二十二話『それぞれの みっかかん』
――― …
そのあとは、ただただ、することだけをした。
俺と悠希は、ひたすら『自分の場所』でクエストをこなす事に集中した。
聞くところによると悠希は忍者の修行以外に炊事洗濯など道場の家事全般。師匠の肩モミなんかもさせられたらしい。
修行は…まあ、イメージ通り。滝に打たれたり火の上を素足で歩かされたり逆立ちでひたすら立たされたり…。
「コレが意味ないコトだったら教えたセンパイにクナイ投げつけるっス!」
と、途中経過を会って話した時に脅された。それだけキツかったのだろう。現実でキツいと思うことを、痛覚が薄いとはいえ夢の中でさせられるのは地獄だからな。
一方の俺も、キオ司祭に言われる事だけをした。
教会の掃除を、二、三時間。それ以外にも礼拝でくる信者の人にお茶を淹れたり、炊き出しのスープを作ったり。
野菜を切っている時、野菜で手を切った。ダメージ1。地味に嫌だった。血は出ないけど。
痛覚は鈍いが洗濯を近くの川で小一時間させられた時は手が死んでしまうかと思った。そういう冷たさはしっかり感じるらしい。
料理も洗濯もほとんど経験がない俺にはうまく出来ているのかが分からなかったが、スープを配った人から満面の笑みでお礼を貰った時は…不覚にも少し感動してしまった。
そんな俺の様子をキオ司祭は優しく見守ってくれた。無理に俺に何かをやらせようとせず、ただただ、俺のやる気を見て仕事を割り振ってくれているように思えた。
人の安心が、僧侶を強くする。
そういう意味で俺はまだまだ未熟な僧侶なのだろうが…だからこそ成長しようと思った。キオ司祭がもっと厳しい人なら逆にやる気を失っていただろう。のびのびやらせてくれたから、学べる。
…現実の安田先生も、もっと深く関わっていれば、こういう人なんだろうな。
この夢が醒めたら。俺はもっと先生と話して、理解してもらおうと思った。
最後の日。キオ司祭は俺を呼び出して、持っている銀の杖を俺に差し出した。
「え?」
「三日間、よく頑張ったな、マコト。正直、拙い部分はかなり多かったが…お前は何より、人々のために、と頑張っていた。その気持ちが、ワシにも伝わってきたぞ」
「… … … ありがとう、ございます」
「お前にはきっと、なにか使命があるのだろう。だから、ワシの教えることはこれで一旦終いじゃ」
「大儀を果たし、自分を知り、人々を知る。 その時にだけ、この教会に戻ってきなさい。ワシは待っておるぞ」
「… はい、必ず」
「うむ。コレは、餞別じゃ。我が教会に伝わる銀の杖、受け取るがよい」
「この杖は神を信じる意思と、人々を守るという決意が込められておるという。神聖なものじゃ」
「いいんですか?そんな大切な物を」
「きっとお主にはコレが必要なんじゃろう。モノは置いておいても埃をかぶるだけじゃ。持っていくがよい」
「銀には悪を振り払う力がある。自分を、そして人々を、悪から守ってみせよ」
受け取った杖の先端には、銀の球体。教会に伝わる物とは思えないほど、ピカピカに磨かれている。埃をかぶるだけ、と言いながらキオ司祭は毎日コレを持って大切にしていたのを知っている。
キオ司祭。きっと三日間のクエストが終わったら、俺にコレを渡す『役割』を持っているのだろう。
でも。
それでも。
そこに意思を感じた。俺の事を、この街の人々の事を、大切に思っているという確固たる意思が。
ゲームのキャラだとしても心がある。気持ちがある。思いがある。それを感じて、俺は少し濡れた瞳を拭い、銀の杖を受け取った。
「絶対に、僧侶としての役割を、果たしてみせます」
敬一郎は自分のクエスト以外にプレイヤーに声かけするのだから大変だ。夢現世界で、そして現実世界で、知り合いに声をかけまくっていたらしい。
