三十三話『力と死の剣士 ぐらんどす』
――― …
「噂には聞いたことがあります。魔王軍には巨大な髑髏の紋章を持つ魔力船があり…それを見たことがあるという者がいるとか…!」
「まさかこんな場所でその噂を実証する羽目になるとは思いませんでしたが… も、申し訳ありません…!」
執事さんは必死で操舵輪を動かしレバーを引くが、抵抗をするばかりで一向に、敵の船から伸びる巨大な機械の腕からは逃れられる様子がない。
「し、執事さんのせいじゃありませんって…! どうしてこんな場所に、その魔王軍の船が…!?」
俺はそう言いながら、後方にそびえ立つように存在する巨大な船を確認する。
大きな髑髏の紋章が、まるで足掻く小さな魔力船を嘲笑うように見つめているように思えた。
「せ、センパイ!アレ…!」
悠希が魔王軍の魔力船を指さした。
こちらの船を捕えている機械の腕はやがて俺達との船と向こうの船を結ぶように、直線に伸びていく。
細いクレーンのような機械の両端から羽のように金属性の板が展開し… 船と船を結ぶ、『橋』が完成した。
「どうやら、すぐに俺達を攻撃するってワケじゃないみたいだな… どうする、真!」
すっかり目を覚ました敬一郎は後ろを向きながら『メルコンの拳』を両手に装着し、戦闘の態勢をとる。悠希も同じく傍らにあった刀を取った。
俺も置いてあった杖を急いで取るが… 一体、どうすれば…。
「一先ず相手の出方を見るしかないな…。 落ちたら一巻の終わりだ。相手はまだ攻撃はしてきていないし… とにかく、どう出てくるか… …!?」
言っている間に、向こうの魔力船のハッチが開く。
機械腕の橋の向こうから… 悠然と歩いてくる、一人の影があった。
「な… なんだ、アレ…」
その影は夜の闇に紛れるように。
しかし、まるでこちらを追い詰めるようにゆっくりと、歩いてきた。
それは、巨大な骸骨だった。
スケルトンなどの魔物の類ではない。それは、骸骨の形の鎧を着こんだ、大男だった。
金属性の橋が揺れるほどの、巨大な身体。鎧を着ていても、その男の筋肉が相当にあるというのが分かる。
空の上には風が吹いている。
しかし、その大きな身体と風格は、風をものともせず、威風堂々とただただそこに存在して、俺達の船へ近づいてくる。
不気味なフルフェイスの骸骨兜からは、その素顔は全く見えない。
太い両腕には、巨大な黒い剣が2本、それぞれに握られていた。
俺であれば1本を扱うのにも全力で踏ん張らなければいけないであろう大剣を、まるでそこに何もないように易々と持ち、歩いている。
骸骨鎧の大男は、船と船を繋ぐ橋の中央部分まで来ると、こちらの船に向けて声をあげた。
さほど大きな声ではなかった。
それでもその声は、まるでイシエルの『心の声』のように脳内に侵入し、こちらに伝わってくる。
しかし、イシエルのものとは違う、低く、恐ろしい声。
骸骨男の声は告げた。
「我は、魔王様直属の剣士… 『 3つの盾 』の一人。力と死を司る盾『グランドス』なり」
「出てくるがよい、ムークラウドの街を守ったという勇者よ」
「グランドス…」
「3つの、盾…?」
骸骨剣士の言葉に俺達は集中した。
つまり、四天王とか三神官っぽい位置の敵ということだろうか。
だとしたら… 一気に魔王に近づけるチャンスということになる。
しかし。
何故アイツは、あんな巨大な船を持っていて、こちらをすぐに叩き落とさないんだ…?
