三十一話『次の まちへ』
――― …
「…そう、ですか。 旅立たれるのですね、マコトさん」
シャーナの家は、以前に教えてもらっていた。
町長と執事さんには少しだけ時間をもらい、俺は挨拶をしに屋敷の外に出て、シャーナの家まで歩いていた。
偶然に買い物に出たというシャーナに会ったのは、以前ぶつかった小道の場所だった。
俺の『街を出ていく』という言葉に、シャーナは少し寂しそうに微笑んだ。
「あの… マコトさんは、何故…?」
「魔王を倒すためです。俺は… そのために旅に出ます」
ムゲンセカイに入って、2日間。その前にも何度かシャーナとは会っていたが、その話をするのは初めてだったように思える。
俺のその目的に、シャーナは驚いた顔をする。
「魔王を…? 僧侶であるマコトさんが、どうして…?」
「… … …」
「俺じゃなくてもいいのかもしれません。誰かが、どこからか、勇者となって現れて、世界を平和にしてくれる。そんな期待もできます」
「でも… その役目を、もしかしたら俺が担えるんじゃないかって、今回のイベント… じゃなかった。魔物の襲撃で、感じたんです」
「俺の力があれば、魔王に立ち向かえるかもしれない。俺と、仲間がいれば、きっと。…そう確信を得たから、俺は旅に出ることにしたんです」
「魔王討伐の旅へ。…この前みたいな魔物の襲撃が、二度とこの街にないように。平和なセカイを、作れるように」
… 嘘は少しついている。だが、決意は本当だ。
長々とした俺の話を、シャーナはしっかり俺の目を見て聞いてくれた。
「… 本当に、スゴイんですね。マコトさんは。 私とは大違い」
「街の中でただ平凡に暮らして、平和を当たり前だと享受している甘えん坊とは違って… 本当に立派な方なんですね」
「それは違うんです」
俺はシャーナの言葉を慌てて否定した。
「シャーナさんは、それでいい。この街の人々は、それでいい。それこそが、街を守るという事なんだと、俺は思います」
「え…?」
その言葉にシャーナはまた驚いた顔をした。俺は続ける。
「人々が暮らしている。人々が笑っている。人々が、日々を活き活きと全うしている。それこそが…世界を守るという、最大の活動なんです」
「誰もが勇者になる必要なんてない。勇者は、守りたい世界があるから戦うんです。シャーナさんや、キオ司祭… みんなが明るく生活しているこの街を、守りたいんです」
「誰もが奮い立つ必要なんて、もっとないんです。うまく言えないけど… みんなは、みんなの暮らしを守っていて… それはとっても大変なことで、誰もが勇者なんです」
「だから、お願いです。どうかいつも通り、明るいシャーナさんの暮らしを、楽しんでください。俺はその世界を守ろうとするだけだから」
「それぞれに、それぞれの役割がきっちりある。だから… この街のことを、お願いします」
「… … …」
「本当に… 本当に、変わったお人なんですね、マコトさんは」
クス、と笑うシャーナの目が少しだけ潤んでいることに、今度は俺が驚いた。な、なにか泣かせるようなことを言っただろうか。
シャーナは目元を指で拭って、俺に言った。
「お願いです、マコトさん。たまにでいいから… もしお邪魔でなければ、この街に戻ってきて欲しいんです」
「冒険が終わった時でもいい。一度だけでもいい。 でも… せめて、一回は。もう一回だけは、私に会いにきてください」
「マコトさんが勇者になれたかどうか… どうしても、知りたいんです。私のお友達の僧侶さんは… 世界を救う勇者になれるのかを、私にきてください」
「… 生きて、戻ってきてほしいんです」
… … …。
「約束します、シャーナさん」
「ありがとう、マコトさん」
俺達は…
微笑んでお互いの手をとり、固い握手を結んだ。
――― …
「おかえり、マコト。恋人との別れは済んだか?」
「アホ」
町長の屋敷の中庭に戻ってきた。