「ま、レベル上げ以外に俺にはする事があるからな。お前達は精々自分たちのことだけ考えているがいい」
…そう言って余裕ぶっていたが、なかなかできることじゃない。
自分のレベルに集中しないで、イベントに臨む。それだけ自分が危険に晒されるわけだが、敬一郎は自分からその仕事をし始めた。
まずは自分たちがイベントに積極参加するという意思表示。これにより、無理に低レベルでイベントに参加するプレイヤーが出てこないようにする。要するに避難勧告だ。
魔王軍の『侵攻』で、街を守るわけだから、必然的に街の四方にある門からの魔物の侵入が予想される。避難するプレイヤーは街の中心部に集まるように声をかけていった。
だが、急に街に魔物が出現する、というパターンもあり得るわけで、一か所に固まらないようにという指示も出しておいた。
それ以外には、協力をしてくれるプレイヤーの募集。
なにも戦闘に参加するプレイヤーを集めるというわけではない。むしろそれより大事なのは、前線に立つ俺達に戦況を報告してくれるプレイヤーを募ること。
具体的には時計塔など高いところから街の様子を見守り、俺達に伝達が出来るようなスキルを持つプレイヤーを見つけること。
あとはそこそこのレベルを持ち、モブやムゲンモブの避難に徹してくれるプレイヤーも集めなければならない。街の各所に分散させ、状況によっては戦闘も避けられないが…なるべく逃げる事に専念する。そういったプレイヤーだ。
敬一郎は作戦指揮官、というところか。俺と悠希が最前線で戦い、敬一郎は的確な人員配置をする。
武闘家にはあまり向かない役割だが、そもそも浅岡敬一郎という人間の顔が広いので、この役割はアイツにしかできない。
ムークラウドの街の人々を、プレイヤー達を守るために、敬一郎には動いてもらった。
「頼むから俺を守ってくれよ。一応俺の道場には顔を出してクエストをこなすつもりだけど…レベルは真や悠希ちゃんより低くなるだろうし」
「保証はできないからな。最悪、頑張ってくれよ」
「化けて出てこないでほしいっスー」
悠希が茶化して、敬一郎は苦笑いをした。
人が嫌がることを、率先してやる。…本当に、コイツが親友で感謝をしている。
…三日間を過ごす途中。
教会の食材の買い出しをしている途中で、宮野さん…シャーナに、ばったり出会ったことがあった。
「あ、いつぞやの僧侶さん!お元気そうですね!」
ハツラツとした、屈託のない笑顔を俺に見せてくれる。…いつも教室で見る宮野さんと、まったく同じ笑顔だ。
「…一応、元気してます」
「教会の買い出しですか?僧侶さんも忙しいんですねー」
「ハハハ、まぁ、一応…。 …あの、シャーナさん」
「なんですか?僧侶さん」
「この街に、魔物が攻め込んでくることがあると思います。その時は、この辺りであれば我々の教会に逃げ込んでください。頑丈な建物ですので…決して逃げ遅れないように」
「まあ、魔物が攻め込んでくる?そんなことがあるんですか?」
この街に今までそういうことは一切なかった…と、いう設定なのだろう。シャーナは冗談を聞くように少し笑った。
だが、俺のトーンが冗談を言う風ではない事を察してくれたのだろう。微笑んだまま俺の目を見つめてくれた。
「分かりました。そういうことがあれば、すぐ避難させていただきます」
馬鹿にしないで、しっかり意見を聞き入れてくれる。…やはり根本は、宮野沙也加なんだなと痛感する。
「魔物が攻めてくるかあ…考えたことなかったけど、考えると恐ろしいことですね。魔王の手も世界に伸びてきているといいますし…この街の平和も、急に壊れてしまうことがあるかもしれないのですよね」
「不安にさせてしまってすいません。でも、用心に越したことはないと思いますし…」
俺が頭を下げるとシャーナさんはクス、と笑って右手で口元をおさえて隠した。
