十九話『せかいの るーる』
――― …
『やあマコト。 説明が、必要かな』
黒鳥は、現れた。
教会のステンドグラスの位置に滞空し、俺を見下ろすように、俺の方を赤い瞳で見据えて。
「イシ…エル…」
怒り。憎しみ。…恐れ。
複雑な感情が俺の中を再び渦巻いて、支配する。
… … …。
『あれ。ボクに対して怒っているんじゃないのかい』
「… … … ああ」
『ならば、暴言の一つでもボクに浴びせればいいのに。他のプレイヤーにはそうされたよ』
「…やめとく」
『なんでだい?』
「お前は、説明を俺にしにきたんだろ?…だったら、それを聞く方を俺は優先する」
「怒ってるよ。そして…心底、お前の存在が今、恐ろしい」
「でも…俺がお前に罵声を浴びせて、石を投げつけたところで…絶対に状況は変わらない。そんな事をして変わるような世界じゃないって事は、感じている」
「だったら…お前の話を聞くことを優先する。怒り、恐れるよりも…!」
『アハハハハハハハハハハハ』
イシエルは、笑った。
それは、きっと心の底から笑ってはいないのだろう。そんな声だ。ただ、笑い声を俺に聞かせたいから、笑っている。
『マコトは本当に優秀なプレイヤーだね。流石…最重要職業を選んだだけある』
「え…?」
『なんでもないよ。ちなみにこのボクに対して攻撃をしても無駄だからね。マコトは賢くて助かるよ』
『ボクは『分身』さ。とは言っても、意思があり、キミとの会話も出来るけれどね。ただ…本体のボクは別の場所にある』
分身。
言われてみれば…ステンドグラスから差し込む光は、イシエルの身体を貫通して、俺に差し込んできている。
この鳥が何者なのかは未だに分からないが…ワケが分からない生物だということは、分かる。
つまり無駄な質問をするよりも、意味のある、今大切な事を聞いたほうがいいという事だ。コイツ自身の事を気にしている暇は、ない。
…にしても、コイツ、今なんて言った?
最重要職業、とかなんとか…。
俺の思考を遮るように、イシエルの脳内音声が頭に割り込んできた。
『マコトの今聞きたい質問に、答えてあげる。とはいっても、すべては話せないけれどね』
『種明かしをすると人は興醒めしちゃうでしょ?熱の冷めた人間からは、行動が失われる。行動の源は、謎を解き明かすとする行動力と、生き抜くという確固たる意思だ』
『だから、それに沿った質問にだけ答えることにするよ』
「… … …」
多くを語るつもりはない。
だが…プレイヤーの行動力になるのなら、答えるつもりはあるという事か。
「…分かった」
不思議と、頭は冷静だった。
知りたい、という意欲だろうか。それとも…俺は、何かを決意したのだろうか。
恐怖は未だ俺の心の中にある。
しかし聞きたい事が自然と頭によぎってくる。その気持ちが、恐怖を不思議と打ち消してくれていた。
「一つ目。この世界で死ぬと…現実でも死ぬ。そうなんだな」
『そうだよ』
どうして。何故そんなことを。
と、怒りの罵声を抑える。原因を探るより…現状を知るんだ。
「…モブとして参加をしている生徒は、サエキユウマの死を受け入れてしまっていた。まるで、何事もないかのように…」
「あれも、この夢現世界の影響…そうなんだな」
『そうだよ』
イシエルは赤い瞳でじっと俺を見据えながら言った。
『この世界での死は、現実での死となる。それはそのままの事実だ。他に語るべきことは、ない』
…理由はやはりない。死ねば、死ぬ。それがこの世界の、ルールなのだ。
『ただ、現実世界で夢現世界のプレイヤーと無関係な人物にはそれは理由のない不可解な死にしか見えない』
『それは、人々の不安になる。不可解が不安となり人々を覆い…遅かれ早かれ、この世界に気付く人が、でてくるかもしれない』
『正常な運営が出来ない事は、ボクにとって不都合だ。だから、事実を隠させてもらったのさ』
「…隠す…」
『学校の生徒。それに携わる人々。家族や教師…その人々の思考を、少しだけ変えさせてもらったのさ』
『夢現世界での死は、現実での死。しかしプレイヤー以外にはその事実が当たり前に認識される』
『例えばそれを全世界の人類にさせたりするのはボクとて容易ではない』
『あとはその生徒そのものの存在を消して、なかったものにする。そんな思考パターンにも出来たんだけど…その場合、変更する思考が大きすぎる』
『その人物に関するすべての思い出、十数年の記憶をすべて抹消して新しいものに書き換える、っていうのは…少し大変な作業だ』
『だから、一つだけの事実を、プレイヤー以外の全ての学校関係者に刷り込ませてもらった。無意識に、思考の中にそっと忍び込ませるように』
『夢現世界での死は、現実世界での死。そしてそれは、当たり前の出来事だ、と』
『無論、モブとして参加している生徒や先生は、夢現世界の存在すら知らないんだけどね。でも…無意識化には確かに存在している』
『だから、生徒も、先生も、家族でさえ。その死を誰も疑問視しない。空気があるように、太陽があるように、当たり前の事実だと』
『ああ、勿論…例えば現実世界で交通事故とか不慮の事故で死んだ人に対しては正常に反応をするから安心してね』
『反応をしないのは、夢現世界での死だけ、だ』
「… … …」
長々とした説明が、こんなに頭に刻み込まれる経験はなかった。それはきっと…自分の生死が関係しているからだろう。
「二つ目を聞きたい」
『どうぞ。本当に冷静なんだね、マコトは。うれしいよ』
冷静なはずないだろう。怒りで自分が煮えくり返りそうだ。
人の死を、人生を…なんだと思っている。今まで築き上げたもの、関係、家族、信頼…そういったものが全て、まるでなかったかのように消えていってしまうんだぞ。
これが、まだ俺の知らない人間だったから…まだこうやって質問ができている。
もしも…敬一郎や、安田先生、宮野さんだったりしたら… …。
…モブキャラ。その存在の事が…怖い。
「二つ目の質問。モブキャラとして参加している人間も…この世界で死んだら、現実でも死ぬのか」
聞くのが怖かった質問にも、イシエルはあっさりと答えた。
『もちろん。死ぬよ』
「… 畜生…」
俺は再び項垂れる。涙を流しそうになるくらい怒り、悲しみ、絶望して、前髪をギュッと鷲掴みにした。
予想はしていたが…事実を理解すると、やはりやりきれない。
「最悪じゃないか…。俺達はまだ、システムについて理解が出来ているけど…モブとして参加している生徒は、このゲームについての記憶すらないんだぞ…!」
「つまり、何も知らないまま夢の中で死んで…現実での存在が、まるでなかったかのように死んで、消えてしまうって事じゃないか…!」
『そうだね』
「ざけんなッ!!」
俺は初めて感情を露わにした。こんな事が…許されていいわけがない…!