俺はニヤニヤと俺の顔を除いてくる敬一郎の尻を軽く蹴飛ばし、魔力船に乗り込む。
「チューとかしたんスか?あ、ひょっとしてそれ以上の…?」
「うっさい」
前の座席からニヤニヤ俺の顔を見に振り返ってくる悠希の頭に軽くチョップをお見舞いして、俺は腕組みをして目を閉じる。
敬一郎が魔力船に乗り込み、俺は船の外で俺達を見守る町長に声をかける。
「すいません、お待たせをしてしまって。 …それでは、お願い致します」
「うむ。そうか、マコト殿にはこの街に恋仲がいたのだな。結婚式には是非ワシの屋敷を使うとよい」
「真に受けないでください。違います。やめてください」
「ふむ、では恋人以上の何かの関係ということなのだな。最近の若者はまったく」
「いいから出してください!!お願いしますから!!」
顔が熱くて火が出そうな俺は、涙目で町長に懇願した。
町長の目配せで、執事さんが運転席に乗り込む。何かのスイッチを押すと、カヌーのむき出しの部分にカバーのような窓がかかる。近未来的だ。
執事さんが2、3…何かのスイッチを押したりレバーを引いたりすると、魔力船の下を向いていた扇風機のような機械の羽が勢いよく周り始める。
ドローンのように緩やかに浮き上がる機体。聞いたことのない不思議な魔力の音は案外静かなもので、なんとなく浮遊をしていても安心感のある乗り心地だということが分かった。
窓の外にいる町長の声も、はっきりと聞こえる。
「それではな、勇者諸君!よい船旅を!そして… よき旅をな!」
「ありがとうっス、校長先生!現実世界でもよろしくお願いするっス!」
「こうちょ…?なに…?」
思いきり明るく手を振る悠希の言葉に、ゴトー町長は首を傾げた。
機体はどんどん、上へ。
町長の姿が。そして中庭と、屋敷がだんだんと小さくなっていく、その時。
屋敷の中庭にどかどかと入り込んでくる、沢山の人達の姿を、俺達3人は見た。
「!」
「あれは…!?」
「み、みんなっス!街のみんな…!モブの生徒達も、ムゲンセカイのキャラも… たくさん…!」
それは、俺達が守った街の住民たちだった。
50人はいるであろう住民たちが、空に浮き上がる魔力船に一人一人声を飛ばしてくれた。
「ありがとう!ありがとう、勇者達!!」
「達者でなー!絶対死んだりすんなよー!!」
「魔王を倒してちょうだいね!平和な世界を、貴方たちならきっと作れるわ!」
「たまにはこの街にも戻って来いよー!色々サービスするからなー!!」
…そして、その人達の先頭に。
キオ司祭と、シャーナがいた。
キオ司祭が、似合わない大声を俺に投げかける。
「マコトーーッ!! 精進を忘れるなよーーッ!!絶対に生きて戻ってこい!」
「何事にも挫けぬ勇気を強く持てーーッ!! それがお主の… 何よりの強さなんじゃからなーーッ!!」
俺はキオ司祭に大きく手を振って応えた。
「司祭ーーッ!! 絶対… 絶対に、生きて戻ってきますからねーーッ!!」
続いて、シャーナが俺達に手を振って明るい大声で呼びかけた。
「ユウキさん!ケーイチローさん! …マコトさん! 私、待ってますから!!」
「貴方たちが明るい笑顔で、この街に戻ってきてくれる日を… 待ってますからーーーッ!!」
俺はシャーナに、同じく明るい大声で応えた。
「まっててくださいねーー!! 俺… 魔王を絶対に、倒しますからーーーッ!!」
やがて姿がアリほどに小さくなって、見えなくなり…。
遥か空の上に魔力船が浮き上がり、ゆっくりと前進し、加速し… ムークラウドの街を背にするまで。
俺は、街に向けて。そして人々に向けて手を振るのを、やめなかった。
――― …
長谷川悠希は、そんなシャーナと真の姿を、微笑んで。
しかし物悲しそうな目で見つめて。
自分の前に映る空に視線を戻した。
――― …
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