に真っ直ぐ構えるのは… 正眼の構え、とか言ったっけ。しかしやはり、カタナを持つ手は震えている。


こんな状態で、魔物に立ち向かえるのか?この女の子…。


女の子はすぅ、と息を吸って、吐いて…。


闇の中を見据える。



だが、敵は素早かった。



草むらが大きく揺れる。


その瞬間… 手に棍棒のような武器を持った、体長1mほどの大型の猿のようなモンスターが、飛びかかってくる!


「キキキキキィーーーッ!!」


… その標的は、猫耳の少女だった。


飛びかかってくるその魔物に、少女は…。



カタナを構えたまま座り込み、目を瞑ってしまった。



「キャアアアアアアアッ!!!」



丸まったその小さな身体に、猿型のモンスターの棍棒が勢いよく振り下ろされ… …。



ガンッ!!



「… キ?」



先に当たったのは…。



猿の腹に当たる、月明りに銀色に煌めく俺の杖の先だった。



「キ、キ、キ…ッ!? ギィ…!?」


猿のモンスターの身体が、白色の炎に一瞬で包まれる。それは、浄化の炎。低級のモンスターを焼き尽くす、聖なる炎。


「ギィアアアアーーーーッ!!!」


モンスターの絶叫が森に木霊し、炎は夜空へと上がり、敵を消滅させた。



「… え…?」


いつまでも自分に降りかかって来ない攻撃。聞こえてくる魔物の悲鳴。それを聞いて、震えて(うずくま)る少女は、顔を上げた。


「アナタが… 倒したん、ですか…?」


俺は女の子に向けて力強く言う。


「目を瞑っちゃダメだ。そんな事をしたら… 待っているのは死だけ」

「怖くても、どうしようもなく怖くても… 目だけはしっかり開けておいて。そうすれば攻撃を防ぐ事も、逃げる事もできるから…!」

「だから… 目を開けて、俺の傍から、離れないで!!」


「… は…」

「はい…っ!!」


涙目の少女は強く頷いて、カタナを持って立ち上がった。



「ギャギャギャギャアーーッ!!」


仲間を殺されて怒ったのだろう、草陰から先ほどの猿型のモンスターが次々と飛び出してくる。

動きは俊敏。こちらへの距離を一気に走り、詰めて… 木で出来た棍棒のような武器を振り上げ、襲い掛かってくる。


だがその攻撃は単純な軌道。すぐにパターンを掴み、俺は猿のモンスターを野球のボールのように見立て、杖をバッド代わりにしてブン殴ってやる。


「おりゃああッ!!」


「グィェエエエーーーッ!!」


カキーン! と吹き飛んだりはしないが、クリーンヒットした杖の先は一瞬で炎が宿り、相手を燃やし尽くした。


杖の特殊効果が発動するところを見るに、俺のレベルよりかなり低いレベルだ。素早く動いてくるが… ただ、それだけ。レベルが離れていればすぐに見切れる程度の素早さだし… なにより、単調だ。

近づいてきては飛びかかり、近づいてきては飛びかかってくる猿のモンスターを俺は次々と杖で殴っていく。4体、5体、6体…!


「… スゴイ…」


俺の後ろでカタナを構えている少女は、もう目は瞑らなかった。ただただ、自分の眼前で繰り広げられる戦いに見とれている。


しかし、終わらないなコイツら…!俺は女の子に戦いながら聞いてみる。


「ねぇ、コイツら何匹いると思う!?まだ終わらないのかな… ッ!!」


言いながら襲い掛かってきた7匹目の頭に杖を叩き込んだ。


「… 大丈夫、だと思います」


「なにが!?」


「逃げていきます。… モンスターが」


「… え?」


少女の言葉通り、闇夜からこちらを見つめる黄色の瞳たちは、止まったかと思うと… そそくさと闇の奥へ消えていった。

どうやら自分たちの勝てる相手ではないと判断してくれたらしい。… モンスターにしては賢明な判断だろう。



「… ふぅ、ッ」


俺は荒くなった息を整えるように強く息を吐いて… 大きく吸う。

レベルが上で良かった。あの素早さじゃ光の聖矢(シャインアロー)を当てる事は難しいから…杖一本の攻撃で対応できる相手で良かった。数が数だったからな。


… もし、レベルが近い相手が出て来たら… やはり俺も仲間が必要だろう。あくまで俺は、サポートジョブなのだから。


「… … …」


忘れていた。

俺の後ろで、カタナを構えたまま立ち尽くしている女の子の方に振り向いた。


「大丈夫だった?ごめんね、偉そうな事言って。…とにかく、無事みたいで良かったよ」


「… … …」


少女はまだ呆けている。


「えーと… さっきの魔物は、まだ森の中にいるのかな?だったらまだ君じゃ危ないと思うんだけど…どうする?」

「集落があるって言ったっけ?そこに戻ったほうがいいんじゃ… ないかな」


「… … …」


少女は呆け… るのを止めて、カタナを鞘に納めた。


そして… 思いきり俺に向けて頭を下げる。


「あ… ありがとう、ございましたッ!!」

「ボク… ボク、何もできませんでした…!ただただ、アナタに守ってもらうだけで、何も… ッ!!」


… それが情けないのだろう。女の子の目からは涙が零れて、月明りに光り、地面にポタポタと落ちる。


「い、いいんだよ、お礼なんて。… それより、1人で帰れる?もしよかったら送っていくけど… あ、でも人間は近づけたくないって言ってたっけ」

「信用は… できないよね。っていうか、その耳… 人間じゃないん、だよね。ごめん、俺この世界のこと詳しくなくて…」

「うーん、どうしようか…。かといって君1人を森に行かせるのも危ないし…」


俺が腕組みをして悩んでいると、少女は涙で赤くなった目を乱暴に拭い、顔を上げた。


その目は、決意に満ちた目だった。


そして少女は、俺に対して強く言った。



「ボク、アナタにお礼がしたいです。 …ボク達の集落に、来てください! ボクが絶対に、村のみんなに説明します!」


「ボクは、『カエデ』。 …『獣人(けものびと)』の、カエデと言います!」



先ほどまでの弱弱しさは、どこかに消えたような… そんな強い言葉だった。


――― …


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