「マコトさんってホントに不思議な方ですね。…なんだか、安心できるっていうか、僧侶の方っぽくないっていうか…」
「え、どういう意味でしょう…?」
「なんていうか…教会の方より少し荘厳さに欠けるというか、少しくだけた感じというか…でも」
「そういうところがなんだか、素敵に感じてしまいます」
… … …。
惚れて…いやいや、このくだりはもういいだろう。シャーナさんは…宮野さんとは別人なのだから。
「もし魔物がこの街を攻めてきたら…無理はなさらないでくださいね。信者の方よりなにより、ご自分の命を大切にしてください、マコトさん」
「ありがとうございます。…シャーナさんも、気をつけて」
「…はいっ」
そう言ってシャーナさんは少し顔を赤らめながら両手を俺に差し出してきた。
俺はその手を、同じように顔を赤らめながら…少し躊躇った後にとり、握手をした。
絶対に、守る。その決意を、俺は固めることができた。
そして、イベントを翌日に控えた、夕方。現実世界で言うところの、朝が近い時刻。
イシエルからようやく、全プレイヤーに、脳内通信がきた。
『プレイヤーのみんな。いよいよ明日が、その時だ。何があるかは分かっているね』
『この数日間で知った自分の力を全て使い、この街を、世界を守る時がきた。勇者となるのは、キミかもしれない』
『はたまた…今ある自分の命をしっかり守るために、勇気ある撤退をする。そんな決断も、時には必要かもしれないよ』
『その場合の犠牲は、どの程度になるか分からないけどね』
… … …。
怒りはない。恐怖も、もはやない。
俺には、立ち向かうだけの力がある。キオ司祭の託してくれた、銀の杖がある。
そして…頼れる、仲間がいる。
この鳥の言う事に惑わされる弱さは、もうないんだ。
『イベントの詳細を伝えるよ。決戦は、明日。夢現世界で言うところの昼12時より開催される。現実世界では夜の12時だね。しっかり睡眠をとってね』
『魔王軍の軍勢は、数にして100体。一斉に攻めてくるわけではないけれど…プレイヤー諸君の出方によって、魔王軍もきっと攻撃の手を変えてくるだろう』
『侵攻はムークラウドの街の東西南北、四つの街の出入り口の門から行われる。見張りの兵士はあっという間に倒されてしまうだろうから用心してね』
『そして…肝心な、このイベントの成功達成条件』
『一定の時間が経過することで、『ボスモンスター』が登場する。このモンスターを倒す事が出来ればイベントは終了だ』
『詳細は秘密。立ち向かう勇気のあるプレイヤーは注意深くボスモンスターの出現を知ろうとするんだ。いいね』
『ボクからもプレイヤーのみんなに随時必要な情報は行うけれど…詳細は語るつもりはないよ。ゲームがつまらなくなってしまうからね』
『イベントというからには、達成報酬がなにより重要だ』
『達成報酬は…武器。このイベントで活躍を認められた上位数名のプレイヤーには、強力な武器を進呈しようと思う』
『そしてもう一つの報酬。それは…ある『重要人物』との謁見が許可されるよ』
『その人物との出会いで、キミの物語は更なる進展をしていくだろう。夢現世界は、更に広がっていくんだ』
『これをボクからの今回のイベントでの最終案内にするよ。プレイヤーのみんな、自分の信じる道をいってくれ』
『キミたちがどう動き、どう生き延びようとするか… ボクも、楽しみで仕方ないんだ』
そして、夜が明ける。
朝を迎え、現実での生活をいつも通りして…。
そして再び、夜を迎える。
夢現世界での、最初の決戦の日を、俺達プレイヤーは遂に迎えたのであった。
犠牲は絶対に、出さない。
そのことだけを考えて… 俺はムークラウドの街の運命の日に、降り立った。
――― …
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