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「君の懸念は、理解しているつもりだよ」
手に持ったカップを所在なさ気にくゆらせながら老紳士が口を開く。
「だが、悪い話では無いはずだ」
堪えきれなくなった感情が表情に表れている。正しく苦虫を噛み潰したような表情で絞り出すように言葉を続ける眼前の好々爺に対して抱いた感情は、憐憫でも、況して怨嗟でもなく、自分の為に憂苦してくれることに対する感謝だった。
「わかっていますよ」
相手が浮かべる其れとは裏腹に穏やかに微笑みながら、今度は私が宥める様に答えた。
「報酬こそ下がるが、二人でこの屋敷で不自由なく暮らし続けることは出来る、命の危険に遭う機会も減るだろう。あの坊やと添い遂げようと言うなら、今の仕事を続けるよりもずっと現実的で・・・」
「わかっています、その通りですよ」
言い訳をする様に思いつく限りの利点を並べ立てようとする老紳士の言葉を遮った私は卓上のカップに手を伸ばすと中身を口に含み飲み下す。
「あぁ、お湯の温度が高すぎたかな、これは苦すぎる」
カップを持ったまま席を立ち老紳士の前に置かれた其れも手に取る。
「今入れ直してきますね、暫しお待ちを」
言葉を返すことなく、表情も変わらない老紳士に一言断りを入れてキッチンに足を向ける。
「あぁ、それと今のお話ですけど、謹んでお請けしたいと思います。組合に話を通して頂けますか」
無言のまま頷く老紳士に再度微笑みを返した私はケトルに水を溜めようと蛇口を捻った。
「・・・すまない」
絞り出すように呟かれた謝辞は水音に掻き消されて聞こえなかったので返事はしなかった。