三十五話『月下の であい』
――― …
気絶は、出来ない。
自分の生死がどうなるかを…しっかり見届けるためにも。
絶対に生き延びると誓った決意を、しっかり確認するためにも。
気絶する事はしない。それだけを固く思い、俺は聖なる小袋を握りしめた。
やがて視界の隅に木々が写っていく。
仰向けに落ちていく俺の身体の横を、木々が走っていく。地上への到着が近い。
もしこの袋の効果がなく、俺の身体がそのまま地面に叩き付けられたら… 待っているのは確実なる死。
そしてこのゲームの死は、現実世界での死。
それを思い出し、恐怖が身体を支配しようとする。
負けない。
負けてなるものか。
俺は身体の中の恐怖を打ち消すように、思いきり叫んだ。
「死んで… たまるかァァァァーーーーッ!!!」
俺がそう叫んだ瞬間。
身体は、光の繭に包まれた。
「…! これは…」
どうやら聖なる小袋は、発動したらしい。
握りしめた手の中にその存在はなく… 代わりに、俺の身体の周りを暖かな光が包む。
そして、地面へ…。
衝撃がくるかと思っていたが、光の繭は優しく、俺を地面におろした。衝撃は、光によって未然に防がれたようだ。
背中が。足が。頭が。ゆっくりと地面に触れる。
俺の身体は、完全に地面に預けられた。
「… … …」
無事だ。
俺は… 生きている。
目の前には夜空が。現実世界にはないような大きさの、三日月が。大きな星が散りばめられた星空が広がっている。
背中には地面が。俺をしっかりと受け止めるように存在する、大地が存在している。
「は、はは… ははは…」
眠りに落ちるように全身の力が抜ける。緊張に強張っていた肉体が一気に弛緩した。
「生きてる… 生きてる…!」
それを確かめる。そして次に出た言葉は… そのアイテムを授けてくれた人に対する、感謝だった。
一度しか発動しないアイテムは、既に手の中にはなかったが、俺は心の底からの感謝の言葉を手の中にあったアイテムに述べた。
「ありがとう… !!」
――― …
近くに流れていた小川で、俺は汗まみれの手と顔を洗い、次に乾いた口の中に流した。
冬の近い夜の川の水は相当に冷たかったが、緊張で焼けるように熱かった身体には丁度良かった。
「… ふぅッ」
思いきり溜息をつくと、精神が落ちついた。
夜の森の中は完全な闇が覆っているが、俺の今いる小川の辺りは大きな三日月の月明りが照らしていて、明るさがあった。
一方で周辺は完全な密林。木々の傘が月明りを遮り、闇の道が延々と広がっている。
… 朝まで、この場所にいるしかない。
持っている道具といえば銀の杖くらいしかないし… こんな事なら保存食の一つでも持って来れば良かった。
火をおこせるような道具は持っていない。明るくなるまでは、この場所から動かないようにした方が賢明だな…。
俺は椅子に手頃なサイズの川辺の岩を見つけて、そこに腰掛ける。そして夜空を見上げた。
もう既に空中には、俺の乗っていた魔力船も、グランドスの大型魔力船もいない。どこかに消えていた。
…橋は折った。執事さんのあの運転の腕ならどうにか魔力船を振り切り、どこかに不時着できたか、ムークラウド方面に飛びたてたと… そう信じるしかない。
ムークラウドの街に一旦戻れと、悠希と敬一郎には伝えられたはずだ。
携帯電話も、通信のスキルも持たない俺達には、その言葉をお互いに信じあうしか方法はないはずだ。
無事に先にどちらかが街に戻れれば… 生徒会長のような通信の能力が使えるプレイヤーや、それに近い役割のアイテムが探し出せ、連絡が取れるかもしれない。
それが今一番確実な生き延び方だと、俺は思った。
「頼むから、無事でいてくれよ…」
俺は夜空にそう言った。
今は何時だろうか。
朝まであと何時間くらいだろうか。
それを考えながら、俺は岩の上でウトウトとしはじめた。身体は先ほどまでの立ち回りで疲れ切っているようだ。
…このまま寝るのはまずい。夜の森の中にはどんな魔物がいるか分からない。1人で眠るのは…絶対にいけない。
しかし意識は睡魔に抗えなくなってきていた。
身体を横に倒したい。このままとろけるような眠りに落ちていきたい。
だめ、だ。 ねむ、って、は…。 いけ、な… …。
俺が身体を岩のベッドに預けようとした、その時。
「… 誰!?」
その声に、俺の意識は現実世界に… いや、夢の世界の中に、呼び戻された。傍らに置いておいた銀の杖を慌てて引き寄せ、握る。
目の前の夜の闇の森から、灯りが見えた。
それは、炎の灯り。俺の方に近づいてくるその灯りは… どうやらランタンの灯りのようだった。
森林から抜けたその声の主の姿は、月明りに照らされた。
「… 誰、ですか…?こんなところで… なにをしているんですか?」
ランタンを持つその人物は…。
俺より少し幼いであろう、少女だった。
ポニーテールに結んである銀色の髪が、美しく月明りに煌めく。ランタンを前に出すその手は、少し震えていた。
腰には… なんだか教科書で見たような刀が下がっている。どうやら日本刀のようなカタナを鞘に納めているらしい。
そしてなにより… その少女は。
「貴方は… ニンゲン …?」
その少女の頭には、2つの、茶色い… 猫のような大きな耳がピョコンと生えていた。
――― …
お読みいただきありがとうございました!
今回で第三章は終了です!次回から第四章、敬一郎と悠希とは一旦別れ、ムゲンセカイのキャラとの出会いがマコトを待っています。
次回まで1日か2日の充電期間をいただきたいと思います…ご了承ください…!スイマセン。
ここまでの感想や批評などお待ちしております…!
こんな展開にしてほしいという要望やキャラのエピソードが見たいなども是非是非お寄せくださいませ。
いつもお読みいただき本当にありがとうございます!
これからもよろしくお願い致します!
それではっ!