「だったら何故あらかじめ、そう説明しなかった!!二日後のイベントで魔王軍が街に来るんだろ!?モブの生徒にも危険が及ぶってことじゃないのか!?」
『そうだね』
イシエルはまるでロボットのように俺の言葉に頷くだけだった。
『でも、それを伝えたところでキミたちの取る行動は同じはずだよ』
『レベルを上げて、イベントの日を待つ。それだけしかする事はない』
「… … …」
『ボクが一番気をつけている事はね、プレイヤーのやる気を削ぐ行為をボクがしてしまう事なんだ』
『ゲームの死に関しては、然るべきタイミングで伝えたかった。…ちゃんと、それを説明するために代表を選んでね』
『もし最初からプレイヤーの死の事実を伝えていたら…キミたちは、まず逃げる事を考えてしまうだろう?』
「…そんな、ことは…」
あるかもしれない。否定はできなかった。
『キミたちには、このゲームを最大限に楽しんでほしい。だからボクは、強制はしない』
『強制をしている事は、たった一つだけさ』
『眠るたび、夢現世界に来ること』
『あとはキミたちが好きにしていいよ。この街で平和に暮らすのもいいし、魔王軍がくると分かればどこかこの街を出て遠くにでも逃げるといい』
『ただ、怖いのは何もかもを諦めて何もしなくなってしまう事だ』
『折角ゲームの世界に来れたんだから、最大限にキミ達の『やる気』を引き出していきたい。ゲームマスターとして、ボクが望むのはそれだけさ』
『そう。この死の冒険世界から生き抜く。それだけを、ただひたすらに追い求めて欲しいのさ』
「…生き抜く…」
『ただ、モブとして存在している生徒達の命も…キミたちプレイヤーが握っているという事は、忘れないでほしいね。そのうえでどう行動するかを、決断するんだ』
「… … …」
『もしも自分の命以上に、他人の命が大切だと思えるのなら…だけどね』
それだけ言ってイシエルの身体は徐々に透明度を増していく。どうやら話をこれで終わらせるようだ。
「おい、待て!まだ聞きたい事が…!」
『キミの今知りたい事には答えたはずだよ。必要な情報は随時していくさ。…ボクは、キミたちの味方だからね』
『キミたちが。プレイヤーも、モブも、夢現世界の住人も。全ての存在が、生き抜くための』
「生き、抜く…」
『あ、ごめん。大切な事を教えなくちゃね』
『スキルに関して。使い方は簡単だよ。スキルの名前を唱えて、説明文にある必要な行動をとる。それだけで発動するよ』
『活用して、がんばって生き抜くんだよ。マコト』
『じゃあね』
そう言って、イシエルの身体は完全に消えた。
「… … …」
俺はイシエルが消えたステンドグラスの場所を、しばらく見つめたままでいた。
言葉が何度も頭の中で回り続けている。
死の冒険世界を、生き抜く。生き抜く。生き抜く。
…アイツは、俺達の死を望んでいるのか。それとも、もがき苦しむ様をただ喜んでいるだけなのか。
イシエルは、味方だと言った。
そんなはずはない。明確な敵であることは分かる。
だが…それでも、アイツの情報に頼るしかない、この状況の事も理解してしまう。
夢の世界という箱庭に閉じ込められた…99人のプレイヤー。脱出は、不可能。待っているのは、死、のみ。
そして、箱庭の中に何も知らないまま死を待つ、900人の生徒達。…その運命は、プレイヤーが握っている。
…その世界で、どれだけ生き長らえる事ができるか。どれだけの命を救えるか。
ムゲンセカイは、ひょっとしたらそういうゲームかもしれない。
――― …
本年末から投稿をはじめた、この小説。皆さまから沢山の評価をいただけて感謝しかありません。
今年は本当にありがとうございました。
来年も『ムゲンセカイ』を是非、よろしくお願い致します。