MS04 「雨上がる」
「デートはいつも雨が降るのよ。だから、したくないの」
いつも?
「ええ、いつも」
おまけにデートの終わりには喧嘩になってしまう。なぜだか知らないけど、いつも湿っぽい一日の終わりになってしまうのだ。デートも雨でふやけるのだろう。たぶん。
雨の中を一人で帰る。
アタシは泣かない。
頬が濡れているのは雨のせいだ。
「でも、俺は晴れ男だ」
ニンマリと笑って加藤は言った。
大学で同じゼミにいる、にやけた男。アタシとの関係はそれだけだ。
「学校の遠足でも運動会でも雨が降ったことないしな」
デートでも?
「勿論」
だから、試してみようぜ、と加藤は言った。
何を?
「俺達がデートしたら、天気がどうなるか」
……くだらない。
「それくらいがいいじゃないか? 最初のきっかけとしてはさ」
くだらない、ともう一度呟いたが、明日、本町の駅前に行くことになった。
ところで。
「何?」
「……貴方、悲しくて泣いたことある?」
「結構、あるよ」
こう見えて繊細なんだ、と呑気な口調で加藤は言った。
駅前に立った時、晴天だった。
信じられない。天気予報じゃ一週間は雨だったのに。
「俺の勝ちだな」
アタシのほうは雨具一式を持ってきたのに、加藤は何も手に持っていない。コートは着ているが、防水仕様ではない。
「雨が降ったらどうする気だったの?」
「その時、考える」
加藤は頷いた。
「で、これから何処に行くの?」
「映画でもどう?」
こんなに良い天気なのに?
「デートプランはバッチリさ」
映画館に入った。ベン・アフレック主演の恋愛物だ。
ベン・アフレックはどうしていつも眠たそうな顔をしているのだろう。
アタシに気を使ったのかと思ったが、自分が見たかったらしい。ベン・アフレックの魅力を長々と説明してくれた。ベン・アフレックの顎について一年分は聞いた気がする。映画はどうせ恋人が死んだり生き返ったりするんじゃないの、と思っていたが、そのとおりになったので少し笑った。隣を見ると大泣きしていた。
映画を見終わり、河原を歩いた。特に何かするわけでもない。デートプランは続きがあったようだが、アタシは歩きたかった。ただ、ブラブラと歩いた。映画の話はナシってことで。
途中で雨が降り始めた。傘を広げる。仕方がないので加藤も入れてやった。
「ほら、何とかなった」
にやけた顔でそう言ったので傘の下から追い出した。
「傘はあるんだ」
加藤はコートの内ポケットから折りたたみの傘を取り出した。
二本。
「晴れると思ってなかったの」
「天気予報じゃ雨だった」
加藤はしばらく黙ってから言った。
「君が俺を信用して傘を持ってこなかったら困ると思ってね」
「アタシはそんなこと考えないわよ。いつだって一人でなんとかするもの」
傘をクルクル回した。子供みたいだ。
「昼から雨が降ったから、今日は引き分けね」
「次は負けない」
……次、あるよな?
「どうかしらね」
途中で傘をなくして困っている子供がいたので、アタシは傘を貸してあげることにした。
「濡れちまうぞ」
加藤が傘を差し出す。
「なんとかなるわよ」
アタシは歩いた。そのうち、雨も上がるだろう。