俺達が動けないでいると、グランドスと名乗った骸骨剣士は続けた。
「来い、勇者よ。何人でも構わん。場所が気に喰わんのなら我の船上でもよい」
「我は… 貴様らと、会ってみたかった。そして… 手合わせをしてみたいのだ。勇者達よ」
「決闘…って… まさか、ここでバトルしようってことか…!?」
敬一郎が歯ぎしりをしてグランドスの方を見る。悠希は心なしか、少し不安そうに震えていた。
「こっちの魔力船を落とそうとしないってことは、そういう事らしいな。…でも、チャンスかもしれないぞ」
「え、どういうことだよ…」
俺の言葉に敬一郎が少し驚いてこちらを見てくる。
「魔王軍直属の剣士様がわざわざ足を運んでくれたんだ。あの船を調べれば魔王のことを少しでも知れるチャンスがあるかも、ってことだよ」
「相手は決闘を望んでいる。こっちは3人、あっちは1人。有利に事が進めるかもしれない」
「どうやってだよ。魔王直属のボスってことは、とんでもない強キャラだぜ。俺達のレベルでいけるのかよ…!」
「… ここなら、可能性はある」
俺は船の後方に続く橋を小さく指さして言った。
「要するに、アイツを橋から落とせば勝ち、ってことじゃないか?この状況」
「…あ!なるほど!」
俺の言葉に、悠希は不安を打ち消せたようでポンと両手を叩いた。
「私も、マコトセンパイも、デブセンパイも、遠距離攻撃を持ってる。対してあっちはどう見ても剣士で…しかも1人!こっちからどんどん攻撃を仕掛ければいけるかもしれないっスね!」
「ああ。なにも倒す必要はない。ここから落とせば済むって話さ。相手はこっちの人数も知らないみたいだし… 3人ならいけるかもしれないぞ」
俺の言葉に、敬一郎が俺の肩を掴んできた。
「ナイスアイデア。だが、『いけるかもしれない』じゃ駄目だ。…絶対に成功させようぜ、真」
「おう。 …その前に…」
俺は杖に小さく魔力を込め、小さく言った。
「… 観察」
俺は2人に見られないように、相手の情報を小さくウインドウにして閲覧した。
少なくとも戦う前に相手の情報を知る必要がある。
アイツのレベルは… …
「… … !」
「どうした、真」
「… … …」
「なにかあったんスか?センパイ。大丈夫ですか…?」
「… なんでもない」
「とにかく、俺が先に出る。あいつの正面に行くから… 2人は船の上から俺をバックアップしてくれ」
「え、だ、大丈夫なのかよ。お前1人でアイツに向かっていくなんて…」
俺の言葉に敬一郎は慌てるが、今度は俺が敬一郎の肩を叩いた。
「一番レベルが高いのは俺だ。こんな橋の上じゃ2人の素早さの高さは活かせない。… だから、俺が先に行く。2人は船の上だ。… 頼んだよ、2人とも」
有無を言わさない俺の調子に2人は少し沈黙したが… やがて悠希が口を開いた。
「…分かりましたっス。 …センパイ、本当に… 気をつけて…!私、全力でサポートするっスから…!」
「無理だと分かったらこっちに逃げてこいよ。次は俺が相手するからな。…とにかく、アイツを落とせばいいんだから」
2人の覚悟を決めた顔に、俺も頷く。
「… 頼んだ」
2人の言葉に、俺も覚悟を決めて立ち上がる。
… 大丈夫。
多分、この作戦のほうが… うまくいくはずだ。
俺は自分の中で変更した作戦に少し脅えながら、立ち上がる。
「どうした、勇者達よ! 我は決闘を望んでおるのだ!」
「そちらにその気がないなら仕方ない!我が艦の砲台をそちらに向け、砲撃を開始させてもらおう!」
「決闘か、今すぐ死ぬか!選ぶがよい、勇者達よ… … ムッ」
グランドスが高らかに言う間に、魔力船の上部を覆う窓が開いた。
立ち上がり、俺は『橋』に最初の一歩目の足を上げる。
「… 敬一郎」
「… 悠希」
「いいか。俺が合図をするまでは… 絶対に船から離れないでくれ」
「…ああ、分かった。だけど、無理はするなよ、真」
「何かあったらすぐいくっスからね!絶対に… 絶対に、マコトセンパイに無茶させないっスから!」
「… よろしくな」
俺は橋に完全に身体を乗せ…
胸元にしまいこんである、『聖なる袋』の存在を、確認した。
――― …
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