二十八話『旅立ちの あさ』
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俺と敬一郎、悠希は宿屋一階の食堂で朝食を食べていた。
半熟の目玉焼きと少し焦げたベーコンが乗ったトーストに、キャベツや見たことのない青色の葉野菜が盛られたサラダ。それにミルク。
宿屋の女将さんに聞いてみると、この辺りの酪農生物のミルクらしいのだがその生物の名前は現実世界には存在しなかった。
飲んでみると牛乳よりコクが強くて甘い。現実世界では感じたことのない味に俺達は驚いた。
「なんかRPGの世界ー、って感じするっスねー」
「そうだな。見たことある食べ物と初めて見る食べ物とごちゃ混ぜだけど… なんか楽しいな。…楽しむのも癪なんだけどさ」
楽しい。
心の中では、この状況を楽しみすぎてはいけないという自責の念がある。俺はこの世界に何のために来たのかを忘れてはいけないのだから。
俺が険しい顔で考え込んでいると、頭に敬一郎のチョップが飛ぶ。
「いたっ」
「楽しむなら楽しんどけよ。もう俺らの人生はこっちの世界に一旦預けちまったんだから、人間らしく生活しとかねーと精神が持たないぞ」
「楽しい。苦しい。頑張る。悲しい。 現実世界でも色々な感情を出していただろ」
「無理に引っ込めても事態は何も好転しねーんだから。 不謹慎とかなんとかくだらない事考えてないで、人間らしく冒険しとけ」
「… … …」
敬一郎と悠希がいて、助かった。 それはずっと感じていたことだ。
決断をしたあの日。時計塔広場で、敬一郎と悠希の姿を見つけたときは… 泣きそうになったっけ。
俺と同じ思いでいてくれた。コイツらも、俺を信じていてくれた。
俺達同好会は、信じあえた。
見知らぬ世界で心が通じ合った仲間がいるということが、どれだけの救いになっただろう。
俺一人でもやりきるとは決意した。でも… 一人でいればいるほど、その決意は崩れ去りそうな気もしていた。
でも、コイツらがいれば… きっと…
「おかみさーーーん、トーストお代わりね!あと『ウーク』って言ったっけ。それのミルクもお代わりもらえるかな?」
「はーい!冒険者さん、朝から本当によく食べるねェ!」
「冒険は身体が資本だからな!ガハハハハ」
… … …。
感動に身を震わせている俺の心の声は、敬一郎のお代わり催促と笑い声に掻き消された。
――― …
「今日の予定は決まってるんスよね」
朝食を食べ終わって腹をさすりながら、悠希が俺達に聞いてきた。それに敬一郎が答える。
「ああ。ムークラウドの町長の家に行くことになってる」
イベントから、2日。
破損した街も修復が着工されはじめ、復興の目途が立った。とはいえ俺達が被害を最小限に抑えられたのですぐに元通りの街に戻るということだ。
宿屋に泊まっている俺達に昨日来た町長からの使いの人からそれを伝えられた。
そして、町長の家に是非訪れてほしい、とのことだった。街を救った勇者達に是非お礼がしたい、と。
「なんかイベントが進行してるって感じするな」
俺の言葉に敬一郎も頷く。
「街を救った勇者に、町長がお礼か。ベタなところだと旅立ちの軍資金やアイテムを渡してくれるってところだな」
「案外罠かもしれないっスよー。実は町長が黒幕でモンスターだった!とか」
「イヤな事言うなよ悠希…」
まあ、警戒するに越したことはないだろうけれど。悠希のいう展開もファンタジーものにはよくある展開のような気がして怖い。
暗い顔をしている俺の肩を敬一郎がバシッと叩いた。
「ま、進まなけりゃ始まらない。ムークラウドの街の周りはスライミーだらけの草原が広がるだけ。魔王討伐もなにもあったもんじゃないんだし」
「… そうだな。今とにかく必要なのは、魔王の情報と世界の情報か」
「町長さんなら色々詳しいはずっスよね。色々聞ける気がするっス」
行ってみないことには何も始まらない、か。それもそうだな。
俺は立ち上がって敬一郎と悠希に明るく言った。
「それじゃ、まぁ旅立つとしますか。まずは町長のところまで!」
「あー。でもここのメシともおさらばかー。超美味かったのになー」
「でももう手持ちのドルドも宿代で尽きそうっスよ。街の英雄だからマケてくれましたけど… 3人合わせても残り20ドルドしかないっス」
初日のクエストで貰っていた100ドルド。3人合わせて計300ドルドあった資金も、宿代で20ドルドを残すのみになっていた。
ドルドの通貨価値は、道具屋を覗いたりして考えたところ… 現実世界の10円=1ドルド程度と考えるのが妥当だった。
つまり2日間の3人の宿代+食事代として280ドルド=2800円。
女将さんにこの破格でいいのかと確認したのだが、街を救った英雄なのだから食事の原価だけで十分だ、と。有難い話だ。しっかりお礼を行って出ていかなくてはな。
しかし… 残りの所持金200円か。小学生のお小遣いだな。
「ま、何するにしても町長のところ行くしかないってことだ」
「そうっスね。いよいよ冒険のスタートっス!」
「武闘家としてのレベル上げの他に、美食家としてのレベルも上げていきたいところだな。現実にはない食い物もどんどん食ってかねーと」
「あはは、デブセンパイらしいっス」
… 楽しむ、か。
俺もなにか見つけていかないといけないのかもしれないな。
この世界の楽しみ方…か。
俺はそんなことを考えながら2階に上がり、旅立つ準備を始めた。
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